わたしの名はA
サブ主人公の夢の中の世界に主人公・渋谷少女A子があらわれるプロローグがなんとも魅惑的です。壁も床も柱もすべて水晶尽くしの部屋にあらわれた、人間離れした超美少女。サブ主人公の田中茂平とともにどうぞ魅了されてみてください…。
広いフロアにクリスタルの柱がランダムに立っている。東京メガロポリスを形成する無数のビル群のなか、何の変哲もない、古くて見窄しいビルが一つあって、そのビルの七階に全フロアぶち抜きで水晶の部屋はあるのだった。壁にも床にも水晶板が一面に張られ、月の光が差し込む窓ガラスもやはりクリスタルでできていた。私のほか誰もいないはずのフロアの上を、七色に散りばめられた月の光に紛れて、柱から柱へと動く影があった。一瞬捉えたのは女子高生の姿だったろうか?辺りに香ばしい橘の香りを放ちつつ、時折誘うような笑い声を立てては追う私を魅了する。『…誰?君は…誰なんだ?こんな見窄しい私のビルに入り込んで、いったい此処で何をしている?』。
「うふふ、田中さん、田中茂平さん」。エコーが掛かったような、あるいは階調を帯びたような、得も云われぬ美しい声で私の名を呼ぶ。何故私の名前を知っているのだろう。その魅惑的な声に、香りに、誘われるままに私は侵入者の後を追って水晶の迷宮の中をさ迷って行く。突然六人の女子高生たちが私の廻りを取り囲んだ。いや、そうではない。一人の女子高生の姿が六本の水晶柱に分散されて写ったのだ。何と、柱の表面がいきなり鏡化して彼女たちを写し出していた。ただ肝心の生身の姿は柱に隠れたままで現れない。充たされぬ艶夢のごとしだ。しかし六人の分身達がその鬱屈を晴らしてくれて余りあった。即ち映し出された六方位の、奇跡の美以てである。開いた口が塞がらない。これははたして人間だろうか?得もいわれぬ、あまりの美貌に魂を奪われつつ、私はその場に立ちつくした。
「今晩は、田中さん。はじめまして」。
六人の奇跡の美少女たちがいっせいに口を開く。何とか本人を見つけようと身を廻らすが果たせない。しかしそんな私に頓着せず両腕を揉み拉きながら彼女は私にこう告げた。
「まあ、何て素敵な水晶のお部屋でしょう!」。心から感動したような、夢見るような面持ちである。「田中さん、こんな美しい‘心’をお持ちなのね。うふふ、御免なさい。あんまり素敵だったから、私、勝手に入って来てしまいました」
「君は…誰だ?どこにいる?隠れてないで姿を見せておくれ」
「いや!捜さないで。襲われたら嫌だから、私、隠れてる。うふふ。私、名前はA子。未成年だから新聞に書かれた時はアルファベットだったの。だから今もそう名乗ってるのよ。高校三年生よ」
「新聞に?載ったのかい?何か悪い…いや、その、不都合なことでもして」
「うーん、それは…。たかりだったかしら。親父狩りって云うか、援交するふりをしてお金だけ取ってたみたい」「何!?親父狩り!?」
急に怖くなって私は辺りを見廻した。天使に見紛う、眼前のこの美少女からは想像し憎かったが、まさか仲間の悪がきどもでも引き連れて入っていはしまいかと危惧されたからだ。しかしA子と自らを名乗る美少女はすぐにそれと察して、
「ううん、平気平気。私のほか誰もいやしないわ。綺麗な‘心の中’にお悪さんたちなんか、入れやしないから。それに援交してたって云うのも私じゃなくって、B子って云う女の子のことなの。私の親友よ。私、B子たち家出少女仲間と間違われて…。二人して殺されたとき…」「ええっ!?殺された!?」