静寂! 裏で蠢く者達!? その6
篠原良は、改造されて以来同じく改造人間とは戦っている。
だが、今回は勝手が違った。
相手が敵意を剥き出しにしている者であれば、或いは誰もが喧嘩を出来る。
もしソレが、自分の良く知った相手であり、尚且つその人物の意志とは関係無しに戦えるか。
良の場合は、本人からも頼まれていた。 【自分を止めろ】と。
が、如何に頼まれたとは言え、気楽ではない。
【云われたからやりました】という事を否定し続けた。
にも関わらず、今はそうしなければ成らない。
もしも、良が指示を待つだけの人間ならば、或いは楽だろう。
頼まれたからと何も考えなければ良いのだ。
それでは、そもそも前首領に逆らわねば良かったのだ。
指示を与えてくれる誰かの下に付けば、迷いは消え失せる。
それこそ、現れもしない神を信じる宗教の如く。
誰かの考えに賛同し、自分を殺せば良い。
そうしなかったからこそ、今の良が在る。
だからこそ、アナスタシアを掴まえる良は、兜の中で泣いていた。
気に入らない誰かから【戦え】と云われている。
加えて、友からも【自分を止めろ】と頼まれている。
それは、良にとっては酷く辛い事だった。
『首領!! 速く!』
蝦蛄女の必死な声に、良は全身に力を込めた。
アナスタシアの腕が、良によって有り得ない方向へ引っ張られる。
装甲が悲鳴を上げ、筋繊維が断ち切れ、骨が砕ける。
それら全てを感じながらも、良は、アナスタシアの片腕を千切った。
砕かれた装甲の破片が飛び散り、内部から液漏れ。
そして、蝦蛄女は倒れた。
如何に変身した姿が歪であろうとも、其処に倒れているのが誰なのか、そして、手の中に在る腕は誰のモノなのか。
良は、知っている。
兜が顔を覆って居なければ、良の表情は周りにも見えていただろう。
だが、今見えるのは冷徹にアナスタシアを見下ろす首領だった。
『ちきしょう……すまねぇ』
詫びる良に、アナスタシアが震える。
『……こんなの、平気ですから』
改造人間である以上、痛みは抑制されていた。
だからこそ、腕を千切られても冷静で居られる。
─お見事だ、篠原良─
愉しげな声が響く中、パチパチという音が響いた。
音の正体は拍手だが、それをしているのはカンナだった。
何事かと良が見てみれば、其処には辛そうに顔を歪める虎女。
『カンナ』
「見ないで、お願いだから……見ないで」
虎女もまた、好きで拍手をしている訳ではない。
否が応でも、無理やり体はそうする様に動いてしまう。
必死に目を閉じ、唇が切れんばかりに噛む。
虎女にそうさせているであろう者を、良は睨む。
肩は怒りに震え、兜から漏れ出る眼光は増した。
『て、めぇ……ふざけんなぁああああ!!』
もはや、叫びを我慢出来なかった。
仲間の腕を引っこ抜いた事もだが、そもそも仲間を操る誰かが恨めしい。
そんな良に対して、壊れかけな意匠はチカチカと光る。
─うん? ふざけてなど居ないが? 我々は楽しませて貰っている─
愉しげな声に、良はソッとアナスタシアの腕を床へと置いた。
投げ捨てる事などしたくないからだ。
『この野郎、喧嘩したかったら掛かって来い! 俺とやれよ!』
出来る事なら仲間と戦いたくはない。
なるべく相手を挑発し、目の前へ引きずり出したい良。
ただ、それは良の都合である。 相手がそれに付き合う道理は無い。
─異な事を云う。 多くの人間がそうする様に、我々は貴様等を戦わせて楽しんで何かおかしいか?─
『おかしいだぁ!? テメェが何様なんか知らねぇ!! こんな薄汚い神様が居るってのか!?』
─我々は別に神ではない。 ただ、君達を家畜に例えれば、我々が人間だ。 まぁ、もっと高潔な生き物だがね─
『ふざけんな!?』
─おっと? 篠原良、そんなに怒ってる場合かな? 足元に転がってる出来損ないを良く見てやった方が良いのでは?─
声に従い、アナスタシアが震える。
改造人間が痛みを感じて居ないのは、それが抑制されているからだ。
逆に言えば、無視してるだけで無くなった訳ではない。
改造人間のソフトウェアとしては脳が使用されるが、それは何も脳髄だけが使用されている訳ではない。
一部の神経は伝達媒体として残されていた。
蝦蛄女の口から、声に成らない悲鳴が上がる。
その悲鳴は、生きたまま神経を千切られた事による激痛だった。
『アナスタシア!? どうして』
膝を着いて蝦蛄女を心配する良に、笑いが響いた。
─何を云う? 自分が千切ったのだろう? あぁ、痛そうに─
嘲笑う声に、良は片手を振り上げ、床を叩いた。
装甲に包まれた手は硬い床を抉る。
『ちきしょう、くそったれが』
やってくれと頼まれた。 とは言え、どうにも出来ない。
悔しさに身を震わせる良に、蝦蛄女が息を無理に整える。
『りょう………わたし、へいきだから……』
死に物狂いで絞り出された声に、どれだけ辛いかが滲み出ていた。
アナスタシアは平気だと云うが、そんな筈が無い。
だからといって、何もしてやれない。
どうしたら良いかもわからない。
無力感に襲われるが、それでも良は立ち上がった。
『悪い、アナスタシア。 ちょっとだけ頑張れ。 彼奴を、ぶちのめしてくる』
蝦蛄女へとそう言うと、返事は無い。
それでも、頷く様に頭が僅かに縦に揺れた。
立ち上がった良に、意匠からは感嘆の音が漏れていた。
─素晴らしい精神力だな。 並みの者ならさっきの段階で折れていたぞ? どうかお願いします、助けてください、とな─
『うるせぇ!!』
怒りのままに、良はチカチカ光る意匠を指差す。
『テメェは生きてちゃいけねぇ! この場でぶちのめしてやる!!』
ズンズンと歩く良。 ただ、相手はわざわざ待つ必要が無い。
─そうか? では仕方ない。 怪人共、戦闘準備だ─
首領を超える大首領の合図。
それが出されたからか、場に居る怪人はカンナを含めて立ち上がった。
全員が、変身をする。
もしも、良にその気が在れば、怪人を変身前に倒せただろう。
が、敵ではない怪人を倒せる良ではなかった。
一瞬にして、戦闘準備を終える怪人軍団。
『マジかよ……』
如何に良でも、数十人単位の怪人を相手にした事は無い。
だからこそ、軍団として向き合う事に足が止まっていた。
─どうだ、篠原良? これが人間でいう所の勝ち組というモノだろう? 自分達は労せずして、馬鹿な者を使い捨てにすれば良い。 なぁに、気にせず殺せ。 代わりは腐る程居るのだからな─
『勝ってるつもりかよ!? まだ俺は参ったなんて言ってねぇ!!』
─貴様が如何に吠えた所で何になる? 所詮は負けた者の遠吠えに過ぎん。 怪人共。 奴を千切ってやれ、生きたままな─
与えられたら指示に、怪人達の身体は従う。
「逃げて! 首領!」事態を察した虎女は、そう叫んだ。
如何に首領とて、怪人達を相手には戦えない。
ましてや、1人に苦戦している様では結果は見えていた。
『そんな事、出来るかよ!? お前ら置いて逃げろってのか!?』
良は強がるが、少しずつ間合いは詰まっていく。
─篠原良、貴様の装甲は人が造ったモノにしては大したモノだ。 高耐久、耐熱性、実に素晴らしい。 だが、それは一枚一枚剥がしてやれば良いだけの話だ─
響く声に、虎女は必死に良を見る。
「お願いだから! 逃げて!!」
虎女の悲痛な叫びに、蝦蛄女も呼応する。
『……良、おねがい、逃げて』
絶望的な痛みにも関わらず、アナスタシアも良にそう告げた。
兜の中で、良は笑ってしまう。
【ああ、俺も此処までなのか】と。
どうせなら、膝を着いてしまいたい。
寧ろ、今すぐにでも、許しを乞いたくなる。
【どうかお願いします! 助けてください! 許してください】
そう叫ぶべきか、良は本気で悩んだ。
今に成って、以前の首領がどうしてああだったのかが理解出来た。
戦う事も出来ず、逃げる事もしたくない。
で在れば、どうすれば良いか。
答えは単純である。 自分を殺して、ただ従えば良い。
何も考えず、何もかもを誰かに委ねる。
そうすれば、後などはどうでも良くなるだろう。
誰が、何がどうなろうが、知った事ではない。
良の頭の中から、自分が消えかける。
それに伴って、兜から漏れ出る光も弱まる。
そんな時、大部屋の戸がキンと高い音を立てて斬られた。
バンと斬られたとが倒れる。
「良さん!」そう叫んだのは、博士だった。
消え掛けていた良の目にも光が戻る。
『博士?』
狼狽える良に、ドアを斬ったであろうソードマスターが駆け寄る。
ただ、その姿は壮年ではなく、若々しい。
「寝ている場合か!? 起きろ!」
引き起こされた良を見て、虎女が口を開く。
「首領! アナスタシアだけでもお願い!!」
そんな声に、良は慌てて倒れたままの蝦蛄女に手を掛けた。
全身に力を込め直し、開かれた戸へと向かう。
後少しで出られる。 其処で、良は振り返った。
『皆!! 必ず戻るからな!! 勘弁してくれ!』
時間が無い以上、言葉は長く吐けない。
それでも、良は自分の為に抗っている怪人達へ声を掛けていた。
逃げ去る敗軍の将。
そんな良を見ていたからか、組織の意匠はゆったりと光る。
─失敗か。 やはり生身の生き物は信用に欠けるな。 だが、今後の為に良いサンプルだろう─
つまらなそうな声に対して、部屋に低い笑いが響く。
笑って居たのは、虎女だった。
─何を笑う? お前は見捨てられたのだぞ? あの腰抜けにな─
そう言われても、虎女は笑うのを止めない。
唯一動かせる口で、反抗をしていた。
「はっ……腰抜けはあんたでしょ? そうやってさ、影にコソコソしてさ、自分は何もしないで偉そうにしちゃって。 それとも何? 女の子の後ろに隠れなきゃ、喧嘩一つも出来ないの?」
カンナの声に、部屋は静まり返った。
─面白い。 その反抗的な態度が何処まで続くか見てやろう─
意匠からの声は、ソレを守る姉妹を動かす。
本人の意志など関係無しに、三姉妹は虎女を囲んだ。
─殺して貰えるなどと思わない事だ─
脅しとも取れる声に、虎は笑う。
「玉無しが…よく言うよ」
それが、虎女の精一杯の強がりであった。




