怪奇!魔法少女来襲! その4
自分の正体を打ち明けるべきか迷った篠原良。
だが、最後は川村という少女にそれを打ち明けていた。
下手に隠し立てするよりも、ハッキリと言うべきだという判断。
それに対して、少女はと言えば、ドリアにスプーンを立てたまま固まる。
たっぷり五秒は時間が過ぎた。
「……えーと、篠原さんが、かいぞう……人間?」
如何にも信じて居ません、そんな反応。 それに対して、良は苦く笑う。
「信じてないだろ?」
「いや、だって……」
少し考え込む少女だが、スッと顔を上げた。
「えっと、じゃあ、どっかの怪しい組織にさらわれて……とか?」
川村愛が語ったそれは、間違いの無いことだ。
それに対して、良は頷く。
「そう、その通り」
「まっさかぁ……本気です?」
少女の反応は、あまり芳しいモノではない。
とは言え、良からすれば【魔法少女】という方が余程荒唐無稽と言えた。
一体全体、どの様な怪しい原理を用いて変身し、怪物と対峙するのか。
正直な所、良の方がそれを問いつめたくもある。
「……ま、信じられないだろうし、別に信じなくてもいいよ」
無論、良はこの場で自分が人間ではない事を証明する事は出来なくはない。
適当なスプーンやフォークなりを、ヒョイと曲げてみせる。
もしくは、店の設備を破壊する。
そうすれば、自分が強い力を持つ【改造人間】である事は証明出来るだろう。
だが、良は其処まで自分勝手でもない。
人の迷惑考えず、適当に力を振り回す事はしたくなかった。
では、良の合い向かいに座る少女はどうか。
彼女はジーッと良を見ていた。
「え、じゃあ、篠原さんも変身出来るんですか? ほら、なんて云うか、色々使ったり、ポーズ取ったりとかして」
目をキラキラとさせながらの問い掛け。
少女の質問は、良にとっては困るモノだった。
自分を改造した博士曰わく【変身は可能】だと知らされている。
つまり、出来るか出来ないかだけを言えば【出来る】だ。
「え? あぁ、うん……そりゃあ……まぁね」
少し悩んだが、良はそう応える。
やり方を知らないだけで、出来ない訳ではない。
「うっそ、じゃあ、今出来ます?」
興味津々といった少女。
それに対して、良は困ってしまった。
この場で変身は不可能だ。
そもそもやり方を知らないのだから、変身しろと頼まれても出来ない。
かと言って、ただ出来ないでは格好も付かない。
其処で、良は改造人間の優れた脳をフル回転させる。
「いやいやいや、勘弁してよ」
「なんでです?」
「なんでってさ、川村さんだってさ、今出来るかい? へーんしんってさ」
少女の正体を知っているからこそ、良は敢えて其処を突いていた。
如何に川村愛も変身出来るとは言え、難しい事だ。
衆人環視の真ん前で、堂々と【変身】すべきかと言えば、否である。
少女は、苦く笑う。
「んー………そう、ですよね」
「だろ?」
取りあえず、お茶を濁す事に成功し、良はホッとする。
「じゃあ、今度変身して見せてくださいよ」
食い下がる少女に、良は肩をすくめて見せた。
「あー……うん、今度ね」
果たして、改造人間と魔法少女が共闘する時が在るのだろうか。
それは良にも分からない。
ただ、同時に在る疑問が湧いた。
「えっとさ、川村さんはさ、なんであんなのと戦ってるの?」
思い付いてしまった事を、そのまま尋ねる。
すると、ドリアをパクついていた少女の手が止まる。
「え?」
「いや、だってさ、なんかの、目的があってそうしてるのかなぁってさ。 なんて云うか、結構怖いだろ?」
興味本位の質問ではあった。
ただ、少女からの答えは無く、在るのは戸惑い。
「………別に、云わなきゃ駄目ですか?」
先程までのあっけらかんとした態度は何処へやら、少女の顔は悲壮なモノへと変わってしまう。
ソレを見て、良は慌てた。
両手を振って、首も振る。
「いやいやいや、別に、ほら、色々在るだろ? 俺もさ、君も」
良の必死さが功を奏したのか、少女の顔からも影が取れていた。
「うん、そうですよね……あ、ところで」
「はい?」
「此処のお勘定……任せても大丈夫ですよね?」
何とも取り繕った様な笑みを見せながら、少女は伝票を良の方へと突き出した。
*
一悶着在ったものの、結局の支払いは良である。
決定打に成ったのは、少女の【女の子に払わせるんですか?】という一言だ。
もっとも、料理は全て彼女の胃の中であり、良はコーヒーしか飲んでいない。
とは言ったところで、若い女の子に良いところを見せたいという見栄もある。
「ありがとうございました! またどうぞ!」
店員さんの声に、良は渡されたレシートを見てため息を吐いた。
カランという軽い音を聞きながら、二人は店を出る。
「今日はなんか、ごちそうさまです!」
「あー、うん」
開き直った様な声に、良は苦く笑う。
自分よりも若い女の子に食事を奢ってやったと思えば、其処まで虚しいという気にもならない。
食事を集った側の少女だが、神妙な面持ちである。
「どうしたの、川村さん?」
「さっきは聞かなかったんですけどぉ、篠原さんも、やっぱり戦ったりしてるんですか? ほら、なんて云うか……悪の秘密組織と、正義の味方としてとか?」
問われた良だが、答えに詰まった。
「いぇ、あー、うーん」
確かに自分は改造人間ではあるが、別に組織と戦っては居ない。
それどころか、その組織の首領をしている。 嫌々ではあるが。
とは言え、それを言えなかった。
「……んー……まぁ、ほら、色々と、在るだろ?」
良は、敢えて答えをはぐらかしていた。
別に魔法少女に自分の立場を説明する義理は無いと感じたからだ。
下手にああだこうだと、余計な誰かを巻き込みたくはない。
何よりも、組織の首領である良が【世界征服】を頓挫させた以上、良が指示を出さない限り組織は動かないだろう。
「……そう、ですよね」
良の声に、少女は何かを感じたのか少し俯き加減に頷く。
「ほら、川村さんだって……在るだろ、その色々さ?」
少女の手伝う事は吝かではないが、其処まで深い仲ではない。
何せ、二人ともただの人間ではないのだから。
「えぇ、在りますね……色々」
俯く川村愛。 直ぐ後、パッと少女は顔を上げた。
「今度……いえ、次は私が助けますから! 今日はご馳走さまです!」
そう言うと、軽い足取りで走り去る少女。
その背中を見送りつつ、良は鼻からフゥと息を漏らす。
「期待してねぇで、待ってるさ」
肩を竦めた良は、フゥと息を吐く。
残されたのは、多大な出費の証であるレシートだけだった。
*
昼食らしい食事を一切取っては居ない。
にもかかわらず、午後の作業中も良は空腹感を感じていなかった。
午前中に激しい労働したにも関わらず、良は疲れすら感じていない。
改造人間に成った結果なのだが、それは有り難くも在る。
「はは、こりゃあ安上がりに済むな」
変わらぬペースで仕事をこなす。
ただ、それをしている間に、良は言い知れぬ不安を感じていた。
【改造を受けた】その事は、もはや疑う事も出来ない事実だろう。
その事よりも良を不安にさせるのは【何がどうなったか】である。
良の身体は、確かに変わっている。
持久力や筋力は向上し、腹も空かない。
それだけを見て取れば、世界中のスポーツ選手からは垂涎だろう。
何せ、長年の苦労や鍛錬を経ずして【力】が手に入る。
それは在る意味、人の夢とも言えた。
ただ、何事もタダで手に入る事はない。
缶コーヒーですら財布から金を出さねば買えない。
力付くで奪う事も出来るかも知れないが、それは他人から何かを奪うという事だ。
つまり、何をするにせよ【タダ】ではない。
良は恐れた。
得たものと引き換えに、自分は何を失ったのかを。
*
仕事も終わり、後は帰るだけ。
だが、良は誰とも連む気に成れなかった。
過酷な扱いを受けたとは言え、疲労は無い。
が、その分、良の中の何かが削れていた。
「あれ? おっかしいなぁ……なんだ?」
改造された肉体に疲労は無い筈なのだが、疲れた気がする。
足は重く、腕にも何か重りが付けられて様ですら在った。
「改造人間っても、疲れるのかねぇ」
良は気付いて居ないが、それは【気疲れ】である。
単純な肉体的な疲労ではなく、魂の疲労。
それは生身の人間でも改造人間でも代わりがない。
何故ならば、両方共に同じ魂を持っているのだから。
「ま、さっさと帰って……」
帰宅しようとする良だが、そんな彼を押し止めるモノがある。
ポケットから鳴り響く着信音。
うんざりした顔をしながらも、良はスマートフォンを手に取った。
画面に映るのは、見知らぬ番号。
どうせなら無視しても良いが、川村愛の事もある。
とりあえずと通話を繋げてみた。
「はーい、こちら悪の組織ですが、何か御用でしょうか?」
冗談混じりに自分の身分を明かす良。
とは言え、周りの誰もそれを本気に取りはしない。
『首領! 首領ですか!?』
実際に悪の組織の首領が電話していた所で、誰も気付きもしないだろう。
ただ、良の耳には、深刻な声が届いていた。
「え? あーその声は確か……アナスタシア、さん?」
部下に対して首領がさん付けするかは微妙なものである。
そんな事よりも、色々と思いつくことも在った。
「あれ? 番号教えてましたか?」
『そんな事よりも! 今どこですか!?』
聞こえる声の勢いに、良は鼻を唸らせる。
「今? いや、仕事終わって帰ろうかってとこですが」
『それは良いですが、今すぐ此方へ戻られますか!?』
なんとなく敬語に成ってしまう悪の首領。
それに対して、電波の向こうからは焦りが届く。
「えぇ、今からっすか? いやぁ……うーん、と」
一々馬鹿らしい組織に関わるつもりは良には無い。
何とか断る理由を探す為に頭をひねる。
だが、良の想像以上に、組織は動いていた。
『とにかく! 其方へ迎えをやりましたから! 急いでください!』
何を焦っているのかは分からないが、通話は一方的に切られてしまう。
「えぇ……まじかよ? つかさ、勝手に人の番号見て良いの? 悪の組織でも、個人の情報は駄目でしょうが」
何がなにやらと分からない良は、首を傾げた。
*
組織の基地へ向かうだけならば、走れば済む。
が、人前で超人的な力を発揮するのは憚られる。
で在れば、組織が寄越したという【迎え】に期待してしまう。
職場を出た所で、良が目にしたのは、所謂商業用のバンだ。
ソレはチカチカとハザードランプを焚いて留まっている。
まさかコレが組織の車ではないと想いたい良。
だが、そんな期待に外れる様に、バンの横が開いた。
「首領! お待ちしておりました! さ! 此方へ!」
中からは、相も変わらずピチピチタイツの構成員がそう言った。