怪奇!魔法少女来襲! その2
様々な事態はさて置き、自宅へと帰ってきた篠原良。
「あー、なんだかなぁ……」そうボヤキながら、ベッドへと寝転がった。
自分の部屋に帰って来て、ようやく一息付けた良。
腕を伸ばし、手を握ったり開いたりを繰り返す。
天井を見ながらも、そうした動作を続ける。
見えるモノと体から伝わる感触は、夢ではないと告げていた。
実感が夢ではないと言っても、先程見て、感じた事全てが夢だと云う方が現実的ですら在る。
「悪の秘密結社に、訳の分からない怪物と、それと戦う魔法少女ってか?」
ぼそりとそう言うと、良は鼻で笑う。
「んなもん、真面目に考える方がアホ臭いって気がするけどなぁ。 オマケにおれは無断欠勤と来てる、参るね」
そう言いながら、眼を閉じる。
意外かな、改造人間の割には眠りは自然と訪れた。
*
寝ている間、時として人は夢を見る。
改造人間である良もまた、何かを見ていた。
「あ? 此処は……どこだ?」
見えるモノは、風景などと呼べる程に風流なモノではない。
原色の絵の具をデタラメに混ぜた様な空。
それが、良に見えているモノであった。
「あー、なんだろ、変なもんでも食ったかなぁ」
斑の空は、色が混ざり合いながらも歪む。
それはまるで、遙か遠くに在るであろう銀河の様にも見えなくもない。
そしてソレは、唐突に歪み、何かの形を成していた。
歪む空気は、顔に見えなくもない。
「あん? なんだ?」
─ふぅむ、完成は……している様だな?─
戸惑う良の耳に、声が聞こえる。
但し、声とは名ばかりであり、ギリギリ言葉と判断出来るだけであった。
「はぁ? なんだ、完成って? て、あー、こりゃ、明晰夢って奴か?」
人は、夢を夢と自覚出来た時、その中で自由に成れる。
何とか立ち上がろうとした良だが、踏ん張るべき地面は無かった。
「んぁ? クソ、なんだ、浮いてる……いや」
水中に漂いながらも、同時にそれによる圧迫感は無い。
ただ、幽霊が如く漂うという感覚に良は焦った。
─うん? 気付いて居たか、人間よ─
この場に置いて、他の人間は居ない。
聞こえる声に、良の鼻が唸る。
「首領……か? 死んだんじゃないのか?」
声に聞き覚えが在るからか、良は尋ねる。
すると、空気が笑った。
─奴は貴様が殺したのだろう? 然も、他の者達の如く、面倒くさい手間を掛けず、拳一つ振るわずにな。 貴様は見込みが在ると見える─
低い笑いに、良はますますムスッと顔を歪めた。
「なぁ、どうのこうの宣う前に、名前ぐらい名乗ったらどうだ? あんた誰だ?」
夢ならば、恐れる意味は無い。 だからこそ、良は強気であった。
それに応える様に、またしても大きな音が響く。
ソレは、耳を塞ぎたく成るほどに醜悪な音であった。
ガラスを掻き毟り、ステンレスの鍋に皿を擦る様な不気味さ。
例えようの無い不快感に、良の顔が歪む。
「うぇ!? なんだよ! ちくしょうめ!?」
悪態を吐きながら、良は耳を抑えていた手を離した。
─君が名乗れと云ったのだろう? まぁ、地球の言語ではないから、多少聞き取り辛いだろうがね─
自己紹介とは思えない雑談を聞かされ、良は辟易した。
「は? あれが名前だってぇ? 随分と変わってんだな? で? その……何とかさんが、何の用なんだ?」
心地よい筈の夢を邪魔されては堪らない。
良の声に、空気は笑う様に歪んだ。
─単刀直入な性格か? それは悪いことでもないな─
「勿体ぶってんな、さっさと要件を言ったらどうだ? こちとら寝てるってのによ? さっさと済ませてお引き取り願えますかね? こちとら寝てるんで」
腰に手を当て、胸を張る。
浮いているという状態は変わらないが、良からすると精一杯の強がりであった。
それに対して、斑の空気は歪む。
笑う、という表現が正しいか定かではないが、そう見えた。
─なに、今は偶々顔を見に来ただけだ。 お前がもしも我々の目的に合致する存在であれば、またいずれ出逢うだろう─
言葉と共に、空の色は薄れ始めていた。
「目的だぁ? テメェも世界征服だとか言い出すのか!」
消えゆく【何か】に、良は吠えた。
*
「待ちやがれ!? あれ?」
目を覚まし、ガバッと身を起こす良。
何時寝たかは分からないが、既に窓から日が射し込む朝であった。
「朝か……てか、さっきのは……夢、だよな?」
辺りを見渡すが、見えるのは自分の部屋である。
其処にはあの斑の空気は無い。
「夢にしちゃあ、随分とハッキリしてたなぁ」
息を吸い込み、吐き出す。
「まぁ、良いか。 夢なんて気にしてたって始まんないさ」
気分を一新し、新しい朝を迎える良。
悪の首領とは言え、仕事をサボるつもりは無かった。
ベッドから抜け出して、洗面台へ向かう。
よくよく思い返して見れば、今まで顔すら洗って居なかった。
蛇口を捻り、水を手に集めて顔を洗う。
プハッと息を吐き出し、顔を上げる。
良は、鏡に映る自分と目を合わせていた。
「うーん」
当たり前だが、鏡に映るのは見慣れた自分である。
そして、其処に映る良はなんとも難しい顔をしていた。
「どうせ改造するんならさ、もっとこう、男前にしてくりゃ良いのにさぁ」
組織に因って改造をされた事は既に知っていた。
ただ、身体の何処をどう改造されたかについては知らされていない。
更に云えば、他の事に気が向いており、尋ねる事を失念していた。
鏡に映る自分を見ながら、良は色々と試す。
少し目を大きめに開いてみたり、歯を剥いてみる。
それを見ても、やはり特段の変化は見えない。
「なんだよ、ホントに改造されたのかなぁ……俺」
改造されたという実感は憶えているが、変身は出来ない。
不満を覚えつつも、ふと思い付いた良は在ることを試す。
滅多に乗らない体重計に乗る。
表示された数字に、良は目をむいた。
「ば!? なんだこりゃ!?」
体重計の表示には【180】という数字。
ただ、良は数字を見ても信じられなかった。
「あるぇ……太った……いや、いきなり三桁に成るとか」
憶えている限り、体格には特に変化は見えない。
それでも、体重計は持ち主の体重が増えていた事を表していた。
「何がそんなに入ってんのかねぇ?」
そう言いながら、ジッと手を見る。
だが、そこに見えるのは人の手だった。
*
体重が増えた所で、体積が増えなければ服を着る問題は無い。
実際に感じる重さはともかくも、良は作業服へと着替えを済ませていた。
「おっとぉ! 遅刻はマズいって!! 只でさえサボってんのに!」
鏡を見たり、体重を計っていたりと、色々していた結果、良は時間的余裕を無くしていた。
無論、改造人間の脚を使えば、徒歩にてスポーツカーですら置き去りにする自信はある。
かといって、人の見ている前でそんな超人の真似を披露する訳にも行かない。
あくまでも、普通の人間として職場へ向かわねば成らない。
「たくっ……此処が改造人間の辛ぇ所だな」
ボヤキつつも、足早に走る。
ふと、曲がり角に差し掛かった時、良に何かが聞こえた。
ケラケラと笑い、話しを交わす。
勢いそのままにぶつかる訳にも行かず、咄嗟に良は地面を蹴っていた。
「……おぉっと!?」
いきなりの事だったからか、力加減を間違えてしまう。
思った以上に飛び上がってしまった良。
勢いは身体を空中にて回転させていた。
頭が下に成れば、下は見える。
降りるまで僅か数秒間ながらも、改造された良の目は、まるで時間が遅延したかの様に感じた。
そして、頭の上を飛び越える青年を少女達も見てしまう。
三人程の制服姿の少女を軽々と飛び越え、スタッと降り立つ。
「わ、運動選手?」「スゴーイ」
月並みな感想を漏らす二人と、驚いたまま顔を固める少女。
そんな三人の中で、良は一人の顔を憶えていた。
「お?」
「あ」
目が合う良と少女。 二人の間に、微妙な空気が流れた。
「あれ? アイ、あんたの知り合い?」
ふと名前が聞こえる。
ソレを聴いて、良はポンと手を叩いた。
「あぁ、この前会った魔法……」
途中まで言い掛けた良だが、その口は少女の手によって塞がれていた。
「ちょ! 困りますよ!!」
自分のただの人間ではないという事をバラされ掛けたからか、少女は焦っていた。
口を抑えられた良もまた、うーと鼻を唸らせるが、意味は分かる。
良もまた、他人に自分の事を言える立場ではなかった。
「お願いですよ?」
ジーッと見詰めてくる少女の念押しに、良は頭を縦に少し揺らし、人差し指と親指で輪っかを作ってみせる。
良の身振りに、少女は顔をしかめさせたが、手を離す。
「ちょっと待ってください」
何を思ったのか、少女は自分の鞄に手を伸ばす。
何事かと見守る良の前で、メモ帳を取り出すと、ペンと差し出す。
「はい」
「はい?」
差し出された所で、何の説明も無ければ分かる筈もない。
「スマホか携帯ぐらい持ってますよね? だから、番号」
「あー、あぁ、ハイハイ」
思考が追い付かない良は、少女に云われるがままに自分の連絡先を書いていた。
「えーと、コレで」
良からメモ帳を返された少女は、其処に書かれた番号をジッと睨むと、眼を閉じながらも鞄へとしまっていた。
「じゃ、後で」
「あ、うん」
男女の出逢いと呼ぶには、余りに殺風景な挨拶である。
とにもかくにもと少女は踵を返して、連れに合流していた。
三人はスタスタと歩き始めるが、少女をアイと呼んだ二人がやいのやいのと声を掛ける。
「ねね、何々? どうしたの?」
「あのお兄さん知り合い? ねぇ?」
そんな声は、離れるに連れ聞こえなくなっていく。
遠ざかる三人を見送りながらも、良は頭を少し掻いた。
「なんなんだ? と………俺もこうしちゃ居らんねーって」
少女に連絡先を尋ねられたというのもだが、ソレよりも、始業の時間は容赦なく迫っていた。
パッとその場から走り出す良。
彼は気付いて居ないが、走り去るその姿を、アイは見ていた。