油断大敵! 迫り来る影!? その4
夢の中で捕まる。 自分の脳が見ている筈なのに、自由が無い。
それ以上に、身体に走る感覚は本物に近かった。
「うぬ!? くっそ!? 汚ぇぞ! 男なら素手で戦え!」
兎にも角にも、脱出しなければ始まらない。
悪態を吐こうが、何をしようが、ともかく足掻く。
が、そんな良の足掻きは意味を為なさい。
─何故其処まで抗う? 貴様などは闘うまでも在るまい? こうしているだけで貴様は脳を除けばただの木偶人形に過ぎんのだからな─
そんな声と共に、良を捕まえる手の親指が起き上がる。
その先が向けられた。
─気にする事はないぞ首領─
諭す様な声と共に、指の力は強くなる。
─前の首領もそうだったな。 貴様は消えれば、もう何も悩まずとも良いのだ。 楽しむ事も苦しむ事も悲しむ事もな─
「いやいやいや! 俺にも色々在るんすけどね!?」
断末魔故か、良の中に今までの記憶が走馬灯の如く過ぎ去る。
が、見えるソレは助けには成らなかった。
─思い残しが在るのか? 人を捨てた貴様が気にするな。 我々に任せればソレも消え失せる。 全ては、新しい首領へ任せれば良いのだ。 部下も、他もな。 皆、お前の姿をしていれば信じるだろう。 なに、面倒は見てやる─
まさか、夢の中で絶体絶命の危機に陥るとは良は想像だにない。
「うおぉい!? 止めろ止めろって! おぉい!?」
怪しい指が、良の胸へと突き刺さった
が、何も起こらない。
「うぬぁ、あれ?」
腕ほども在る筈の指が突き刺されたなら、痛みが在る筈だろう。
が、実際には痛くもなければ痒くもない。
空間に浮かぶ顔に、変化が起こっていた。
尖った目は丸くなり、驚いたかの様な歪みを見せる。
─馬鹿な? 首領。 貴様、再改造をしたのか!?─
聞こえる声に、良は首を傾げた。 思い返せば、思い当たる節は在る。
以前にセイントにこてんぱんにやられた際、良は体に手を入れて貰っていた。
「え? あぁ、そういや……そうだったな」
精神的な余裕が出来たせいか、良はよいしょと腕を広げる。
すると、意外な事に先ほどまでビクともしなかった筈の戒めがいとも容易く外れていた。
気力が充実したせいか、それが反映されたのだろう。
地面が無い以上、ストンと降りる訳には行かないが、不安は無い。
「あー、言ってなくて悪かったな? なんせこの身体、車検証なんて無いだろう? だから申請し忘れてたぜ。 改造済みってな」
自身を車に例え、肩を竦めてみせる。
景色が何も言わないからか、良の鼻がフフンと唸る。
─貴様、ぬけぬけと─
「悪いねぇ、生憎と俺には守護天使がついてるのさ」
良の声に、景色はゆったりと歪む。
見える顔は、まるで苛立ちを示す様歪んでいた。
─後悔するぞ、篠原良。 今、人として死んでおけば良かった、とな─
「うるせぇや! 何を偉そうにして居やがる!?」
─吠えるのは良いが、家畜は飼い主に勝てない。 それを教えてやる。 貴様だけではない。 貴様が大事にして居る者も全てだ。 お前は、全部を見終わった後に片付けてやる─
景色は誰とは言っては居ない。
が、それが何を意味するのかは良でもわかる。
言われて黙っては居られない。
「だったら! 今此処で決着を着けてやる! 今行くぜ!!」
蹴るべき地面が無ければ、跳べもしなければ走れもしない。
ならばと、良は浮かぶ中で泳ぐ。
クロールでも平泳ぎでもバラフライでも構わず。
以前にもそうした様に、意地が身体を動かしていた。
「うぉあああ! この野郎!」良の手がもう少しで届く。
そんな時、視界が真っ白に成ってしまった。
*
「首領!? 首領!!」「良さん!」「起きて! 首領!」
ビシバシと叩かれる感覚に、良はハッと目を覚ましていた。
目を開ければ、見えるのは部屋天井だけではない。
よくよく見れば、女幹部、虎女、博士と、六つの目が見えた。
「……ほ? お? えーと、な、なんすか?」
何事かと驚いた良に、博士がフゥと息を吐く。
「なんすか、じゃないですよ。 異常が在るからって見に来て見れば、良さんがソファの上でバタバタしてるんですから……驚きましたよ」
「え? うそ、俺そんなに寝相悪かったかな」
首を起こして見れば、良の手足はアナスタシアとカンナが抑えていた。
改造人間を抑えるには、生身では不可能である。
「首領、どうされたんですか? 物凄いうなされていたみたいですが」
女幹部の声に、良は考える。
「あれ、あー……」
何故自分がソファの上で暴れて居たのかを問われた良。
「えーとね、ちょっと、悪い夢を見てさ」
苦笑いでそう言う良に、虎女と女幹部がフゥと息を吐く。
「ビックリしたんだから」
「そうですよ。 私達が慌てて抑えましたけど」
大幹部二人の安堵に、良は「すんません」と労いを掛けていた。
*
悪夢を見るほどに魘されたという結果。
流石のアナスタシアも、良に外の空気でも吸ってこいというお達しを出してくれた。
良からしても、何らかの気分転換が欲しかったのもある。
基地のエレベーターから、外へと出る良。
朝靄の中、ウーンと唸りながら全身を伸ばした。
「なーんか、すっかり慣れちゃったなぁ」
当たり前だが、地下の基地に居たという事自体、良からすれば以前の自分とはかけ離れた生活である。
「どうしよっかなぁ」
軽く散歩程度ならば、アナスタシアも特にガミガミとは言わないだろう。
が、遠出となると話は違ってしまう。
とりあえず、体操でもすべきかと悩む良の耳に、ガサリと草を踏む音が聞こえた。
ハッと其方へ振り向けば、目が合う。
「おや、首領。 どうした? こんな朝っぱらから」
そう気さくに声を掛けたのは、大幹部のソードマスターである。
以前、戦いの際には一時的に若返って居たが、今は壮年の姿であった。
「あー、おはようございます」
如何にも首領らしさがない挨拶。
とは言え、壮年は気にした様子は無かった。
「ふぅむ、お嬢さん達が騒いで居たぞ? 首領がおかしく成ったとな」
探る様な声に、良は思わず頭を掻く。
「いやぁ、寝相が悪くてお見苦しい所を見せまして」
変な夢を見ていた。
そう言えるが、気恥ずかしいからか良はそれを言わなかった。
「ところで首領」
「はい」
「暇かな?」
「え?」
暇かどうか言われれば、微妙だろう。
今のところ、良は女幹部によって缶詰めの状態である。
とは言え、今のところ監視は付いていなかった。
「まぁ、それなりには」
「じゃあ、少し付き合うかい?」
壮年は、そう言いながら釣り竿を良へ見せた。
以前にも同じ誘いを受けたが、その時は断ってしまった負い目が在る。
計画書の立案も、今すぐは案が出ない。
であれば、良は頷いていた。
「じゃあ、お供しますよ」
「それは良かった。 独りじゃ、寂しいからな」
剣聖と名を持つ壮年だが、意外な面を良に見せた。
*
地下基地の近くには、小さいが水辺が在る。
其処で、悪の組織の首領と幹部は釣り糸を垂らしていた。
特に音楽もないが、彼方此方で小鳥が鳴き、せせらぎが聞こえる。
街の喧騒とは違い、ささくれ立った音ではない。
ただ、良は違和感を感じていた。
「どうかしたのかね?」
余りに良の鼻がウンウン唸るからか、壮年は問い掛ける。
問われた良も、目を細めていた。
「なんか、前にも、こうしていた気がするんですよね」
「此処でかな?」
「あ、いや、俺……釣り自体ぜんぜん経験無くて。 でも、何故だか」
以前にこうしていた様な気がする。
だが、そんな記憶は良には無かった。
チラリと横目で良を見ていた壮年だが、直ぐに自分の浮きに目を戻す。
「ま、細かい事は気にしない事だ」
「そう……っすかね?」
「ところで、首領」
「はい?」
何事かと顔を上げる良に、壮年は前を向いたまま口を開いた。
「一つ気になるんだが、聞いても良いかね?」
「はぁ、俺に答えられるなら」
「改造人間とは言え、人は人だろう?」
ポンと言われた言葉は、良に取っては難しい問題であった。
果たして、自分が人間なのかと言われると答えは難しい。
それでも、篠原良は篠原良である。 その自覚は在った。
身体がどうであれ、自分は自分なのだ、と。
「まぁ、そうっすね。 でも、それが何か?」
「いや、私が君くらいの時なら、それこそ色々在ったからなぁ」
「……はぁ、それで?」
此処で初めて、壮年はハッキリと良の顔を見た。
「お嬢さん方を見ていると忍びなくてな。 君は、どうしてあの子達に手を出さないんだ?」
壮年からすると、良の態度は曖昧にしか見えない。
如何に首領や部下という立場が在ろうとも、男女である事に変わりはない。
消極的な女幹部や、微妙な博士、積極的な虎女。
他にも見知った者も居るが、誰もが、良と関係を持っては居ない。
対して、問われた良はなんとも言えない反応を見せていた。
「ほい? い、いゃ……えーと?」
「首領。 君も分からない程に子供でもあるまい?」
驚きを隠さない良に、壮年は首を傾げた。
「最近では、便利な機械も在る。 それを持っている者なら、子供でも知っている事だろう?」
釣りの合間の繋ぎ故か、いきなり大幹部からの恋愛話。
良に取っては、戦い以上に厳しい質問と言えた。
「あー……何て言うか、そういう事とは、縁が無かったので」
良がそう漏らすと、壮年の鼻がふぅむと唸る。
「では丁度良いのではないかな?」
「はい?」
「全く振り向いてくれない相手を振り向かせるのは苦労するぞ? それが、首領の場合は違うだろう?」
誰かから言われると、また悟らされる事もある。
良も、薄々とは気付いては居たが、ハッキリ言われると違った。
「はい……」
良の中で、誰が一番という事は難しい。
急に誰かとくっつけと言われても、悩ましい問題であった。
悩む良に対して、壮年はニヤリと笑う。
「悪の組織の首領だろう? どうせなら、全員手に入れてしまえば良いさ」
そう言うと、大幹部は豪快に笑った。




