馴れ初め
一色昇吾が交通事故に遭ったというニュースは世界中で報道された。
さらに、昇吾に対して多額の給料を支払っているバルセロナは昇吾との契約打ち切りを発表した。
「功労者であるショウゴとの契約打ち切りは我々としても非常に心苦しい。しかし、医師の判断によると昇吾の身体能力の回復は非常に厳しいとのことだった。今朝ショウゴと話し合い、契約解除することで合意した」
バルセロナの会長が会見している様子をただぼーっと昇吾は眺めていた。
ついさっきまで病室にいた人がテレビの向こうにいるのは不思議な光景だなんてのんきに考える。
「元気そうですね」
昇吾の病室はバルセロナの最後の厚意ということもありVIP待遇の個室で、入ってくる人間はチーム関係者か医療関係者に限られていた。ただし、それもつい先ほどまでのことで、バルセロナとの契約が切れた今、医療関係者以外昇吾の病室を訪れる者はいない。
そして訪れたのは同じ日本人ということもあり、昇吾の担当になった看護師の高梨緑だった。
「まあずっと誰かに見られ続けていたからですかね。意外と心は楽になったんですよ」
「一色さん、すごい選手みたいですね。知らなかったです」
「正確には『だった』ですけどね」
事故から一か月、骨折が治りきらないため体を起き上がらせることすら一人ではできないでいた。
医師によると日常生活を送る程度には問題ないくらい回復する見込みらしいが、もう全力で走ったりジャンプしたりすることは難しいとのことだった。
「サッカーしかしてこなかったからなあ。これから何しようかな」
「釣りとかどうですか? ほら、引退したスポーツ選手がよく趣味にしているって聞きますよ」
「なんかおじさん臭くないっすか?」
「確かに」
昇吾と緑は日本人ということ以外に何も共通点はなかったが、意外と馬が合った。こうして緑がやってきて談笑することが昇吾の療養生活の楽しみになっていた。
「ではまた来ますね。あ、そうだ」
去り際に緑が一枚の紙を取り出す。
「これ、一色さんが助けた少年からです。まだ関係者以外面会禁止なので会うことはできませんが、せめて感謝を伝えたいって渡してくれましたよ」
そこには一枚のポストカードに稚拙ながらも昇吾がシュートする姿と、『命を救ってくれてありがとう。僕の英雄の帰還を心待ちにしています』というメッセージが添えられていた。
それではと緑は病室を後にした。
「僕の英雄、か」
帰還するにしてもすでに契約の打ち切りは公表され、別のチームと契約するにしてもいつ復帰できるかわからない状態である。それに復帰できても以前の何パーセントのパフォーマンスを見せられるかもわからない。
もう彼が持っている英雄はどこにもいないのだ。
「……なんで俺がこんな目に」
人知れない病室で押し殺した声には誰も反応することはなかった。
********
「サッカー見ないんですか?」
ようやく骨もくっつき始め、リハビリが開始したころ、緑が昇吾に尋ねる。
「元々俺は見る専じゃなくてやる専だから。自分が出ない試合ってあんまり見ないんですよ」
「そうなんですね。これまで関わってきたスポーツ選手の方は結構ライバルの活躍を見て自分のモチベーションにしていた方が多かったので。少し意外でした」
「ふーん。高梨さんって結構スポーツ選手との関わりもあったんだ。スポーツ興味ないって言ってたのに」
「関わりがあっても興味があるとは限らないと思いませんか?」
「まあ確かに」
昇吾は少しモヤモヤしながらもその正体がわからないまま、そのモヤモヤを振り払うように軽く首を振る。
「そういえば例の少年、一色さんと面会したいと言ってきましたよ。もう面会可能ですけどどうしますか?」
「やめときます。こんな体見せても彼が責任感じるだろうし」
「そうですか。それではもう少し元気になったら会えると伝えておきますね」
「……はい」
この時昇吾は嘘をついていた。昇吾は完治した後も少年と会うつもりはなかった。
「リハビリの調子はどうですか?」
「見ての通り全然ですよ。もう本当に骨くっついてるのかよってくらい体全身痛いし、もうやめたいですよ」
「ふふ、世界一のサッカー選手も弱音吐くんですね」
「失礼な。俺だって人間ですよ。それに『元』です」
「でも、一色さんは一度世界一になったんですよね? 誰でもできることじゃない。すごいです」
「そりゃどうも」
怪我をして以来、少し卑屈になっている昇吾だったが、緑に褒められると照れくさい反面嬉しくもあった。
「私見てみたいです。一色さんがサッカーをしているところ」
「どうですかね。とりあえずリハビリ頑張ります」
「はい、頑張ってください!」
いったい何人の男たちがこの笑顔に騙されてきたのだろうと昇吾は思った。
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交通事故から半年が過ぎたころ、昇吾は緑に励まされつつリハビリを頑張り、日常生活を問題なく送れるようになった。
「いよいよ今日退院ですね。おめでとうございます」
「もうしばらくリハビリではお世話になりそうですが、病室から出て行けとのことなので。高梨さんと会えないのが寂しいですね」
「そうやってファンの女性を何人落としたのかしら?」
「あいにくそんな暇もありませんでしたよ。まあこれからはたっぷり時間ありそうですけどね。しばらく無職でも困らないくらいにはお金もありますし」
「悪い女性には気を付けてくださいね」
そんなこんなで病院のエントランスまで行くと、一人の少年が待っていた。
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