驚愕! 地球救済作戦! その16
改造された人間にも一応休みは必要だろう。
何せ、改造人間でも脳味噌はそのまま残っている。
身体を駆動させる為の運動ソフトウェアとして、使用されるのだ。
改造の度合いにも因るが、それでも人が人であるという点。
【我、考える故に我在り】という言葉通り、本質その物が宿るのは脳味噌であった。
どの程度意識を失っていたか、それを自覚するのは難しい。
良は、ふと全身を弄られる様な感覚に呻いていた。
「あ、お、そんな……あぁ、困ります……ん?」
ボソボソと自分でも訳の分からない言葉を呟きながら、良は鼻を鳴らした。
どうやら、あの雪原から助け出されたのは夢ではないのだろう。
明るい照明が顔を照らす。 が、ソレでは何がなにやらと分からない。
「あーれ、俺、確か……おぅ!?」
身体の一部から伝わる感触に、良は思わず呻いた。
慌てて首を起こすのだが、其処には想像とは違う光景が広がる。
良の身体を、無数の機械の手が弄って居た。
無論、弄るといっても肌を撫で回すという生易しい事ではない。
全身隈無く、中身が見えてしまっていた。
そんな良の身体の彼方此方では、機械が忙しく動き回る。
良の視線に気づいたのか、女が眼をチラリと向けた。
『すまない。 起こすつもりは無かったんだ。 麻酔は余り効果が無いらしい』
「ますい……えー、俺の身体に何して……いや、そんな事よりも、えぇ?」
自分が人間ではないのか。
良がそんな事を悩み出した途端、女が手近なタオルを放る。
顔にバサッ目隠しが掛けられてしまう。
最新技術ではないが、目的は果たしている。
『余計なモノは見ない方が良い。 まだ、修理が……いや、治療が済んでないん』
淡々とした声は、医者というよりも技師を想わせる。
視界が遮られたからか、良は、息を長く吐いた。
「あの、どちら様かは知らないんすけど、俺は……」
直るのか。 そう問い掛けた所で、良は言葉を止めていた。
当たり前だが、人間と改造人間は違う。
必要ならば、部品を交換する。 それは、以前にも経験が在った。
千切れてしまった腕を、新しく着け直す。
まるで、自分が車か何かに成ってしまった様な感覚。
それは心地良いモノではない。
『大丈夫だよ。 直ぐ良く成る』
「そっすか? じゃあどうせなら、顔の方もお願いしようかな?」
辛さを紛らわしたいからか、良はそう言った。
もしも全身が作り物ならば、顔もそうなのだろうと考えてしまう。
良の声に、女は苦く笑った。
『……まぁ、君がどうしてもと言うなら考えよう』
「冗談すよ。 これでも、産まれてからずーっと付き合って来たモンなんで」
身体を弄られる感覚は慣れないが、良はウンと鼻を鳴らした。
「あの、ところで、一つお聞きしても?」
『良いとも、私のスリーサイズでも答えるよ?』
聞こえた声は、何故だか良の胸に郷愁を感じさせた。
聴いた事も無い筈なのに、妙に懐かしいのだ。
「なんか、前に聴いた様な……まぁ、それは置いといて。 助けてくれたのは有り難いんですけどねぇ、なんで、俺を? それに、此処は?」
相手の素性も、名前も、そもそも誰かも知らない。
そんな見ず知らずの誰かが、人も来ない様な場所で彷徨く青年助ける。
良は、その理由を知りたかった。
尋ねられた女は、眼を細める。
『云っただろう? 守護天使とね。 衛星経由でずっと見守って居たからな。 此処は私の所有の飛行機の中さ』
「ひこーき? いや、でも、ぜんぜん揺れないし、静かですけど」
『それはそうさ。 この部屋は外部から隔壁とアブソーバーで隔離されてる。 余程の事が無い限り揺れないよ』
説明された良は、感嘆の声を漏らした。
「ははぁ、なんか、すげーんですね。 でも、なんで?」
『君は憶えていないかも知れない。 だが、私は君に返しきれない程の恩が在るんだよ』
女は、理由を【恩返し】だという。
答えを聞かされた良だが、益々困惑した。
必死に過去を思い出す。
自分の幼少期から、学校へ上がり、中学高校、大学、そして社会人。
無論、その良の人生の中では様々な出来事が在った。
しかしながら、何処をどう思い出しても、分からない。
然も、女は良をずっと見ていたと言う。
「あー、なんて云えば良いか、俺、なんかしましたっけ?」
『ん? うん。 してくれたよ、良』
ポンと名前を呼ばれ、良は益々唸った。
そもそも名乗った憶えが無い。
「うー……そう……っすか。 え、じゃあ、あの金はもしかしたら」
『それは別に良い、ただの駄賃だよ。 ともかく、もう直ぐ終わるよ』
体の治療が終わると聞かされ、良は色々と考える事がある。
十億という巨額を【ただのお駄賃】だと言える程の人物。
加えて、改造人間を修理できる頭脳。
全く持って、良にとっては分からない事だらけだ。
「あのー、此処までして貰って置いてなんですが、その、強化とか、出来ますかね?」
相手が誰かはともかくも、自分を弄れるのは博士だけではないらしい。
其処で、良は藁にも縋る様な思いで声を掛ける。
すると、全身を弄る感覚が止んだ。
『やろうとすれば出来なくは無い。 が、何故だ?』
「あー、カッコ悪いんすけど、喧嘩に負けちゃって」
『それで、その相手に勝とう、と?』
問い質す声に、良は眼を閉じた。
「それも在ります……けど」
『けど? なんだい?』
「負けたくないって言うか、負けらんないですよねぇ。 まぁ、実はもう二回も負けてるんですけど」
敢えて恥を晒し、自分を笑う。
それは、気持ちを叩く為であった。
身体はもう変えられないかも知れないが、心は違う。
良は、鉄を熱し叩く様なつもりで居た。
「その相手なんすけど、すんげー強いんですよ。 もう、ホントにドデカい怪獣とでもやり合いそうな程に……だから」
『申し訳ないが、君を巨大化するのは無理だぞ? 新しく用意はしてやれるが、ソレでは生活が出来まい?』
女の真面目な声に、良は笑った。
「あぁ、そう言うのは良いです。 そうじゃなくて、こう、何でも良いんで、何とか、強く成りたいな……って」
良の願いに、女はフゥムと鼻を唸らせた。
女が目を凝らすと、瞳が動く。
焦点を当てるというよりも、解析する様な視線だった。
『効果が在るのかはわからないが、一応、出来そうな事はある』
「お? マジっすか?」
頭を上げそうに成る良だが、そんな良を女の手が抑えていた。
『コラ、まだ済んでいない』
「すんません。 でも、可能性って、なんすか?」
良が大人しく成ったのを確認した女は、眼を細めた。
『君の……胸の中には在る装置が埋め込まれている』
ズバリと云われると、良は唸るが、今更であった。
自分の胸の中に心臓の代わりに別のモノが入って居たとしても驚くに値しない。
「はぁ、ソレで?」
「その装置は、在る特殊な力場を発生させているんだ」
女の説明に、良はウウンと唸る。
「あの、すいませんが、分かる様に云って貰えないですかね?」
最新型の改造人間の割には、どうにも人間臭い良であった。
女も、そんな良の反応を懐かしむ様に微笑む。
『分かり易くか……まぁ、端的に云えば、君は夢を壊せる』
「えぇ? そりゃあ上手くないんじゃあ」
『例えば、だよ。 出来るだけ分かり易く云うぞ? 要するに、君の中にある装置は、物理学的な壁を発生させるんだ』
女は分かり易くと云うが、良にとってはチンプンカンプンである。
「あのー、それで?」
如何にも理解出来ていないという良の反応に、女が唸った。
『相変わらずだな、君は』
「はぁ、すんません」
『謝らなくても良いよ。 ともかくも、あー、君は訳の分からないモノを消せるんだ』
「ほう! それならまぁ、なんとか」
今までにも、良には経験が在った。
今は友人とも呼べる川村愛。
彼女の正体は原理不明な魔法少女だという。
そして、良はそんな訳の分からない【魔法】を消し去っていた。
「えーと、でも、それは」
『そう、そのままでは消すだけ……だから、此方で調整して逆に増幅器としても機能するようにすれば、或いは』
聞こえた声は、良にとっては朗報である。
セイントの力は絶大であり、とても単独で勝てる自信は無かった。
それでも、もし助力が在れば結果は変わるかも知れな。
「じゃあ、お願い出来ませんかね?」期待を込めて尋ねる。
良の懇願に、女は目を向けた。
縋る様な何かが、良の声には在る。
「えーと、俺、電子機器とか、ぜんぜんなんで」
良の声に、女は唇を強く引き結ぶ。
『やっては見ても良い……ただ、絶対成功させる保証は無いぞ?』
そんな説明に、良はウーンと鼻を鳴らす。
「まぁ、一か八か、何もしないよりは、良いんじゃないっすかね?」
『そう思うのか?』
「え? と、云いますと?」
『コレは仮にだが、世界がどうなろうが、君にはあまり関係が無いんじゃないのか?』
問われた事を、良は吟味する。
確かに、交友関係だけを思い返せば、そう広いモノではない。
手の届く範囲だけを護れば、それで済むとも言えた。
元々良は正義の味方ではない。
寧ろ、一旦抜け出したとは言え、悪の組織の首領である。
「自分に出来るだけやってみたいんすよ。 でなきゃ、何の為に居るのか、わからなく成るんだ」
良の声に、女は笑った。
『……君なら、そう言うと想ってたよ。 では、早速始めるか』
「あ! ちょっとだけ良いっすか?」
『なんだい?』
「今更聞くんですけどね、あんたは、どうしてそんなに? 俺、ホントに恩を貸した覚えが無いんですけど」
訝しむ良だが、今は謎の女に頼るしかない。
対して、問われた女はチラリト良を見た。
タオルに因って、目は塞がれて居る。
『時間はたっぷりと在ったからね。 色々と、用意もして置いたんだ』
「あー、はい」
『で、どうする? 覚悟は決まったかい?』
「はい、お願いしますよ」
良の返事に、女は『任せろ、成功させてみせる』と答える。
こうして、良の再改造手術が始まったのだ。




