怪奇!魔法少女来襲! その6
構成員の報告に、アナスタシアがバッと身を翻す。
「何事だ! 騒々しい!!」
彼女の今の姿は、まさしく組織の女幹部といった風情である。
加えて、椅子に腰掛ける怪しげな首領も実に映える。
「首領の前だぞ! 正確に報告しろ!」
何とも悪の組織らしいが、当の首領に取っては面倒この上ない。
内心では【なんで俺こんな事してんだろ?】とすら思う。
が、そんな首領の内面など無視され、事は進む。
「現在、この基地に怪しげな輩が接近しております!」
構成員の報告に、女幹部の眉がピクリと動いた。
同時に、首領も僅かにビクッと成る。
「なんだと!? 映像に出せ!」
「は!」
それらしいやり取りの後、天井からなにやら降りてくる。
それは、大きなディスプレイであった。
電気屋辺りへ行けば【60インチ】で通るだろう。
ともかくも、ソレがパッと灯った。
良は気付いて居なかったが、組織の基地のあちらこちらにはカメラが取り付けられている。
そして、それらが捉えた映像が画面へと転送されるのであった。
映し出される映像。
其処には、如何にも怪しい姿が見える。
暗視装置のせいで色はわからないが、その分鮮明と言えた。
『ん? んん!?』
映った姿を見た首領の鼻が唸った。
それにはアナスタシアは取り合わず、ムッとする。
大きな画面に映るのは、場違いは少女であった。
「何者だ? こやつは?」
襲撃者の姿をみて慌てる女幹部。
そんな彼女に、首領が顔を向けた。
『ま、まぁまぁまぁ、取り合わずさ、黙ってれば帰ってくれるんじゃない?』
何とも呑気な首領に、女幹部も構成員も驚いていた。
「首領!? 何をそんな悠長な! ただの女子高生がこんな時間にこんな場所を彷徨く筈が御座いません! 恐らくは異能力者かと。 それに! 今この基地には戦える者は居ないのですぞ!」
芝居がかった声の圧力に、若干首領が怖じ気づく。
【異能力者】という言葉には引っかかったが、一人の顔は知っていた。
『えぇ……えーとさ、なんて云うか、じゃあ他の改造人間とか、怪人とか、居ないの? ちょっとこう、軽く追っ払って帰って貰うとかさ』
首領の声に、アナスタシアは眉間にシワを寄せながら腕を組む。
「それが、今の所は皆出払って居まして」
如何にも困ったという女幹部。
悪の組織とは言え、構成員達は其処まで強くはない。
戦った事はないが、少女の力に付いては良は知っていた。
同時に、ピチピチタイツの姿でマトモに戦えるとは良には思えなかった。
が、だからといって何もしない訳にも行かない。
となると、手の空いている改造人間を一人しか知らない。
『え~、マジかぁ……じゃあ、俺、出ようか?』
首領の声に、女幹部と構成員がパッと顔を向けた。
「いや、首領直々に、ですか?」
「それは、ちょっと」
部下は戦えないとなれば、他に手段は無い。
が、何しないでは部下の存在価値もない。
滝の如く汗を流し出すアナスタシア。
幹部としては、なんとかしなければ成らない、と同時に、首領を送り出すというのも憚られる。
どうしようこうしようと、あれやこれや色々な考えが渦を巻いて纏まってくれない。
そんな時、ドアがバンと音を立てて開かれた。
「ご安心ください! こんな事も有ろうかと、準備しておきました!」
現れたのは小柄な姿。
相も変わらず怪しい格好の博士である。
そんな部下の姿に、首領の首が傾いた。
『ようい? ほんとにぃ?』
ヤケに間延びした声で部下を疑う首領。
良からすれば、博士は未だに信頼を置ける人物とはいえない。
最も、それは博士に限った事でもなかった。
「お疑いに成るのも当然でしょう……が!」
声を張り上げながら、博士は白衣のポケットからゴソゴソと何かを取り出し広げた。
それは、一枚の紙である。
「基地内に残された物やらデータからようやく見つけたんです! 首領のお力を!」
下がっていた自分の株を上げたいからか、些か鼻息が荒い博士である。
ともかくも、構成員が博士に近づき、紙を受け取る。
「首領! どうぞ!」
恭しく差し出されるそれは、ポケットに入っていたせいか余りピシッとしていない。
それでも、読むことは出来るだろう。
『力ねぇ、じゃまあ』
部下から紙を受け取り、目を通す。
博士の説明書を読む良ではあるが、深い唸りが響いた。
『へぇこりゃあ……あの、博士?』
「はい! 首領!」
『コレさ、もうちょっと何とか成らなかったの? すっげ……あ、いや、ちょっと読みにくいんだけど?』
良に渡された紙。
それには、文章はともかくも子供の落書き寸前の絵が書かれていた。
*
所変わって基地の外では、やはり怪しげな一団が彷徨く。
女子高生らしい格好だけを見ればそう怪しくないかもしれないが、場が場だけでに怪しい事この上ない。
静かに潜入する気はないのか、その歩みは堂々とすらしていた。
「この辺の筈……」
先頭を行くのは川村愛。
そんな彼女の近くを、二人ほどの少女が歩いていた。
「ね、アイ! ホントにこの辺?」
「うん」
川村愛には確信が在った。
力を与えられてから感じる何か。
根拠がイマイチハッキリとはしないが、直感とも呼べるモノ。
遠くからでも、誰かの助けを求める願いや、悪の存在を感じ取る。
ソレとは別の方法も愛は既に取っていた。
以前に、篠原良と昼食を共にした時、彼女はスマホを借りている。
実はその時、コッソリと追跡用のアプリケーションを入れていたのだ。
もしも、良がその手の事に詳しかったなら気付いたかも知れないが、残念な事に電子に疎い良には気付けていない。
「そろそろ、近く……」
少女がそういった途端、近場の草むらがガサッと鳴る。
「ひゃ!?」「何!?」
驚きの声が上がり、草むらから音の正体が現れた。
『あー、ごめんなさい、驚かせたようで』
現れたのは、如何にも怪しい姿。
ヤケに尖った頭に、全身をゆったりと覆う布地。
端から見れば【安っぽいオバケ】だろう。
「何? 此奴?」「見るからに怪しい」
最初こそ驚いた女子高生達だが、直ぐに顔を真剣なモノへと変えていた。
中でも、川村愛の顔は怒っていると言っても間違いない。
「あんた、誰!」
刺すような声に、怪しい人物は慌てた。
『え? あ、あぁ! こんなの被ってるからか!』
ポンと何かを思い付いたらしい人物は、被っていた布を脱ぐ。
中から現れたのは、当たり前だが篠原良だ。
「や、やぁ、川村さん」
見知った男の顔に、愛の顔からも怒りが消えた。
「篠原さん? 何で」
「え? 何でって云われても、なんて云えば良いのか」
良からすれば、事は穏便に運びたい。
悪の組織地下基地は近くには在るが、明かせなかった。
今のところ、組織は良い方へと進み始めている。
既に悪の首領はこの世には居ないのだ。
「篠原さんも、もしかしたら来たんですか?」
「来た? あ、いや」
愛からすれば、篠原良とはある種の思い込みがある。
悪の組織に拉致され、改造人間にされた。
それはともかくも、正義の為に組織と戦っているのだ、と。
「と、とにかくさ! 君達も、こんな夜遅くに彷徨くのは危ないよ?」
出来れば帰って欲しい良。
ソレを聴いて、愛は鼻を唸らせる。
「ね、アイ、此奴怪しくない?」
「そうだよ。 だいたいこの人なんで此処にいるの?」
自分達の事は棚上げにし、勝手な事を言い始める愛の連れ。
云われた良も、自分が怪しい事はわかっては居た。
「あー、お嬢さん方、そのな」
穏便に事を納めたい。
しかしながら、それは良の勝手な都合でもあった。
連れの二人は、衣服や持参の鞄から怪しいモノを取り出すと、掲げた。
「まぁいいよ、とりあえず……へぇん、しん!」
「うん、後で体に聞くとして……変身!」
辺りの暗闇を引き裂くような閃光。
「オジサン! 悪いけど、ちょっとお話聞かせて貰うよ!」
如何にも女子高生といった出で立ちから、怪しい衣装へと変貌した少女達。
そんな彼女達から武器を向けられた良は、ひたすらに困っていた。
「おじさ……参ったな」
軽く両手を上げ、戦う意志がない事を示す良。
オジサン扱いには多少カチンとは来るが、顔には出さない。
そんな彼を庇うべく、愛は仲間の前に立っていた。
「ちょっと! 待ってってば! この人知り合いなの!」
庇ってくれる愛。
そんな声に、良もウンウンと頷く。
昼飯も奢ってやったのに、武器を向けられる謂われはない。
「じゃあ聞くけどね、何であんな格好してた訳?」
「この辺でオバケ大会でもしてた?」
まるで事情聴取である。
とは言え、説明しない訳にも行かない。
「えーとな……複雑なんだよ」
戦う意志が無い良。
かと言って、そんな都合は考慮されるかは別問題である。
「納得の行く説明してよね」
「うんうん、そうそう」
追い詰められた良は、どうしたものかと思案した。
適当な言い訳では誤魔化しようもない。
「えっとね、あ! そうそう、組織のボスは倒して在るから大丈夫だよ?」
パッと思い付いた言葉を、良は漏らしていた。
言葉は足りないが、間違いない。
が、それで他人が【はいそうですか】と納得してくれるかは別だ。
「へぇ? じゃあなんでこんなとこに居るの?」
「そうだよね、ボスは倒して在るんですよねぇ?」
加えられる追求に、良は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。
「じゃあ、その基地の中、改めさせて貰っても良いですかぁ?」
如何にも怪しい格好の少女の声は、明らかに良を舐めていた。