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在りし日の約束

「ショウゴ!」


 病院のエントランスで待っていた少年が昇吾へ近づいてくる。彼は事故のときに昇吾が助けた少年だった。


「君は確かあの時の」


「うん。僕、ずっとショウゴに謝りたかったんだ。僕のせいでショウゴが大けがをしてしまった。でも、僕ができることは何もなかった。だからせめて謝らせてほしい。本当にごめんなさい」


「いや、あれは君のせいではない。気にしてないっていえば嘘になるけどもう終わったことだよ」


 少年は悪くない。トラックの運転手だって突然の病気だったらしい。とにかく運が悪かった。

 昇吾も完全に整理できたわけではないが、長い療養生活の中で割り切ることができるようになっていた。


「ありがとう。ところでショウゴはいつ復帰できるの? こんなことを僕が聞くのはおかしいけれど、僕はショウゴのプレーがまた見たいよ」


「君もニュースを見ただろう? 知っての通り俺はバルセロナとの契約を解除された。まだ次のチームも決まっていない。リハビリも終わっていないけが人だし、どこのチームとも契約はできていない」


「でもショウゴならすぐに……」


「プロの世界はそんなに甘くないよ。すまないが君の期待に応えられる確証はない」


 それを聞いた少年の目からは涙が零れ落ちる。そして、逃げるように走り去ってしまった。

 一部始終を隣で見ていた緑があきれたように口を開く。


「一色さんなかなか酷なことをしますね。わざとですか?」


「下手に夢を見せ続けて何になる? 裏切られた時の落差が大きいだけだ。それに高梨さんだって俺の状態を知ってるだろ?」


「だとしてもあそこまで言うのはあんまりです。夢を見せるのがサッカー選手ではないのですか? 私はサッカーに詳しくないし、今言っていることもあなたからすれば見当違いなのかもしれません。でも、きっと一色昇吾のファンはあなたの帰りを待っているはずです。にわかですが、この半年間で私もあなたのファンになりました」


「高梨さんが?」


 スポーツは関心が薄いと緑が自ら話していただけに意外だった。


「自分が担当する患者がどういう人なのか知るためにはその人の映像や記録を見ることが一番ですから。あなたのプレーはどれも全力で素敵でした」


 緑はじっと昇吾の目を見て続けた。


「別に世界一ではなくてもいいじゃないですか。好きなことなら全力でぶつかりましょうよ!」


 あまりにも熱くてくさいセリフに昇吾は漫画の読みすぎだとも思ったが、それでもちゃんと昇吾の心に緑の言葉は届いた。


「高梨さんありがとう。俺行かなきゃ」


 少年のもとへ向かおうとした昇吾に緑は一枚の紙きれに何かを書いて手渡した。


「あの少年の練習場所です。以前ここで見かけたのでいるかもしれません」


「助かるよ。行ってきます!」


「まだ完治はしてないのですから走ってはだめですよ」



 ********



 紙に書いてあった場所は、河川敷に隣接するグラウンドだった。

 行ってみると少年がサッカーボールを抱えてしゃがみこんでいた。


「よう、さっきは悪かったな。言い方がよくなかった」


「……ショウゴ」


 昇吾は少年の隣に座る。


「ショウゴはもうサッカーをやらないの?」


「プロとしてプレーすることはもしかしたらできないかもしれない。最大限努力はするけど、プロっていうのは求められて契約を交わすものだ。どこのチームも俺を必要としなければ当然プロサッカー選手を続けることはできない」


「そっか。じゃあショウゴはサッカーは続けるんだね」


「もちろんだ。俺は世界一サッカーを愛しているからな。君はどうだ?」


「僕だってサッカーが大好きだよ! 気持ちだけならショウゴにだって負けないさ!」


「ほう。なかなか言うじゃないか。じゃあサッカーで勝負をつけるか?」


「え? 僕とサッカーをしてくれるの? でもショウゴケガは?」


「まあ知っての通り走るような激しい運動はできないからな。そうだ、リフティングの回数で勝負なんてどうだ?」


「そんなのショウゴが絶対勝つじゃないか」


「甘いな。勝負はやってみなければわからない。それに俺だってボールを触るのは半年ぶりだ。案外一回二回で終わるかもしれないぞ?」


「僕の知ってるショウゴがそんなにへぼいわけないだろ!」


 なぜか怒られてしまった昇吾は苦笑いを浮かべるしかなかった。



 ********



 緑の勤務時間が終わったころにはもう日が暮れ始めていた。

 昇吾のことが少し気になった緑は少年の練習場所へ足を運ぶことにした。


「へいへい、そんなへなちょこシュートじゃプロになれないぜ!」


 少年が放つシュートに元気よくやじるトッププロというよくわからない構図が出来上がっていた。


「くそー。じゃあショウゴが見せてくれよ」


「しょうがねえな」


 まだようやくまともに歩けるようになったくらいなのに、キックなんてできるはずがない。そう思い緑は止めようとしたが、助走に入る昇吾の立ち姿があまりにも様になっていて、自分が何をしようとしていたのか忘れるほど見惚れていた。

 そして、昇吾が右足から放ったシュートはきれいな弧を描き、ゴール右上へ突き刺さった。


「うおお! ショウゴすげえ! 今すぐバルサに戻ってくれよ!」 ※バルサはバルセロナの略


「これくらいプロなら誰だってできるぞ。それにバルサは今の動かない俺の体じゃお荷物だな」


「じゃあ体が動くようになればまたできる?」


「さあな。どうなんだ? 高梨さん」


「え?」


 まさか昇吾に気づかれているとは思わず緑は驚きを隠せなかった。

 呼ばれたので仕方なく緑が出て行くと、少年は気づいていなかったらしく驚いていた。


「看護師なら患者の無茶は止めなくちゃだめじゃないのか?」


「まずわかっているのに患者本人が無茶することをやめなさい」


「それで、俺は前みたいにプレーできるのか?」


 昇吾の問いに緑は一瞬言いよどむ。けれど、今の昇吾の動きを見て、緑は確信していた。


「同じようにできるようになるかはわからない。だけど、しっかりリハビリさえやれば、きっと彼はまたプロサッカー選手としてプレーできます」


「やったぜ。看護師の言うことなら間違いないな」


「ほんとに!? 僕はまたショウゴのプレーを見られるの!?」


 少年は飛んで喜んだ。


「じゃあ約束だ。いつかピッチの上で会おう。今度はプロの舞台で一緒にサッカーをしよう」


「僕がプロサッカー選手に? な、なれるかな?」


「練習すればきっとなれるさ。そうだ、忘れてた。君名前は?」


「僕はレオナルド・シルバ」


「じゃあレオだな。レオ、俺は絶対にピッチに戻る。だからレオも頑張れ!」


「うん! 今日は負けちゃったけど、僕ショウゴに負けないくらいすごい選手になってみせるよ!」


 少年レオナルドは昇吾にもらったサインが書かれたメモ帳を大事そうにしまい、名残惜しそうに別れを告げた。

読んでいただきありがとうございます!

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