怪奇!魔法少女来襲! その3
「おはようございまーす」
改造人間にされたからと言っても、仕事を休めない。
一日無断欠勤したしまったからか、良の声は恐る恐るであった。
職場に顔を出した良。
そんな中でも、上司がチラリと顔を見て来る。
「篠原……お前、昨日どこ行ってた?」
上司からの質問は、当然のモノであった。
連絡も無しに勝手に休めば、それは周りの迷惑となる。
「あー、すみません」とりあえずと、良は頭を下げる。
ただ、詫びたかといって事は済まない。
「いや、だからさ、お前何処へ行ってた? 電話も出ねぇしよ」
無論、言い訳は出来る。
悪の組織に捕まり、改造人間にされてしまいました、と。
それは真実で在ろうが、話して信じて貰えるのかは別である。
加えて、自分の正体をおいそれと明かすべきか、良は迷った。
「あー、えーと、何処って云うか」
しどろもどろな良に、上司はフゥと息を吐いた。
「ま、別に色々在るだろさ、でもよ、連絡ぐらいしとけよな? コッチにだってさ、都合って在るんだからさ」
「はい、すみません」
お叱りに、素直に頭を下げる良。
どうせなら、職場を辞してやろうか、と一瞬考えてしまった。
実のところは組織を利用すれば良いという手段も在る。
が、元々そういった性格を良はしていなかった。
人間をさらい、改造を施せる程の組織ともなれば、その規模は計り知れないモノがある。
何をするにせよタダという事は有り得ない。
とは言え、まだまだ其処まで深く組織について良は考えて居なかった。
*
慣れた仕事を、何時もの様に始める。
平日の朝とも成れば、誰もが怠いと感じる時間だろう。
その筈だが、この日の良はそうは感じて居なかった。
身体は軽く、何をするにせよ辛いとは感じない。
10キロ程のモノを持ち上げるとしても、重さを大して感じて居なかった。
「あれ、篠原さん」
「おっと、え、はい?」
急に声を掛けられ、良は慌てる。
慌てはしたが、持っているモノは落とさなかった。
「大丈夫なんですか?」
「え? なにが? 休んだのは悪かったけどさ」
良からすると、何が【大丈夫】なのかと狼狽えてしまう。
身体に問題も無く、仕事も順調その物筈だった。
「いや、それはそれとして……それ、30キロは在りますけど?」
云われてみて、良は気付く。
普通なら、数人掛かりでやる事を一人で軽々こなしてしまう。
鍛錬を経ていても、そう軽くない重さであった。
「あー、あぁ、お、重いなぁ」
何ともわざとらしい言い訳。
実際には良は大して重さを感じていない。
思い返して見れば、以前の自分と今の良はだいぶ違った。
重いモノを持ち上げれば、肘や膝には時には軋む。
酷いときなどは、腰を傷め掛けた。
息は上がり、肌からは汗が垂れる。
だが、今はどんな作業をしても、息一つ乱れず、汗の一粒も無い。
「サボリ中になんかありました? 筋トレとか?」
同僚からそんな質問をされて、良の目は泳ぐ。
答えるだけならば、難しくはない。
【えぇ、悪の組織に拉致されて改造されてしまいました】と。
しかしながら、それは正しい答えであっても、理解されるとは思えない。
組織だの改造人間と口に出した時点で、失笑モノだろう。
「えーと、あー……なんて云うか」
「まま、それは良いですから、あと篠原さん、こっちもお願い出来ます?」
同僚にそう言われ、良は目を向ける。
すると、重いモノがわざとらしく用意されていた。
作業員は別に良一人だけではない。
他にも大勢居る。
にも関わらず、重いモノが良へ送られるのは幾つか理由が在った。
作業が速い者がやれば効率が良いという、会社的な考え方も在るだろう。
もう一つは、誰か力持ちに面倒くさい作業を押し付けてしまうという事だ。
露骨な事だとしても、仕事は仕事である。
不平不満を云う気ならば幾らでも言えるだろう。
特に悪い事をしていないにも関わらず、無理を押し付けられる。
その事に、良は鼻から息を吹いた。
「……あー、はいはい、やっときまーす……」
本音を言えば、生身の人間が重いと感じる重量などは、改造人間にとっては大した痛手にもならない。
それでも、良は胸の中に蟠る苦しさを感じた。
モノを運びつつ、ふと思う。
【もし、この場で暴れたらどうなるだろうか?】と。
想像するに、何とも言えない光景が良の頭に広がる。
貨物を持ち上げ、誰かに投げつける。
それすらも面倒くさいのであれば、ただ力任せに殴っても構わない。
高々人間程度ならば、敵にも成りはしない。
一瞬、暴れ狂う怪人を想像してしまった良は、ハッとなった。
「やべやべ、おれ……何考えてんだ?」
頭に浮かんだ考えを払拭せんと、作業へ戻る。
それでも、良は思い浮かんだ想像が拭い去れなかった。
*
午前中の作業を終え、昼休みに掛かる頃。
良のポケットから着信音が響いた。
「お? なんだ?」
何事かと、スマートフォンを取り出して画面を見てみる。
しかしながら、表示されている電話番号は知らないモノだった。
知らない相手からの電話となると、良にも躊躇が掛かる。
「えぇ……誰だろ? まぁ、いいや」
わざわざ電話を掛けて来ると成れば、相手は自分の番号を知っている筈だ。
もしも間違い電話であれば、問題でもない。
良は、恐る恐る通話を繋げた。
「あー、もしもし? どちら様でしょうか?」
『……えーと、私、川村です』
名前自体は聞き覚えが無い。 が、その声には聴き覚えが在る。
良の鼻が唸り、頭に在る光景が浮かんだ。
どこの学生なのかは知らないが、変身した少女の姿。
「あぁ、確か……まじかる」
『ちょっと!? 止めてくださいよ!』
悪気は無かったが、ふと思い浮かんだ言葉を良は口にする。
それを、電話越しの声が止めていた。
「おっと、悪い……じゃあ、川村愛さん?」
『そうですけどぉ、貴方の名前も教えて貰えます?』
云われてみれば、良はまだ少女に名乗って居なかった。
「あ、そっか……俺は……篠原良です」
敢えて、自分が改造人間である事は伏せた。
別にペラペラと教えるべき事でもない。
数秒間の沈黙の後、スッと息を吸い込む音が届く。
『……じゃあ、篠原さん』
「はい」
『少し、お時間頂けます?』
「へ?」
どこかの女性から電話越しのお誘い合わせ。
それを受けた良は、鳩が豆を食らった様な顔をしていた。
*
篠原良は職場を離れ、在る場所に居た。
其処は所謂ファミリーレストランである。
まさか自分よりも若い女性からのお誘いなど、夢にも想わなかった。
場所を決め、会う。
それだけを見れば正しくデートとも言えるだろう。
何とも言えない光景が、其処には在った。
作業服姿の青年と、合い向かいに座るのは学校の制服を纏う少女。
平日の昼休みとは少し言い難い光景と言えた。
ただ、歳の離れたカップルというほど良は少女を知らない。
手持ち無沙汰からか、少しコーヒーを啜る良。
幸いな事に、改造人間にも味覚は残されていた。
コーヒーの味を堪能しつつも、良は口を開く。
「えーと、なんか……俺に用かな?」
そう言う良だが、僅かに声が浮いている。
彼の人生に置いて、異性から呼び出されるという事は、学校での行事や仕事での連絡以外には無かった。
尋ねる良の声が聞こえているのかいないのか、呼び出した張本人は、黙々と店のお品書きに目を通していた。
「あ、すみません」
良と少女の座るテーブルの近くを店員が通る際、それを少女が呼び止める。
「えーと、ドリアに、ナポリタン、ミラノ風ハンバーグで」
少女が注文したモノは、一人で食べる分にしては多過ぎる。
「あ、俺は大丈夫だよ?」
気を使った良だが、彼の声に、少女は目を丸くした。
「私が食べるんですけど?」
「あ、さいですか」
健啖家なのかはともかくも、良は苦く笑った。
暫く後。
「お待たせ致しました、ごゆっくりどうぞ」
店員の声と共に、テーブルが料理で埋まる。
ただ、その全ては少女が食べるという。
「いただきま~す……て、あれ、食べないんですか?」
早速とばかりに、カトラリーを手に取る少女の声。
問われた事に対して、良は答えに詰まった。
食べようと思えば、食べられなくもない、実際コーヒーも飲んだ。
ただ、空腹感というモノが、今の良には無い。
「え? あぁ、うーんと、あ! まぁ、ほら、冷めないうちにさ」
自分は果たして食べる必要は在るのかを知らない良は、御茶を濁した。
「ふぅん? じゃあ、失礼して………」
促されたからか、少女は食べ始める。
先ずはと取り掛かったのはパスタ。
ど真ん中にフォークを突き立てたかと思えば、グルグルとそれは巻かれる。
一口分にしては大きい固まりと成ったが、なんと、少女は事も無げにパクッとそれを口へ迎え入れていた。
ヒョイヒョイと同じ事が数回繰り返され、あっという間に皿が一つ空になる。
見事な食べっぷりには、良ですら目を剥いてしまっていた。
次にと少女が取り掛かるのはハンバーグ。
鉄板にてチーズとトマトソースが熱せられ、何とも香ばしい。
ただ、形を保っていたのは僅か数秒間のみ。
グサリとフォークが刺され、ナイフで器用に切り分けられると、パスタと同様にそれは少女が食べてしまう。
パクッと食べる彼女だが、猫舌ではないのだろう。
瞬く間に、鉄板の上からハンバーグは姿を消していた。
残るはドリアのみ。 が、恐らくはそう長くは形を保たないであろう。
「ははぁ、すげえよ」
食べっぷり驚いた良は、思わず声を漏らす。
目の前で大食いの番組でも見ている様な気分であった。
そんな良の声に、ドリアに刺さるスプーンが動きを止める。
「そう言えば、えーと、篠原さん?」
「え? あ、はい」
ポンと名前を呼ばれ、良は思わず姿勢を正す。
そんな青年を見て、少女は眼を細めた。
「一つお聞きしたいんですけど。 篠原さんって、普通の人間じゃない……ですよね?」
訝しむ様な声に、良は思わず唾を飲んでしまった。
ズバリと云われたことは、間違いではない。
「……え? な、何をいきなり」
「別に誤魔化さなくても良いですよ。 二回何かが起こっても、それは偶然と云いますけど、三回在ったらそれは偶然ではないとも云いますから」
少女からそう言われたが、実質的に会うのは三回目でも在った。
「で、どうなんです?」
「どう……とは?」
なかなか正体を明かさない良に、少女はムスッとする。
「そっちだけ私の事知ってるって、ズルくないですか?」
如何にも怒ってますという少女。
ただ、本気で怒っているという訳ではなく、例えるならば【プンプン】といった風情である。
少女の変身した姿を知っている良は、スッと息を吸い込む。
彼女になら、自分の秘密を打ち明けても良い気がした。
「信じないだろうけどさ」
少し間を持たせる良に、少女の顔も真剣なモノへと変わった。
「大丈夫ですよ、誰にも云いませんから」
共感を感じさせる声に、良の唇も緩んでしまう。
「……俺さ、改造人間なんだよね」
苦く笑う良の声に、少女は目を丸くしていた。




