表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第一章 僕らの思い -two- 優陽サイド

「なぁ。」

と悠貴は三回目の俺に対する呼びかけを口から零す。悠貴は今、俺、氷室優陽の部屋にいる。

「なぁって」

ゲームするから後でお前んち行く。と言われ学校からの帰宅早々Switchを取り出したのに悠貴はゲームをやる様子を一向に見せない。珍しく塾の休みだからゲームしようと昨日から誘ってきたのはそっちじゃないか、と面白くない気分で先程から呼びかけを無視している。なんか話したいことでもあるのかひたすらになぁ、だとか、聞いてるか優陽、だとかを繰り返している。いい加減イライラして、

「何だよ」

と不機嫌に反応すると悠貴は告げた。

「今、LINEグループに入ってんだよね。」

そう言われて少しドキッとした。先程の不機嫌が一瞬で何処かにいってしまったような焦燥感が俺を襲う。なんの、誰と、何のために。と矢継ぎ早に質問が出そうになりそれを抑えるために言った一言は

「へぇそうなんだ」

だけだった。我ながら間抜けな返事をしたと思う。単刀直入に言おう。俺は悠貴が好きだ。隣家に住む幼馴染である長瀞悠貴に惚れている。物心ついた頃にはすでにずっと一緒にいた。何も知らないことなんてないような関係で。だからこそ、今「LINEグループに入っている」と言われ自分が知らない悠貴を見た気がしてなんだか不安に思ってしまった。だからと言ってその気持ちを言ってしまうともう幼馴染の関係ではいられなくなってしまう。だからその動揺を悟られないように今までやってきた。

「そうなんだ、なんのグループ?」

そう聞くと悠貴はちょっと驚いた風でもありながら嬉しそうに答える。

「声優志望の、グループだよ。」

性格や家庭環境も相余り、自己嫌悪ばかりしていた悠貴にとって声優とは一つの希望だった。もともと片親だったわけではないが事故死した父親に残されてしまった母親からの期待や安定を求める重圧を感じながら悠貴は生きてきた。それを俺は幼馴染として見てきて同情もしたし庇護欲も芽生えた。そしてそれは気がつけば俺が守らなければという使命感から俺が守りたいという愛にも似通った恋に変化していった。一つのきっかけというきっかけは存在するがそれは後述しよう。だからこそ悠貴の道は邪魔したくないが俺が守る悠貴でいてほしいと思ってしまった。思ってしまっていた。

「そうか、悠貴、頑張れよ」

そう思っても愛しいと思っても離れてほしくないと思っても世界はそれを認めない。世間は俺と悠貴だけで成り立ってはいないし、二人で生き抜いていくには難しい。それに世の中は同性愛に友好的ではない。むしろ批判的に出来ている。男と男は友情以上の関係になることはおかしい、と。

「おー。頑張んないとな。」

悠貴が好きだからこそ、悠貴にはそういった世間の目に晒されて欲しくない。そう思って俺は今日も悠貴に接していく。

「そうだな、頑張れよ、俺はずっと応援してるかんな。」

それに悠貴にとって家や学校が安寧の場になりえない今、俺の隣という安寧の場を奪うことは悠貴にとって瀕死を意味する。だからこそ、俺はずっとひた隠しにすると決めている。そんな俺の決意を全く持って知らない悠貴はこう続けた。

「それで先輩がすげえんだよ。」

新しい友だちが出来た小学生のように、目を輝かせて話を聞いてと言わんばかりに肩を叩く。俺は、それを受け入れるようにうなずきながら悠貴を見つめ直す。そして尋ねる。

「先輩?年上なのか?」

そう聞き返すと、その質問が嬉しかったのかまたは単純に俺が話題に興味をもったのが嬉しかったのかわからないが、すでに輝やかせていた瞳をより一層輝かせて言う。

「そうなんだよ、えーと、22とかそれくらい。」

そして俺の言葉を待たずに続ける。

「その先輩、はるさんって女の人なんだけどな、すげえの!」

すごいだけでは何も伝わらん、と言おうとしたがそれもそれで水を差すように思えてうんうんと頷きながら話を促す。

「幅広い音域、それに加えて高い演技力。尊敬しないわけがないんだ…俺も…ああいう風になりたい」

最後の方は俺に聞こえるギリギリの小声になりながらもそれでもハッキリとした意志を見せた。声優を目指している悠貴からすれば本当に尊敬できる存在なのだろう、と俺は思った。

「じゃあ尚の事色々頑張んないとな。お前テンション低めなんだし、感情の起伏も小さいからな」

悠貴は基本あんまり感情を露わにしたりしない、同級生に言わせればクールだが俺の前ではそうでもない。喧嘩はしょっちゅう起こる。些細なことで喧嘩する。それに悠貴は結構短気だ。普段学校でクールだなんだと言われているその仮面も俺の前では剥がれてしまう、その事実が俺は嬉しいとも思えて勿論喧嘩しないに越したことはないのだが喧嘩さえ愛おしいと思えてしまう。

「そうだな、なぁ優陽。感情ってさ、どうしたら豊かになんだろうな」

感情が豊かではないと言っても喜怒哀楽の何処かが欠けているという訳ではない。きちんと笑顔にもなるし怒るし涙を見せる。だから感情豊かでないと言うより悠貴は少し感情表現が不器用なだけだ。以前にも同じように問われそう伝えたことがあったがそれではだめなんだと一喝されてしまった。演技に活かせてないって意味でいったら感情表現が不器用なのは感情が豊かじゃないってのと同じことだ、とかなんとか。確かに正論だとは思うがそれでも俺に言わせれば本当に悠貴は少し不器用なだけだ。

「色々経験すればいいんじゃないか」

同じことを言って悠貴を不機嫌にさせないように前回とは異なることを言ってみる。

「経験?…部活とか?」

悠貴は俺の言葉を受け、そばにあった俺のバスケットボールを見ながら呟く。俺らは同じ中学で同じバスケ部に所属している。ちなみに今悠貴が眺めているボールは四歳上の俺の姉ちゃんが俺と悠貴で仲良く使えと買い与えてくれたものだ。

「部活とか、バイトとか、…恋愛、とか?」

経験と聞いてすぐに部活に繋がる悠貴の短絡思考を助けるようにバイトと恋愛を追加して返事する。悠貴と俺には今まで彼女がいた試しが一度もない。俺が悠貴を好きなのは前述したとおりだがそのきっかけは中学二年生だった。俺は別段モテる方ではないのだがたった一度だけ一年前、中学二年生の夏のとき告白されたことがある。無論、部活が忙しいだとか言って交際の申込みは丁重にお断りしたのだが悠貴に告白されたと伝えたとき、悠貴から言われた言葉を鮮明に覚えている。

「優陽はさ、彼女が出来たら…俺とはあんまり遊ばねぇ?」

と言ったのだ。その時咄嗟に

「そんなことあるわけ無いだろ!それに今は彼女とか欲しくねえしな!」

と笑って一喝した。そうして笑って悠貴に尋ねようとした。

「お前こそ、どうなんだよ、彼女とか欲しくねえの?」

と。しかし俺にそれを尋ねることはできなかった。なぜなら、悠貴にもし彼女が出来たら、一番優先されるのは彼女なのだろうか、それは嫌だと思ってしまったからである。どうして嫌と思ったのか直ぐに考えが恋愛に直結したわけではない。その時はただ漠然と悠貴を取られたくないという思いが渦巻いていた。それが今ではこんなに苦しい思いになってしまうのだから、きっかけをくれた中学二年の時告白してきた女子、宮原綺湖には今でも感謝すればいいのかそれとも怨嗟の念を抱けばいいのかわからない。

「恋愛かー」

悠貴は好きな人すらいないと公言している。好きという感情がわからないとも。俺は悠貴にそれがどんなに苦しいくて切ないものなのか気がついて欲しいと思うのと同時に悠貴が将来好きになる相手はどんな相手なのかと、もやもやしている。

「まあ恋愛は例えだから」

恋愛を意識して欲しい思いとそうでない思い、両方の思いから早口に告げると次の言葉に続ける。

「「いつか全てが自分の力になる」って梶さんも言ってることだし…恋愛に限らず色々ってことだろ」

梶さんとは声優の梶裕貴さんのこと。悠貴は梶裕貴さん心から尊敬している。もちろん他にも尊敬している声優さんはごまんといると言うがその中でも特に梶さんを尊敬している。梶さんが出した本もすぐに買って読み込んでいる。そしてその本の帯にも書いている「いつかすべてが自分の力になる」という言葉を信じている。ここからは先述した悠貴の家庭事情の繰り返しになるが悠貴の今の家族構成は母親のみ。父親は事故死してしまった。幸せな人生を歩むはずだった悠貴はアクセルとブレーキの踏み間違いというよくある事故で亡くなった父によって、変わってしまった母と共に人より不幸に人生を歩んでいる。しかし梶さんのように人を幸せに出来るなら、と声優を目指している…というのが悠貴が声優を目指すに至たった大きな理由。ちらほら他にも取っ掛かりやきっかけはあったろうが決定的なのは父親の事故だろうと俺は思う。だからこそ悠貴は「いつかすべてが自分の力になる」という言葉を大事に生きている。その父親の事故すら「いつか」「自分の力になる」のだと信じて。

「「いつか全てが自分の力になる」。」

悠貴が小声で呟いたその一言は俺にも重くのしかかった。果たしてこの俺の叶わない恋心が消えていつか、そんなこともあったなと、若気の至りだったと思える日が来るのだろうか?来て欲しいようで来て欲しくない未来を一瞬思い描いてしまった俺はその言葉を胸の内で今一度反芻する。そんなさっきから進まないネガティブな俺の思考を全然知らないお気楽悠貴は言いたいことを言ってスッキリしたのか

「ゲームしよう」

と言った。本当にお花畑な脳内だな、こいつホントに悩みとかあんのかよと少々不機嫌になりながらそれでも悠貴とゲームすること自体は悪くないと思い、さっき出したSwitchを悠貴に差し出す。しかし悠貴は受け取らず

「DSがいい」

と言って俺のDSを勝手に出してくる。全くこいつはなんなのだろう。不機嫌でも悲しみでもなく呆れのため息を深くついて悠貴ご要望の対戦型ゲームをするために姉のDSを借りに立ち上がる。こんな悠貴でも惚れた俺の負けだ。悠貴に甘いのだから本当に俺は仕様がない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ