静寂! 裏で蠢く者達!?
本部基地への直接の襲撃。 それを辛くも撃退した篠原良。
味方の損害は軽微だが、多くの犠牲が出てしまった。
だが、そんな激戦の中でも、良は敵で在った改造人間ですら助けている。
だが、彼等の多くは、帰る場所を失ってしまった。
組織に殉ずる改造人間に取って、降伏は本来ならば死よりも重い罪である。
だからこそ、負けた怪人には帰る場所等は無い。
それでも、良は多くを救った。
何とか敵を退け、僅かな安堵の時を得る。
が、そんな間にも、別の場所では新たな計画が進んでいた。
*
とある場所。 其処は、某所に在るホテルの一室。
が、其処に誰が居たのか、という記録は残されない事に成っている。
「困りますよ! いきなり航空機による攻撃など!」
そう訴えるのは、見る人が見れば誰だかは直ぐにわかる人物である。
ただ、この時ばかりはその人物が誰かは問題ではなかった。
それでも、その人物は在ることを知らされている。
自国内に置いて、所属不明の攻撃機が国土を攻撃したなど、世間に知られれば大問題であろう。
それ故に、この男は焦っていた。 が、男の対面に座る何者かは動じない。
『確かに攻撃はした。 か、それがどうかしたか?』
声を出すのだが、その声は非常に聞き取り辛い。
例えるならば、電波の悪いラジオの様である。
そもそも姿にしても怪しい事この上ない。
全身をゆったりとした外套で覆われていた。
そんな怪しい誰かの声を、男は必死に耳で拾っていた。
「いや、ですから! 当方に何の連絡も無しにあの様な事件を起こされては、隠蔽するにも難しいんですよ!? マスコミにも嗅ぎ付けられかねません!」
必死な男ではあるが、対面の誰かは肩を竦める。
『異な事を云うな、君は。 逆に尋ねたい。 飼い主が、家畜に一々何かを連絡するのか? これからお前を肉にするぞ、とでも? 人間にはそんな風習が在るとは聞いた事もないが?』
平然と人間を家畜扱いする人物だが、実際の所は人がどうかすら怪しい。
何せ、その誰かはゆったりとした布で身体を覆い、見えているのは手だけだ。
但し、如何に形こそ手とは言え、見えるソレは人のソレではない。
『此方は頼んだ筈だ。 適当に理由を付けて事件を消せとな。 ソレほどに難しいのか? 君達は自分達の事は揉み消して居る得意分野だろう?』
聞こえる声に、男は背広の袖で汗を拭った。
仕立ての良さから、値段の良さも窺わせるが、男に取ってはそんな事は大した問題ではないのだろう。
「いや、ですから……そう簡単には」
『此方は出来る出来ないを尋ねては居ない。 しろ、と頼んでいる』
端的な命令に、男は顔をしかめた。
胸の内で男が何を思っているかは窺い知れないが、対面の誰かに取っては大きな問題ではない。
何故なら、目の前の男ですら家畜の一匹に過ぎないのだ。
家畜が何を考え、何を感じようとも、そんな事は飼い主の問題ではない。
必要ならば、それを忠実に実行する者にすげ替えれば良いだけの話である。
「……仰せのままに」
ようやく出た声に、誰かの頭は縦に揺れる。
『そうか、では任せた。 帰って良いぞ。 私は、コレから食事だからな』
飼い主の声に、男は立ち上がると一礼をした。
これだけでも、二人の関係は明白だろう。
飼い主と、飼われる者。
そして、男は去ったが、その代わりに、誰かが部屋に入ってくる。
「さっさと入れ。 手間を掛けさせるな」
冷たい声でそう言うのは、やはり背広姿の男だが、此方の者は体格が著しく逞しい。
そんな体格優れる者が部屋へと押し込んだのは、若い女であった。
バタンと床に倒れるが、別に死んでは居ない。
「いった………ちょっと!? 何でこんな事すんの! 此処は何処!?」
声を張り上げる女に、誰かは顔を向けていた。
『生きが良いな。 今日は、マシなのを用意してくれたのかね?』
聞き取り辛い声だが、番犬である男は「は!」と頷く。
「ご要望通りとは行きませんでした。 ですが、なるべく注文通りの品で御座います」
言葉から分かる通り、誰かと男は、女性を人間扱いしていない。
寧ろ、まるで魚か肉の産地を尋ねられ、答えている様である。
「ちょ!? 注文!? 注文って何!? 売春でもしろっての!?」
当たり前だが、いきなり訳の分からない所へ連れて来られ、いきなり変な事を云われれば誰でも焦る。
ただ、豪華な部屋の壁に遮られ、その声は他へは届かない。
番犬の報告に、誰から深い溜め息を漏らした。
『……此処のところ、君達が差し出す品は品質が落ちていないか? この前のも、酷かったぞ? 鮮度は低く、臭いが酷く、オマケに味も悪い』
「申し訳在りません。 ですが……」
飼い主から文句を云われたと在ってはどうなるか分からない。
詫びる番犬に、誰かは片手を上げる。
『詫びは要らん。 下がってくれ。 食事の時間だ』
誰かがそう言うと、番犬は恭しく腰を深く折ってから部屋を立ち去ってしまう。
残された女性だが、訳も分からない事に恐怖し震えていた。
「何なの!? 何な訳!? 警察を云うから! あんたら皆逮捕されちゃえ!」
拘束もされていないからか、女は誰かを罵る。
ただ、如何に罵った所で、誰かにとっては大した反抗でもなかった。
人に取って、子犬が足元で吠えて居ようが恐れるには足らない。
誰かに取って、女の声はそれと同じであった。
深く座っていた誰かは、ゆったりと立ち上がると女を見た。
ゆったりとした布のせいで姿は分からない。
ただ、妙にギラギラとした目は見えていた。
『ふぅむ、見た所、経験は在るらしいな』
「はぁ!? やりたいなら金だしなよ! 前金でさ!」
吠える女に、誰かは頭を少し傾けた。
『一つ尋ねよう。 君は、最高級の牛肉を食べた事は在るか?』
「は? それが何? 食べたこと無きゃなんだっての!?」
『最高級の牛とは、子供を産んだ事が無く、丁寧に育てられた雌だ。 他のどれよりも高値で取引される』
聞こえる声に、女は目を見開き息を飲んだ。
声だけでも分かる事は一つ在る。
相手は、ただの人間では有り得ないのだ、と。
『最高級を頼んでも、なかなか用意してくれない。 どうやら、牧場その物の質が落ち始めている様だ』
そう言うと、誰かは静かに女へと近付く。
漂ってくる臭いと怪しい気配に、女の歯がカチカチと鳴った。
『酷い牧場では肉が薬漬けでな。 とてもじゃないが喉を通らない』
そう言いながら、誰かはしゃがむと女の肩を掴む。
掴まれた途端に、部屋にヒッと悲鳴が響いた。
細い肩に触れる手だが、それは鱗に覆われていた。
『どうしたら、牧場の質は良くなるだろうね?』
「そ、そんな事云われても……」
女からしてみれば、何を問われているのかすらも分からなかった。
何とか命だけでもと云いたいが、声が出ない。
『まぁ、君がマトモな味で在ることを願うよ』
ヤケに優しい声が掛かった途端に、布に覆われた誰かは女へと襲い掛かる。
喉が裂けんばかりの悲鳴が上がるが、それは、何処にも届かない。
*
世界の何処かで、誰かが死ぬ。 が、それに気付ける者はそう多くはない。
ましてや、他の事に気が向いて居れば尚更だろう。
良が山中から回収されてから、だいぶ時が経っていた。
悪の組織が有する基地に、改造人間が居ても不思議ではない。
が、それはこの組織にとっては珍しい光景であった。
「はぁ、どうしたもんかねぇ?」
そう唸るのは、組織の首領である良だ。
凄まじい攻撃に晒された際、良は敵であった怪人達を助けようと躍起であった。
その行動の結果、怪人は助かっている。
が、その怪人達は、今や自分達の組織を裏切ってしまっていた。
つまり、彼等は居場所が無い。
其処で、仕方なく基地を提供した迄は良かった。
その為に、基地は今までにないほどに怪人で溢れて居た。
「どうしよ?」
首領ながらも、首領らしくない良。
そんな声に、隣で立つ女幹部も頭と胃を痛めていた。
「どうしようも申されても……こんな事は前代未聞ですから」
組織にとってみれば、改造人間が充実している事は悪い事でもない。
戦力が在れば、それだけ色々な事が可能だろう。
が、此処で大いなる問題が立ち塞がっていた。
前首領であれば、或いは怪人軍団を上手く操れただろう。
如何なる悪の計画を実行させるにせよ【やれ】と言えば良いのだ。
但し、それは一般的な悪の組織の形である。
良が統べる組織は、ソレとは全く違っていた。
首領である良に【悪の計画】が無い以上、怪人軍団が居ても宝の持ち腐れである。
かと言って、そのままという事も難しい。
「「うーん」」ほぼ同時に唸る、首領と女幹部。
首領からすれば、怪人軍団の面倒を見ない訳にも行かない。
とは言え、今更に訳の分からない計画を立てるつもりも無い。
女幹部にしても、勝手に何かをするという事はしたくなかった。
どうしたものか悩む良とアナスタシア。
そんな二人の元へ、駆けつけてくる者も居る。
二人の内、一人はアナスタシアと同じ大幹部。
そしてもう一人は、良の友人とも言える魔法少女であった。
「首領! そろそろ決まりましたか!?」
「篠原さん! アレならパンフレット持ってきたんですけど!」
虎女は何処かの旅情報雑誌。
魔法少女は何処からか貰ったらしい旅行案内のチラシ。
それらを如何にして入手したのか、これは問題ではないだろう。
そんな二人に取っては、組織の一大事は些細なことなのだろう。
寧ろ、良が以前に約束した【全員で旅行】という方が二人には最重要な課題 であると言わんばかりであった。
「ところでさ、川村って帰んないの? 駄目だよ、嫁入り前の女が彷徨いたりしたら」
「は? 別に居ちゃいけません? 此処を護ったの私なんですけど?」
カンナの声に、愛は眉を寄せる。
相手が改造人間であれ、魔法少女は動じない。
「……参るなぁ……」
悪の組織の首領にとって、その前途は正に多難であった。




