静寂! 裏で蠢く者達!? その13
聞こえた声が本当に本人が喋っているのか。
それは虎にしかわからない。
それでも、わかる事はある。
気丈な性格の虎ならば、アレだけの事で悲鳴を上げる筈はない。
ソレが頭で分かっていても、良の身体は動かなかった。
『……くそ』
自分がすべき事はわかっては居る。
アナスタシアの時と同様に、虎女を殺さない様に止めれば良い。
方法はどんな方法でも構わないだろう。
拳や足よる打突、関節を決める。
如何なる方法を使うにせよ、虎を戦えない様にするだけだ。
が、その【だけ】という事が良にとっては難しい問題であった。
他人の痛みを理解出来ない者であれば、いとも容易くそれをするだろう。
迷う事すらなく、自分の快楽の為にそれをする輩は世界中に居る。
その点だけを見れば、良はその反対に居た。
痛みがわかるからこそ、躊躇をしてしまう。
数多くの知人友人達も、良は【首領には向いてない】と述べていた。
良が動けないで居るのを機に、虎女は立ち上がる。
鼻から上は兜に覆われているが、その下の唇は剥き出しであった。
覗く唇が、笑いへと歪む。
「やはりな。 のこのこ独りで来るマヌケだけは在る」
そう言いながら、虎女は良の前をゆったりと回る様に歩き出した。
「恐らくは、改造人間共を見捨てたなどというチッポケな良心の為に動いているんだろう? それに何の意味がある? 貴様が一度見捨てて置いて、戻ってくれば全ては帳消しに成るのか?」
喋っているのは影に蠢く大首領なのだろう。
だが、良の耳に聞こえるのはカンナの声だった。
本人が喋っている訳ではないにせよ、その声は確実に良へと刺さる。
「どうせなら諦めたらどうだ? 貴様一人で何もかもと戦えるとでも? 世の中はそんな英雄を求めては居ないぞ? ただ、自分を気持ち良くしてくれる偶像を欲してるだけだ。 何の為にそんな風に意地を張る? それに何の意義が在る?」
問われた良は、虎女を見る。 良の目線は虎女の頭の上を見ていた。
其処には空気しかないが、それでも居るであろう何かを睨んだ。
『うるせぇ、デッケェお世話だよ。 俺がこうしてる理由だ? 簡単だ』
そう言うと、良は片手を上げて見えない何かを指差す。
『そうやって、テメェは後ろに隠れてコソコソしてる卑怯者が大っ嫌いなんだよ。 変態野郎が』
上げていた腕を下ろすと、構えを取る。
『カンナ、勘弁してくれよ?』
戦えば、虎女を傷付けてしまうかも知れない。
それがわかっているからこそ、良は詫びた。
覚悟を決めて、虎女へと良は走る。
自分に出来る事は、可能な限り速やかに事を終える事だけだ。
それ以外、カンナを解放する方法が無い。
だからこそ、迷いを捨てた良の動き速かった。
遠隔で操られている人形と、直接意志を持って動くのでは、速度の違いは一目瞭然だろう。
ましてや、カンナは操られる事を良しとしていない。
若干とは言え、その動きは鈍くなっていた。
虎女に組み付くなり、良はその片腕を掴んだ。
変身したアナスタシアとは違い、カンナは軽い。
本来はその軽さから、動きを速めるが、耐久性に難がある。
良は、その欠点を突こうと決めていた。
体中から刃を出せるブレードタイガーだが、良とは相性が最悪である。
硬さのみを極めた鎧を纏う良にとってみれば、刃物は恐れるに足らない。
『せぇ、の!』
改造人間としての全身を生かし、虎女を投げようとする。
虎女の細身は軽く、その足は地面から離れてしまう。
が、良が投げを完了する前に、何かが横から当たった。
『うぉ!?』
全身全霊を投げに向けて居たからこそ、意外な程に横からの力には逆らえない。
体勢の崩れを隙として、虎女は良の掴みから抜け出していた。
放られた力を利用しながら、華麗に着地する虎。
それに対して、良ば無様に転がるが、直ぐに膝を着いて辺りを窺った。
『なんだ!?』
思わず声を出す良の目に映るのは、カンナとは別の怪人であった。
虎女に気を取られていたせいか、良の視野は狭く成っていたらしく、いつの間にか良は囲まれていた。
そして、良を弾き飛ばしたのは、怪人が持つライフルである。
本来ならば、構成員達が怪人対策に用意されたモノ。
それは在る意味正しく使用されている。
組織を襲う、裏切り者の改造人間へと。
本来で在れば、重機関銃の弾を使用するモノは持って扱えるモノではない。
が、生身ではない怪人にとってみれば、玩具と変わらない。
「武器にしては原始的だが、効果は同じだ。 どんな武器だろうと、相手が死ねば良い」
『くそったれが!』
「余裕かな? 篠原良」
虎女の声に合わせて、ライフルがバンバンと火を噴き出す。
吐き出された弾は、良の体を強かに弾いた。
『ぅ、ぐ』
装甲が弾を弾けば、貫通こそしない。 が、その威力は凄まじい。
銃口が向けられ、良は慌てて身体を腕で庇う。
そんな良へ四方からライフルが発射された。
本来で在れば、同士討ちを避ける為に向かい合っての射撃は厳禁である。
が、もしも射手が操られる、尚且つその操っている側が考慮しなければ、何の問題でもない。
正に、操り人形だからこそ出来る戦い方である。
事実、良を外れた弾の何発かは向き合う怪人達へ当たっていた。
『ギャア!?』『ギヒィ!?『
小銃では倒せない改造人間とは言え、大型の弾となれば話は違う。
腕や脚、中には胸に穴を穿たれて倒れる者も居た。
倒れた怪人を踏みつけて、新たな怪人が現れる。
『止めろお前ら! もう止めろ!』
自分も撃たれているが、それは良にとってはどうでも良かった。
互いに、操られる殺し合う。 そんな改造人間達を止めたい。
必死声を張り上げる良だが、虎女の口から漏れ出るのは笑い。
「やめろ? 異な事を云う。 やめろと云われて、人が戦争を止めるのか? 我々が操らずとも、貴様等は一度は戦っただろう?」
そんな声に、良は兜の中で歯を軋ませていた。
四方から撃たれると、動けない。
前から衝撃が来たと思った途端、背後からも来る。
更には左右からも弾が飛んで来た。
『ぬぁ!? こんの!?』
こうなると、如何に無敵の装甲とは言え分が悪い。
それでも倒れないのは、強化されているからだ。
もしも、再改造をされていなければ、今頃は良は倒れて居ただろう。
繰り返されていた銃撃が、止んだ。
急に止まった衝撃に、良は辺りを窺う。
すると、囲まれてこそ居るが、怪人達は止まっていた。
『なんだ?』
訝しむ良に、虎女は前へ出る。
銃撃が止まって居なければ、虎女は撃たれていただろう。
「篠原良。 我々は貴様を殺そうとは思っていない。 ただ殺すだけなど、何の価値が在る?」
そう言うと、虎は良に更に近寄る。 顔と顔が、触れ合う寸前まで。
「貴様というチッポケだが、勇猛果敢な人間の魂を踏みにじり、屈服させる事に意義があるのだ。 許してください、助けてくださいとな」
虎女がそう言うと、バンと乾いた破裂音が響く。
何事かと良が思う前に、虎女が倒れる。
首領とは違い、軽装の虎では銃弾が防げて居なかった。
『テメェ、何の真似だ!?』
撃たれ呻く虎女に代わって、別の怪人の口が動いた。
『狙撃手という者は、誰かを誘い出す為に敵の一人をわざと生かして置くらしいな?』
響く声を合図に、怪人達の持つライフルは虎女へと向けられた。
『さぁ、篠原良。 其処に転がる出来損ないが大事なのだろう? 守ってやったらどうだ?』
相手の意図を察した良は、咄嗟に虎女を庇う様に覆い被さった。
動けない的ともなれば、如何に下手くそな射手でも当てられるだろう。
それが大きければ、尚更である。
カンナを庇う事で、動けない良へ集中放火が襲った。
全身から火花を飛ばし、揺れるが、良はその場を動こうとはしない。
良の腕の中で、虎女は震えていた。
「首領……もういいよ」
『うるさい』
聞こえた声が、本人が発したモノかはわからない。
操られているかも知れないが、それでも庇う。
「……良、死んじゃうよ」
『こんなのは屁でもない』
撃たれた際、何かが壊れたのか、虎女は必死な声でそう言った。
如何に馬鹿げた真似をしているのか、それは良もわかっている。
本来ならば、急いで基地へと潜入し、怪人達を操っている者を叩くべきだろう。
しかしながら、思い付いた所で実行は厳しい。
出来ない事もないが、それは虎女を見捨てる事になる。
一度とは言え、彼女を見捨てた負い目が、良の身体を縛っていた。
「お願いだから……逃げて」
『黙ってろ!!』
何とかならないかと、良はまだ諦めて居なかった。
銃撃の音に、別の音が混じる。 それは、聞き慣れたエンジンの音。
『お前……』思わず絶句する良。
良は待っていろと指示を出した。
だが、忠誠心溢れるソレは、主の危機を感じ取ったのか、命令を無視した。
ソレこそは、操られない意志を持つ者だけができる戦いである。
自分だけで走れるマシーンは、主を護らんと怪人の一人へと突進する。
一人を弾き飛ばし、更に次へと向かう。
『ええい! なんだこのガラクタは!? 邪魔だ! 片付けろ怪人共!』
操れないという事が余程不愉快なのか、そんな声が響く。
大首領に操られる怪人達は、マシーンへと狙いを移した。
窮地だが、それは良が欲した機会であった。
『カンナ、勘弁だ!!』
「え? キャア!?」
その場に放置すれば、どうなるかはわからない。
其処で、良は虎女の体を放り投げた。
バサバサと音を立てて、虎の身体は藪へ突っ込む。
藪の中へと入ってしまえば、それだけでも体は隠れるだろう。
その間にも、マシンを銃撃が襲うが、例え撃たれても突撃は止めない。
車軸が撃ち抜かれ、車体が崩れる。
トドメを刺さんと、怪人達はマシンへと近寄るが、そんな怪人を背後から良が襲い掛かる。
『腕の一本二本、勘弁しろよ!!』
自分の為に身を捨てたマシンの想いに、良は奮起していた。




