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第一章 僕らの思い -one- 星凪サイド

唐突ではあるけれど、僕、月見里星凪は声優志望だ。声優志望とは言っても一般的に養成所、とよばれる声優になるための学校に通っているでもなく、ただただ漠然と夢としてもっているということ。それで声優志望だなんてよく言えたものだと思うだろう。激しく同意する。ぬるま湯に浸かってただただ熱湯をくれよと叫んでいるようなものだと。だからこそ、それを少しでも変えたくて。しかし養成所なんて大層なものには家庭事情などもあり通うことが出来ずにいた。そこで音楽アプリ、nanaを見つけた。見つけたという言い方は正しくないかもしれない。僕を声優志望と知る友人がその存在を教えてくれた。少しでも僕が努力できる場所が見つかればいい、そう言ってくれた。歌を歌いそれを投稿し評価をもらう。その友人の言う通り歌い少しでも練習になればと思い友人に感謝を表しながら使うことにした。はじめは全くうまく行かなかった。好きという理由だけで自身の下手な歌を聞き悪いところを考えなければならなかったのは精神的にはとてもつらかった。音程の取れていない、テンポもずれている。もういっそやめてしまおうかとも幾度も思った。nanaには「拍手」という機能が備わっており、良いと思ったサウンド、つまり歌や声劇は聞いた人の判断によって拍手が押される。つまりTwitterのいいねのようなものだ。その拍手数の多いサウンドほど多くの人がいいなと思ったということ。ある意味一つの数値になる。その拍手も全くと言っていいほどない。それも相まって「諦める」の三文字が視野に入ってきた。どうせ無理なのだろう。大した取り柄のない自分なのだからやっぱり声優なんて無理だったのだ。今成功している人たちは努力も存分にしただろうが元の才能があったのだろう。ぐるぐると意味のないマイナスなことを考えた。しかし自分が自分を超えなければ誰が自分を超えるのだ、と言い聞かせ諦められたらとうの昔に諦めていると思い4月から約半年間続けてきた。

 藻掻いていた泣きそうで苦しい諦めてしまいたかった約半年、nanaで声優志望と誰かに言うことなくそしてプロフィールに書くこと無く、人と関わることは殆どなかった。が、ついこの間約二週間前のことだ。一つ目に止まった「声優志望さんと切磋琢磨しよう」の一言。切磋琢磨という言葉は素晴らしいことのようで実際は綺麗事であると僕は思っていたし今でもそうと確信している。切磋琢磨とはつまり批判し合うということを意味していると僕は思っていた。批判し合う、それがメンタルの弱い僕にとっていかに恐れるものであるか。しかしその恐怖と同時に好奇心もそこにあったのは嘘ではない。人に評価されるということはもしかすると、肯定される可能性も示唆していた。僕は恐怖心を抑え必死で見ないふりをして好奇心だけをむき出しに切磋琢磨のワードが表示されているコミュニティーをタップした。そこで志穂と、出会った。志穂も又声優を目指しながらも養成所に通うことが出来ずにいた。志穂は自分も含めた声優志望とLINEで関わることを企画してくれた。だからこそ私は一人で問答することなく進めていると言っても過言ではない。志穂の企画そして助けがなければ今頃は後述する仲間と呼べるべき美しき友に会えていなかっただろうし、そしてまたずっともがき苦しむことになっていたかもしれない。たらればを言っても無意味なのは重々承知だがそれでもこのコミュニティーに入らず志穂出会わずにいたならばと考えると落ち込むくらいには感謝をしている。コミュニティーに入る前の印象の思い込みは前述の通り恐怖心と少しの好奇心だが入ってみた感想をいうとそれは恐れていたものとはほど遠かった。僕がそのコミュニティに入った当時人数は僕を含め五人だった。あとから一人増えるのだがそれは後述しよう。志穂は第一印象と違わず、面倒見がいい。自分のやりたい思いに一直線でありながらも他人を気遣う優しさ。そんな志穂と仲がいいのは心湊。はじめは小生意気だ、と思いこそしたが心を許しているからの、そして切磋琢磨し合えると思っている、お互いをライバル視しつつも仲間だと思ってくれているからこその距離感で。もえかはいつまでも、どこまでいっても優しいのかノリがいいのかまったく憎めない。そして純真な思いをもっている。真っ直ぐで至誠な人。それに加え、包容力があるというのか、なんと言えばいいのだろう、もえかの紡ぐ言葉はいつだって優しいし気遣いで溢れてやまない。ときには強い言葉を言っていても優しさで溢れているし何より説得力がある。先輩ことはるさんは僕らが「先輩」とはよく言ったもんで、演技が上手く、声域が広く僕らみんなが慕っている。先輩だ、先生だ、なんだと祭り上げても恥ずかしいから止めろと言いつつ「先輩」というあだ名を僕らが尊敬している証と受け取ってくれ、受け止めてくれた。いまでは殆どがはるさんのことを「先輩」と呼んでいると思う。その四人が僕を温かく迎え入れてくれたことで僕は恐怖心とは程遠く逆に安心することさえも出来た。

このグループのメンバーで一番仲のいい人は誰?と聞かれれば僕は即座に悠貴と答えるであろう。後述すると言った一人が悠貴で僕よりも後から入ってきた。僕と考え方が似ていたのかそれとも波長がたまたまあったのか。仲がいいと断言しつつも話しやすいという以外僕にはわからなかった。よく雑談もするしなんだかんだといいつつ頼りになる悠貴。

 僕らはみんな夢は同じで時々アドバイスや改善点を強く言ったりするときもお互いにはある。それでも僕たちは「声優」という一つの夢を叶えるために今日も藻掻いていく。それが夢に向かう僕ら。名前はまだない。

「ヴー」

と携帯のバイブ音がなりメッセージがホーム画面に表示される。タイミングよく声優志望グループからだ。メッセージ内容は一言。メッセージ主は悠貴。

「声優志望グループ/悠貴:つっかれたあああ」

悠貴やもえか、志穂、心湊そして僕は学生だ。先輩だけが働いている、所謂大人、社会人という区分に入る。現在五時手前のタイミングということは学校が終わったのだろう。悠貴の一言に続いて志穂や心湊も悠貴に続きトークを始めた。

「声優志望グループ/志穂:それな…疲れた」

「声優志望グループ/心湊:暇だ…」

僕もその二人に倣い即座に携帯のロックを解き返事を返す。

星凪「みんなおつかれ…。心湊くん暇なんだ?」

フリック入力は別に遅い方ではないが同年代の女子と比べたら断然遅いほうだ。僕はどちらかというとキーボード入力のほうが早い。

心湊「そーなんだよ暇」

心湊に反応してもえかが話題を広げてくれる。

もえか「学校終わると何していいかわかんないよねー」

それに呼応して志穂と悠貴が続く。

志穂「宿題しなきゃならないのは分かるけど…」

悠貴「やりたくない!」

志穂「そう、やりたくない!」

心湊「だから暇。」

そう心湊がいった時、それに反応して先輩がいう。

はる「じゃあ、みんなで電話しよっか」

声優を目指している僕らは未熟者同士でありながらも時には電話をしてお互いがその場で即興で演技するのを評価してみたりする。それは熟練者が評価するものには程遠いがそれでも切磋琢磨しようと奮闘している。

志穂「いいね!」

悠貴「したいしたい」

もえか「いいねー」

心湊「やろーぜ」

電話しようという提案にみんな同意を見せる。それは演技をしたいという思いもあったのだろうが、しかしその他にもそれぞれみんなと話したいという思いも少なからず含まれているのであろう。

星凪「じゃあ電話しよ」

僕のはそれをトークに打ち込むと右上に表示されている電話のマークをタップする。程無くしてみんなが入ってくる。

「もっしもーし!」

陽気というか愉快というか元気というかそんなようなハイテンションに高めの声を聞かせるのは志穂だ。続く声は

「もっしもし亀よ亀さんよぉー」

とこれまた志穂に負けじ劣らずのハイテンションかつ陽気な声だ。これは、はる。続いて男子勢は

「やっほー」

「ういーっす」

とそれぞれ女子よりテンション低めのようにも伺える。もえかは

「こんにちは~」

とこれまた律儀というか丁寧というか優しい柔らかな声で入ってくる。それを受けて僕を含めみんな、こんにちはと返し、心湊がそれに続いて言う。

「今日は何やる?」

特に計画もなく電話を始めたものだから何をするのかそこから決めて行かねばならない。しかし志穂はすぐに思いついたようで、あ!と声を上げる。

「外郎売やろう!」

外郎売とは「拙者親方と申すは、お立会の中うちに御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発たって二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門、只今は剃髪致して、円斎と名のりまする。」の一文から始まるかなり有名な早口言葉だ。外郎売の口上は、俳優・タレント、アナウンサーの養成所などで発声練習の教材としてよく使われている。それをうけて僕らも練習したり言い合ったりしている。

「まじか、まだ全然言えないや〜」

志穂の思いつきに苦言を呈したのは悠貴だ。苦手なのだろう、声色から気が重いことが伝わる。心湊がそれを聞き悠貴を励ます。

「いーじゃん、始めはそういうもんだし」

もえかも励ますように

「もえもまだあんまり上手には出来ないですし一緒にやりましょう!」

と明るく声を掛ける。するとここまで黙っていたはるが声を上げる。

「男が廃るぞ、つべこべ言わずやるっ!」

僕も悠貴に声を掛ける。

「まあ、無理にとは言わないけど、やってみたら?ちょっとだけでも。ね?」

「わかったってもう、やるよ、やります。」

悠貴は渋々、いや声色からして渋々と言うよりもやる気に満ちて言葉を吐き出した。考案者の志穂はみんなの同意が得られたことを確認して、じゃあまずは私から…と言って外郎売を詠み始める。

携帯を通して仲間と電話でアドバイスを言うこと。これが本当に切磋琢磨という熟語に合っているかはわからないもののそれでも努力という熟語には見合っているだろうと志穂のつっかえながらの外郎売を聞きながら僕は密かに思った。


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