油断大敵! 迫り来る影!? その10
複数の改造人間を相手取るのは初めてながらも、良は悩むのは相手の数ではない。
如何に、相手を捌くべきかである。
先手を取るか、後手を選ぶか。
どちらにしても、分が悪いのは分かっていた。
が、良が自分の中に在る縛りを捨てれば、話は違う。
『サッサとやろうぜ、こちとら、時間が無いんだ』
立ち上がり構える良を見て、3人の女は笑った。
『やろうとか、何あれ、格好つけちゃってさぁ』
『全然ダメな癖にね』
『ま、遊んであげましょうよ』
話を纏めたのか、3人はジリジリと互いの距離を広げる。
先ほどと同様に良を取り囲む算段であった。
どうせなら、相手の手の内を見てやろうとも想うが、良にその暇は無い。
今こうして居る間も、敵側の本隊は近付きつつある。
つまり、例え1秒でも無駄にしている暇など無いのだ。
となればどうするべきか。
良は、真ん中の蟷螂女へと駆け出す。
何故カマキリを標的にしたのか。 其処に難しい理由は無い。
ただ、目の前に居たからである。
左右へ散った蛾と蜘蛛も懸念材料ではあるが、それはソレである。
如何なる技、如何なる攻撃方法を持っているにせよ、兎にも角にも、今はただ相手を倒すべく良は突き進んだ。
単なる突撃など、実際の戦場に置いては愚直この上ないだろう。
が、それは生身の人間に限った話しとも言える。
下手に駆け出し目立てば、蜂の巣にされかねない。
とは言え、良の身体を覆う装甲はただの板でも無かった。
纏っているソレは破壊不能と言われている。
博士の言葉を信じて、進むのみ。
『良い度胸じゃない!!』
声を張り上げる蟷螂女は、自慢の鎌を振り上げ、下ろす。
馬鹿正直に突っ込んで来る良を切り裂かんと。
女の頭の中では、切り裂かれ倒れる良が想像された。
が、いざ鎌が良を捉えた途端、想像とは違う結果を見てしまう。
『……嘘』
鉄骨すら寸断出来る筈の鎌は、根元から折れていた。
甲高い音を立てながら、飛び散る破片。
信じられない事態に、思考が頭から失せたらしい。
そんな蟷螂女の腰へと、良が組み付く。
『んな!? この!!』
慌てて肘や拳で自分に組み付く良を払おうとするが、無駄である。
そもそも、今良が用いる技は相撲のそれに近かった。
長らく戦乱から離れたせいか、源流は廃れてかけている技術。
それでも、相撲の元となる【組み打ち】は、本来は鎧を着た者同士が如何に相手を殺すかを考え抜いた技でもあった。
長い時が過ぎる間に、本来の【殺人技】は消え掛けている。
が、それを知らない良は、本能的に技を掴んでいた。
相手を放さぬ様、両手をガッチリと組む。
そして、少し上げた足を一気に踏み込みんだ。
『……せぃ、や!!』気合い一閃。
全身のバネを余す事無く使い、敵を投げる。
投げるとは言え【実際には持ち上げて落とす】という方が正しい。
地球の引力と、改造人間の力が合わさる。
『……ちぃ!?』
近づく地面に、蟷螂女も慌てて両手で顔を庇う。
が、投げという技術に対して、防御とは余り意味が無い。
何故なら、軽い攻撃を防ぐ為に防御という技術は確立された。
但し、残念ながら惑星その物をぶつけられる事を想定したモノではない。
ズドンと音を立てて、技が極まる。
良が用いた技。
それは、世間では【フロントスープレックス】と呼ばれるモノ近い。
とは言え、全力にて地面に叩き付けられた蟷螂女の兜には、ヒビが走っていた。
相手を叩き付けた所で、良は蟷螂を放す。
残心の意味を込めて蟷螂女を睨むが、解放されたからか、バタンと倒れてしまった。
僅かながらに痙攣している所を見ると、まだ息は残されているらしい。
『……くそ』
思わず、良の口からはそんな声が僅かに漏れる。
不本意ながら、女に手を出してしまった。
それは、良にとっては軽い事ではない。
だが、だからといって戦いは終わって居なかった。
一人を倒したが、まだ二人残っている。
とは言え、残された二人にとってみれば、今の事態は想定外なのだろう。
『嘘………姉さん!?』『ちょっと!? 起きてよ!』
悲痛な叫びに、良の足は止まってしまう。
敵側の改造人間にも、それなりの事情は在るのだろう。
何故、彼女達が改造人間に成ったのか。
それは、良の知るところではない。
だが、彼女達の声は確実に良を止めていた。
『くそったれ!?』
小柄な蜘蛛が、腕から糸を撒き散らす。
動転していた良は、それを腕で受けてしまった。
『あ!? なんだコレ!』
見た目にはただの糸だが、見た目に反したモノである。
しなやかで切れにくく、その上で頑強さも兼ね備える。
慌てる良を見たからか、蛾が口吻を伸ばし、良の左手を捉えた。
左右から動きを止められてしまう良。
『ぬぁ!? くそ!?』
慌てて左右を振り向くのだが、二人の顔は未だに起きないカマキリを向いていた。
『姉さん! 起きてよ!!』
『ほら! 今なら倒せるよ!?』
良を抑える二人にとって、蟷螂女は頼みの綱なのだろう。
が、頭を割られて平然と動ける生き物はそう多くはない。
事実、蟷螂女が立ち上がる可能性は低かった。
それをしてしまった負い目から、良は全力を出すべきか迷ってしまう。
『おい、もう止めろ』
相手を倒す事を拒む良は、そう声を掛けていた。
『このままじゃ、あんたらも倒さなきゃなんねぇ……今なら、見逃してやる』
出来れば、相手を説得して戦いを避けたい。 が、それは良の都合であった。
『ふざけるな!』『誰があんたなんかに従うもんか!』
蜘蛛と蛾の二人からすれば、良は姉を倒した憎い仇なのだろう。
それは、良も重々承知している。
それでも、良にも譲れない事もあった。
『お前ら、誰の指示で此処へ来たんだ?』
急な問い掛けに、蜘蛛がハッと顔を上げる。
『……そんなの! あんたに関係ないでしょうが!』
響く声に、良は蜘蛛の顔を見た。
『あぁ、関係は無いわな。 でもよ、俺ならこんな事命令しないさ』
『何が言いたいの!?』
今度は蛾から声が響く。
『誰かに言われたから此処へ来たのか? そんならよ、死ねって言われたら死ぬのか?』
良に取っては【誰かの指示に黙って従う】というのは何よりも耐え難い苦痛と言えた。
必要ならば、そうせざるを得ない事もわからないでもなかった。
生きていく上で、自分の本心をねじ曲げざるを得ない。
それでも、承伏出来ない事柄もある。
『後ろでコソコソ隠れてるだけの腰抜けの為に死ぬのかよ!!』
良がそう叫ぶと、僅かに拘束が緩む。
見てみれば、蜘蛛の強張っていた腕が垂れていた。
卑怯かも知れないが、敵の隙は良にとっては好機である。
『んぬぅあああ!!』
再改造され、強化された身体の力を用いて、良は体を捻った。
腕だけではなく、肩、背中、腰、股、膝、足首、全てを動員する。
小柄故か、良に引っ張られた蜘蛛は宙へ浮いていた。
素早さと引き換えに、その身体は軽い。
強靭故に、蜘蛛の糸はいざ切ろうとしても切れない。
それだけでなく、身体にのし掛かる遠心力も蜘蛛の邪魔をしていた。
蜘蛛に取っては邪魔だとしても、良にとっては威力を増す助力である。
ましてや、紐を介した武器は、常のモノよりも速く振ることが可能だ。
『あ!』『しまった!?』
僅かな声を残して、蜘蛛と蛾が激しく衝突する。
激しくぶつかり合う二人は、お互いがお互いを壊していく。
軽いという事は、脆さにも繋がる。
ガラス同士を打ち合わせると、容易く砕けてしまう様に。
そんな光景を、良は見てしまった。
自分がしてしまった事ながらも、良は胸が痛む。
3人が如何なる理由にて、来たのかは知らない。
それでも、彼女達には彼女達の理由が在るのだろう。
それを思ってしまうと、胸に重みがのし掛かる。
戒めを腕から払い、良は自由を得る。
ただ、苦しげな呻きには足が止まってしまった。
激しく衝突したとは言え、致命傷ではなかったのだろう。
蜘蛛と蛾が、地面に這いつくばってモゾモゾと蠢く。
『……うぅ』『ぐぅ』
そんな様は、良に以前の自分を思い起こさせた。
自分もまた、3人と同じ様に這ったこともある。
だが、他にもやる事が在る良は、踵を返す。
いざ走り去ろうとした時、蹴り出す筈の足が止められていた。
何事かと見てみれば、足首に巻き付く糸。
糸をを目で辿れば、其処には腕を伸ばす蜘蛛の姿。
『……行かせないから』
強がりなのは、声を聞けば分かってしまう。
如何に強がろうとも、巻き付く糸はボロボロであった。
力付くで糸を断ち切る事も、蜘蛛を叩き潰す事も出来る。
それでも、良は相手を見た。
『あんたらも事情が在るんだろ? 俺にもそれは在るんだ。 頼むよ放してくれ』
出来る事なら、殺したくない。
精一杯の気持ちを込めた良の声に、蜘蛛がヨロヨロと立ち上がる。
『ふざけんな……負けたら、終わりなの……失敗したら、居場所なんて無いんだ』
死に物狂いとも取れる蜘蛛の声。
その声に、良は敵側の組織が自分のソレとは全く違うのだと知らされた。
『死んでよ……お願いだから』
彼女達は、使い捨ての駒である。 勝てば良し、負ければ終わり。
それを悟ってしまった良は、どうすべきか迷ってしまう。
だが、このまま構っても居られない。
良が決断を迷う中、蜘蛛の糸が斬られた。
縛られて居た良は勿論、糸の主である蜘蛛も顔を向ける。
糸を切ったのは、先ほど良に地面へと叩き付けられた蟷螂だ。
半ばから折れた鎌にて、彼女は糸を斬っていた。
『姉さん!? なんで』
『……黙って』
喚く蜘蛛を黙らせ、蟷螂の眼は良を捉える。
割れては居るが、見えない訳ではないらしい。
『……あんた、手加減したでしょ?』
問われた良は答えない。
その代わりなのか、蟷螂の頭が力無く左右へ揺れた。
『だって、本気なら私の首をへし折るなり、頭踏み潰すなり出来ただろうし』
力無く落ちた筈の蟷螂の頭が持ち上がる。
『ねぇ……どうして?』
尋ねられた良は、ウーンと呻く。
何故殺さないのか、問われれば答えるのは難しい。
様々な事情、過去に習い覚えた言葉。
色々な事が浮かぶが、端的に言えば【寝覚めが悪い】からである。
『ま、俺がお人好しなんだろうな』
言葉にすれば、別の意味も在る。
殺すだけならば誰でも出来るが、生かす事は難しい。
良の声に、蟷螂は腕を軽く振る。
『……じゃ、さっさと他へ行ったら』
強がりとも取れるが、それは、良にとっては有り難い申し出であった。
何も言わず、立ち去る良を見送る三人。
その中で、蟷螂が『あんな人が居るんだ』とぼそりと零していた。




