驚愕! 地球救済作戦! その21
世界中を荒らす筈だった怪物達。
その悉くが、討ち取られてしまう。
その事実に、作戦を決行した側は焦る。
綿密かつ用意周到に計画を練った筈が、殆ど頓挫していた。
洋上を行く一隻の船の中は、慌ただしかった。
「急げ! 次の作戦を絶対に成功させるんだ!」
「わかっております!」
血走った目でそう叫ぶ配下達。
慌ただしい船のその中で、セイントだけが平静である。
元来凶悪な性格をして居る訳ではない。
それどころかか、元々が弱者を見捨てられないという性格である。
「なぁ……皆。 少し、聞いてくれないか?」
懇願する様なセイントの声に、配下が顔を向ける。
「此方の作戦は殆ど失敗している。 でも、もしかしたら世界は変えられるんじゃないかな?」
セイントは、死に物狂いな良の中に過去の事を思い出していた。
ずっと昔、身を捨ててでも他人の為に戦おうと足掻く者達。
そんな者に惹かれたからこそ、セイントは過去に手を貸している。
そして、今もまた、青年の中で同じ気持ちが少しだが湧いていた。
「ではどうしろと云うんですか!? 貴方を含めた者達がどれだけを何をしても、人間は一向に馬鹿なままなんですよ!?」
どうにも出来ないという苛立ちからか、配下は声を荒らげる。
「いつかはなんて無意味ですよ! 誰だっていつかは大人になるとは云いますが、本当の意味で大人の人間なんて指で数える程もいないのでないですか! 体は大きく、頭でっかちばかりです!」
血を吐くような声に、セイントは何も言えなかった。
云うことも止める事も出来はするだろう。
何故ならば、過去にそうして大勢の侵略者とも戦ったのだから。
地球を護るという事を大義名分に、多くを殺した。
「……わかった。 余計なお世話だったね」
諦めを交えてそう言うと、セイントは椅子から立ち上がる。
そのままスタスタと艦橋から出て行こうとするが、誰も青年を止めなかった。
船内を少し歩き、内側から外へ。
風に叩かれるドアは本来重いモノだが、セイントにとっては軽い。
が、その気分は軽いモノではなく、美しい筈の顔は辛そうであった。
青年が辛く感じたのは、味方であると想っていた配下の言葉にある。
以前にも同じ様な言葉を吐いていた敵は居た。
その時の事が、青年の胸に蘇る。
「昨日の味方は……今日の敵なのかなぁ」
悲しげにそう言うと、セイントはフワリ体を浮かせ、船を離れる様に飛んで行ってしまった。
*
良を含めた一団は快進撃を続けるが、それだけではない。
怪物が押され始めたのは、何も良達が強かったというだけではない。
人が逃げ惑う中でも、それに抗う様に逆を行き、戦う。
そんな姿に、人々が感化されたのも大きかった。
良達が恐れを見せず、一心不乱に戦う姿。
それは、過去に存在した英雄が如く、人を鼓舞した。
段々と、逃げるばかりを考えていた人々も、自分達にも出来る筈だと足を逆へと向ける。
後ろではなく、前へと。
「こうなったら、やってやる!」
誰かの叫びが、人に伝播し呼応していく。
それは、見えない波である。
そうなると、一気に攻勢は逆転していた。
最初こそ、怪物達が快進撃をして居たことは間違いない。
突如として現れた化け物に、人は恐怖に戦き、逃げ出していた。
一方的に蹂躙され、殺され貪られてしまう。
もしも、良達が現れなかったなら。
それは考えるだけでも悲惨な結果を残しただろう。
が、そんな悲惨な未来は変わっていた。
見た目は麗しくないが、装甲に包まれた怪人が人の為に戦う。
『せいや!』
声を張り上げ、怪物を素手で打ち倒す。
休む事すら忘れた様に戦い、人を助ける。
世界中で、良と同じ姿の者達もそうしていた。
*
そして、世界中に散らばる怪人の元となった良もまた、戦いを止めなかった。
怪物を凪払い、構えを取り直す。
『……どうだろ、粗方片付いたのか? うん?』
何匹目か、数えるのを止めた頃。 良は辺りを見渡す。
集中している時には気付かなかったが、良の周りに居るのは知り合いだけではなかった。
名前は勿論、顔も知らない誰かが居るのだ。
その服装や、年齢、性別も全くのバラバラである。
ただ、共通点としては、誰もが良を見ていた。
『あー、えーと? どうも』
いきなり衆人環視に、良は戸惑いながらも一応の挨拶を贈る。
居丈高に【なんだコラ!見せモンじゃねーぞ】と叫ぶよりは人当たりも良い。
次の瞬間、人々から歓声が上がった。
その声は例えるならば勝ち鬨だろう。
「やったな! あんた!」
「変な格好してるけど、すげーよ!」
良だけでなく、他の仲間も持ち上げられる。
一番目立つアナスタシアですらもだ。
流石に近寄ろうとはしないが、その姿を馬鹿にしたり茶化したりもしない。
在る意味、その場の者達の心は一つに成っていた。
その事に良は安堵するが、ふと、何かに気づく。
チラリと視線を向ければ、其処はビルの上。
そして其処には、見覚えの在る姿が在った。
『えー、皆さん! もう少しです! 頑張りましょう!』
良く言えば謙虚だが、悪く云えば威勢に欠けている良。
それでも、場にいる者達はオオと声を張り上げた。
その声は、まるで【もう一仕事片付けるか】と言わんばかりに軽い。
志気が高まり、前へ出る人々。
それを見送りつつ、良は、その場から跳んだ。
今更良が超人的な跳躍を見せても人は驚かない。
それどころか、背中には「頑張れよー!」と歓声が贈れていた。
*
一人集団から抜け出した良だが、行くべき所がある。
いちいち非常階段を駆け上がるという真似はせず、ビルの壁を蹴って上へと跳ぶ。
謎の女に再改造を受けたからか、良は前にも増して身体の軽さを感じていた。
ビルの屋上へと降り立つ良。
場所は違うが、在る意味依然と同じ様な形。
悪の組織の首領と、元幹部であるセイント。
『よう? 戻って来たぜ?』
良がそう言うと、青年は肩を竦めた。
「まさか、こんなに速く来るとは思いませんでしたよ。 どうやったんです?」
興味津々という声に、良は腰に手を当て胸を張る。
『まぁ、自慢じゃねぇが、俺には守護天使が付いてるのさ』
未だに自分を助けてくれた者の正体を良は知らない。
だからこそ、知っている事を告げた。
「参ったな。 そんな奇特な人が居るとは、想定してなかったもので」
『んな事よりも、だ。 どういう事だ?』
「んー、何がです?」
『時間はまだ在った筈だろ?』
確かに、セイントは最初の放送にて【3日間待つ】と云っていた。
とはいえ、それは何かの紙にキチンと認めた契約期間でもない。
「コレは仮にですが、最初の通りに3日間待っても、たぶん意味がないからですかね……」
そう言うと、セイントは屋上の縁に立ち、下を見下ろした。
青年の見下ろす先では、化け物に立ち向かう人々の姿。
恐れを捨てて、勇気を振り絞り、自分だけでなく他人の為に戦う。
それは、セイントが望んだ姿でもある。
「でも、貴方は僅かな時間で人を変えてしまう……羨ましいですよ」
どこか恨めしそうな声に、良の兜からはフンと鼻の鳴る音が漏れた。
『別に俺だけが何かした訳じゃない』
良も、セイントに倣ってビルの下を見下ろす。
人々に混じって、戦う仲間達が見えた。
相変わらずピチピチタイツという怪しい格好ながらも戦う構成員達。
人が化け物に押されるのを魔法で助ける愛に、力で助けるカンナ。
そして、槍が如くとにかく前進し相手を打ち倒すアナスタシア。
改造された優れた目は、それらを具に見せてくれる。
『俺一人じゃ、たぶん変えられない。 周りの皆が居てくれたから、なんとか成ってるだけさ』
謙遜にも聞こえるが、良の言葉は本音であった。
もしも、良が一人ならば今頃は山の中で凍って居ただろう。
無論、いつかは動ける様に成ったかも知れないが、それが果たしてどのくらい先の話に成るのかはわかったモノではない。
『で、と? あんたは何しに来たんだ? この前の決着を着けにかい?』
尋ねられたセイントは、首を横へと振った。
「その点に付いては、前も云いましたが、相手から手を出して来ない限り、私は関知しませんよ」
『だったら、何をしに来たんだ?』
訝しむ良の声に、セイントは遠くを見る。
その先では、着々と陸へ向かっているで在ろう船が居る方角である。
「もう直ぐ、船が着くんですよ」
『ほう、それで?』
「その船は、元々は私が用意したものです……」
『だからな、前置きも筋道も要らねぇ、とどのつまりを云いなよ』
今のところ、時間的余裕は余りない。
無論、化け物達に人々は拮抗しているとは言え、良もそれを上から見ているつもりは無かった。
急かす良に、セイントは息を吸い込む。
「こんな事を頼める義理じゃないのですが、もし、手を貸してくださるなら、彼等を止めてはくれませんか?」
『彼等? 誰だよ』
「あの人達は、元々は地球防衛隊の人達でした」
青年は、遠くを見ているが、それは景色を見ている訳ではない。
過ぎ去った過去を見ている。
「皆、一生懸命に戦ったんですよ。 それこそ、今下で戦ってる人達みたいに」
『地球防衛隊なんだろ? なんだってそんな連中があんな酷い真似をするんだ?』
「なんと云えば良いのか、戦う事に疲れた、のもあるでしょう。 戦う事に意義が無くなってしまったからでしょうか」
セイントの声は、元地球防衛隊を指しているのか、それとも、自分を指しているのか、それは良にはわからない。
ただ、わかるのは青年の苦悩だろう。
「私では、止める権利も無い。 でも、貴方なら」
セイントの懇願に、良はウーンと鼻を唸らせる。
果たして、目の前の青年は自分を罠に掛けようとして居るのか。
既に二度負けている良にとっては、青年を信用したくない。
が、必死さは伝わっては居た。
「どうでしょう? お願い出来ませんか?」
重ねられる懇願に、良は両手を軽く上げた。
『わあったよ、で? 俺に何しろってんだ?』
思わず口をついて出てしまう声。 それは、良の性格を現して居た。




