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ひなまつり

作者: スミス・ポール

「いい?ちゃんと片付けるのよ!」

母親の大きな声がケイタイから聞こえる

ハンズフリーにしてなくたって、よく聞こえる


「はいはい」

私は気のない返事をする


「あんた、絶対やらないでしょ!あたしだって暇じゃあないんだから、あんたの家まで片付けになんて行けないからね!」


私が居ない間に勝手に飾ったくせに


喉まで出かかった言葉を飲み込む



就職のため一人暮らしを始めて数年

その時無理矢理持たされた雛人形

小スペースでも飾れるミニチュア版だ

もちろん私は飾る気なんてさらさらなく、クローゼットの奥にしまいこんだままだったのだか、遊びに来た母親が見つけて飾ったのだ


「そんなこと言ったって、私だって忙しいんだからねっ」


言い終わらないうちに、次の矢が飛んでくる

「なに言ってんの!片付けが遅れると」


「お嫁に行くのが遅れるんでしょー」

負けじとカットインしてみる


「そうよ!じゃあなんで遅れるか知ってる?」


「知らない」


「いつまでも飾っておくと梅雨になるでしょ?そうなるとどうなる?カビが生えるでしょ?カビなんか生えちゃったら世間様はなんて思う?片付けも満足にできない、きちんとした女性になれない、良いお嫁さんになれないって思われてしまうから遅れるのよ」


「へー、そうなんだ」

初めて聞いた言い伝えに、私は素直に感心した


「それからさ、雛人形は子供の身代わりになってくれるって言われてるんだから、大事にしてあげてよ」

急に優しくなった言葉に少し驚きながら、「わかった」と言って電話を切った



だけど、日常は変わらない

まだまだ下っ端の私は朝早くから夜遅くまで働き、家には寝に帰るだけ

疲れた体を癒すのは週末だけでは足らんのだ

そんな毎日のどこに雛人形を片付ける時間があるのだろうか?いや、ある訳がない!

雛人形が私の身代わりになるっていうなら、私の代わりに働いてよー、なんて思ってしまう


そんなこんなしてるうちに時は過ぎ

季節は梅雨になっていた



「もしもし。片付けた?」


「まだ」


このやり取りを何度続けたことだろう?

まるでこれが正式な挨拶のように思えてくるほどだ


諦めきっている母親の言葉が続く

「あのねぇ、あんたには言ってなかったけど、実はその雛人形って私のおばあちゃんの次のおばあちゃんぐらいから受け継いでいるもんなんだよ。そこから幾つか見繕ってあんたに持たせたんだ」


「へー」

知らなかった


「だからさ、あんたの子供にも受け継いで欲しいって思ってるわけ」


「うーん、善処します」

風呂上がりに缶チュウハイを飲んでふやけきった思考の私は、どうでもいい口調で答えた


「善処ってあんた。まぁいいわ。とにかく大切に扱ってよ。先祖代々の気持ちが受け継がれているんだからね」


「うん、わかった。来週の連休あたりに片付けるよ」

そう言って雛人形に目を向ける

雛人形は出しっぱなしだったとは思えないほどきれいなままだ

カビどころかくすみもない

「でも本当に人形綺麗だね」


「そうでしょー。逆に私の方が顔にシミができたわー」

電話口からの豪快な笑い声を聞き流し、電話を切った


電話を切ったあと、少し申し訳ないような気になり、よくよく雛人形の顔を見てみたが、笑っているのか怒っているのか分からなかった



次の日、何度目かのスヌーズのあと

ベッドから抜け出し身支度を始めて、ふと、気になった

鏡に写る自分の首筋に黒いポツポツができていたのだ

なんだろう?ファンデーションで隠せるだろうか?

コットンに乳液を浸してこすってみたが落ちない

なんか嫌だなぁ、まるでカビみたい…


ハッとして振り向いた

視線の先には雛人形が鎮座している

相変わらず笑っているのか怒っているのか分からない、…いや、笑ってる?


頭の中がぐるんぐるんしている

かろうじて動いている思考を集中してみる


先祖代々の気持ち?

そんなに昔の雛人形なの?

でもなんでこんなにきれいなの?

母親の顔にシミ?

そういえば、おばあちゃんの顔にも黒ずみがあったような…


もしかして…

もしかして、身代わりなのは…

この雛人形の身代わりなのは…

わたし…?

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