驚愕! 地球救済作戦! その10
良がああでもないこうでもないという姦しさに悩む頃。
同じ時間、違う場所では、静かに計画が遂行されていた。
其処が何処か、コレについては探すのは難しい。
強いて言えば、地球を覆う海の上である。
地球の面積に置いて、陸地は三割程であり、残りは海だ。
そして、そんは大海原では、大きな船がポツンと航行していた。
傍目には、コンテナ満載のタンカーにも見える。
商業用らしく、船体の横には【NEMESIS】と在った。
海を走る商業船。
が、ただの擬態であり、中身は全く違う。
外観こそは古臭いが、それらは全て職人の手による偽装の為の装飾に過ぎない。
*
擬態の中身は、基地と言っても差し支えなかった。
そんな船の中で、長として座るべき席には、セイントが座る。
静かに目を閉じ、思案中なのか、青年は鼻から息を吸い込み、吐き出す。
数秒後、閉じられていた目蓋が開いた。
形の良い眉がスイと上がり、近くの配下をみる。
本部の構成員にも似ているが、着ている衣服は、どのかの防衛隊とでも云わんばかりのデザインであった。
「……いま、十時間位経ったかな?」
問われた配下は、バッと壁の時計の見た。
「は! 現在、9時間と56分が経過しております! 残りは61時間と4分程かと」
報告に対し、青年は深い苦悩の溜め息を吐いた。
「一応確認するんだけど、どうかな?」
セイントの問いに、配下の顔は芳しいモノではない。
寧ろ、酷く残念そうな色すら在った。
「各地に派遣した者の報告ですと、散発的には事が起こっているのですが……」
「……でも、殆ど効果は出てない。 かな?」
青年の質問に、配下は静かに頷く。
ソレを見て、青年はやはりとばかりに息を吐いた。
「まぁ、知ってたさ。 今更、ちょっと誰かに云われたからって、急に世の中が良くなる訳もないよ」
憂う様な声に、配下が「お察し致します」と声を漏らした。
セイントは首を横へ軽く振り、椅子から立ち上がった。
「良いさ、君のせいでもないし、此処に居る皆のせいでもないよ。 寧ろ、皆は一生懸命に戦ってくれた」
ふと、セイントの脳裏には過去の栄光の日々が思い出される。
無力な人達の為に、ただがむしゃらに戦った過去。
が、それはただの思い出に過ぎない。
「どうしたら良いんだろうねぇ? どうしたら、世の中良くなるのかな?」
心底うんざりというセイントの声。
悔やむ青年に、配下は唇を強く結ぶ。
「貴方は、一生懸命に戦ってくれました。 ですが……」
苦悩を滲ませる配下の声に、青年は苦く笑った。
「まぁ、仕方のないこと。 それは分かるんだよ。 人間が意地汚いのも、金にガメツいのも、他人なんてどうでも良いのもね。 だってほら、蚊やゴキブリ、虫達だって別に他人の事なんか考えてない。 だから、別に直せとも云わないよ。 云われて治る様なら、とっくに世の中良くなってるだろうし」
セイントは、良に地球救済作戦を唱えた本人である。
が、その声には、まだ躊躇が残っていた。
元々正義の味方を自負していた者からすれば、自分の勝手で世界を壊そうとするのは辛い。
何せ、以前は命懸けで護る為に戦っていたのだから。
迷いを捨てきれない青年に、配下が一歩寄った。
「貴方には、深く感謝をしています」
「人を裁くのは、宇宙人じゃなく、人がやる。 わかっているよ。 それなら、此方は手が出せないからね」
そう言うと、セイントは座っていた椅子に戻り腰を落とした。
「たぶんだけど、時間が来ても、なんにも変わらないと思うよ? それでも、やるのかい? 皆も、元は地球防衛隊だろ?」
人よりも遥かに長命な者であれば、歴史の幾つかを垣間見る事も出来る。
故に、セイントは持論を語る。
彼にしても、長く生きる中で何度も星が滅びるのを見ていた。
そんな声に、船の操縦士達も全員が立つ。
船の揺れなど無視して、バッと姿勢を正すと、セイントに敬礼を贈る。
同時に、青年の副官たる配下も、敬礼をした。
「貴方には、心の其処から感謝をしています。 だからこそ、今回の作戦は! 他ならぬ我々の手で行います!」
副官の声に、青年は目を閉じる。
星の外部からの干渉ならば、介入する事もある。
必要ならば、大型の怪獣とも戦うだろう。
が、内部の事に関して言えば、星の住人が責任を負うべきだと考えていた。
つまり、事を起こそうとしているのは青年ではない。
彼の配下達である。
「……わかってる。 ただ、見守るよ」
青年の苦悩を乗せたまま、船は何処かへと向かっていた。
*
何の進展も無く、数時間が過ぎてしまう。
三人掛かりで探すのだが、街一つだけでも容易な事ではない。
既に、日は落ちていた。
なんとかセイントの足取りを追おうとする良だが、手掛かり一つ無い。
そもそも、名前も何もわからない何処かの誰かを探す。
それは、もはや無理難題の類であった。
「あー、くそう、あの野郎……何処にいんだよ」
制限時間が過ぎる中、良は思わず弱音を漏らす。
とにかくあちらこちらを探したが、成果など皆無だ。
そんな良の横では、博士と愛が疲れたのか息を吐く。
生身の二人には長時間の捜索は辛いモノがあった。
「まぁ、とりあえず、まだ時間は在るんだしぃ」
「とりあえず、休憩しましょ」
ベンチに身体を預けつつ、脚をパタパタと振る愛。
対して、疲れたのか博士は肩を落とす。
そんな二人の事を思う良は、財布の中身を確認した。
「時は金成り、地獄の佐多まで金次第ってな」
ぼそりとそう言う良だが、勿論ソレには理由が在る。
元々学生である川村愛はスカンピンであり、博士にしても、組織を抜け出したという事から持ち合わせが無い。
つまりは、必然的に無一文の二人に代わり、あれやこれやを良が出資していた。
首領であった時ですら、ろくに給料などは貰っていない。
然も、元々発給の良にとっては、此処最近の出費は決して楽なモノではなかった。
昼間の代金もまた、良にとっては大盤振る舞いである。
世界の危機もそうだが、自分の金銭的な危機も危うかった。
「俺さ、ちょっとコンビニに行ってくるけど、なんか欲しいもん在る?」
良の声に、愛と博士の頭がヒョイと動いた。
「あ! じゃあコーラで!」
「私は、ミルクティを……」
全く遠慮の無い愛と、遠慮がちだが要求する博士。
そんな二人のおねだりに、良は苦く笑った。
「あいよー、ちょっと行ってくるけど、待っててな」
二人から離れて、良は独り近くの店へと向かった。
*
「いらっしゃいませー」
店員さんの挨拶を受けつつ、良は店の自動預け払い機へ向かう。
重なった出費のせいで、既に財布は空に近い。
銀行のカードを機械へ預けつつ、フゥと息を吐いた。
「二人の前じゃ言えないけどさぁ、結構しんどいのよねぇ」
そうは云うが、何とか見栄を張り二人に夕食を用意してやるべく、良は機械の画面へ目を向ける。
「うん?」
画面に映し出された残高の数字を見るなり、良の鼻が唸った。
自身の記憶に間違いが無ければ、残高は六桁程の筈だ。
が、見える数字は、良の記憶とは異なっていた。
単純に【1000610032】と表示される。
「はぁ? 何コレ?」
機械は嘘を付かないとは云う。
が、見える数字は良にとっては嘘としか思えない。
「あー、お客さん? どうかしましたー?」
思わず声を漏らした良に、店員からは声が掛かっていた。
とりあえず深呼吸した良は愛想笑いを顔に浮かべる。
「す、すんません、ちょっと押し間違えちゃって……あはは」
在る意味、良は怪しいだろう。
例えるならば、他人のカードを用いて勝手に貯金を引き出すという事に近い。
事実、良は自分の講座の数字を見ても、信じられなかったのだから。
「あれ? 俺……宝くじでも当たったっけ?」
小声でそう言う良ではあるが、そんな記憶は無い。
ましてや、何処かの銀行を襲った、という記憶も無かった。
何がどうして自分の口座に有り得ない額の金が在るのか。
ともかくも、確認の意味を込めて限度額一杯を打ち込む。
すると、機械は良の指示に従った。
『ご利用、ありがとうございます! 取り忘れにご注意ください!』
そんな音声と共に、現金が出される。
出された紙幣を良が受け取ると、機械からは紙が吐き出された。
内容に関して言えば、出した分と残りを現すモノである。
ソレには、キッチリと残りの残高が記されていた。
「うっそだろう? マジかよ?」
確認の意味を込めて紙を見る良だが、数字は嘘を言わない。
良がおろした分を除いて、残高の数字はそのままであった。
*
「ほいよ」
コンビニエンスストアから帰るなり、良は飲み物を二人へ差し出す。
「ありがとうございまーす」「すみません」
礼と詫び。 ソレが、愛と博士の性格の違いを示していた。
川村愛に関しては、良く言えば快活だが、悪く言えば奔放。
博士に関しては、良く言えば穏やかだが、悪く言えば自主性に欠けていた。
「あー、ところでお嬢さん達?」
水と油の様な二人に、良は軽く笑う。
それは、懐が暖まったという余裕も含まれていた。
「お腹空かないか?」
良の問いに、博士の腹がグゥと成る。
恥ずかしそうに慌てて抑えるが、鳴ってしまったモノは隠せない。
「あー! 私空いてますよ!」
博士の腹の虫を誤魔化すべく、愛が声を多めに出す。
反応は様々だが、答えとしては分かり易い。
「はいはい、じゃあ、ちょっと行こうか?」
余裕の在る良のお誘いに、愛と博士は揃って首を傾げていた。
「あー、でも……」
昼まで集って置いて、さらに夜までともなると、流石の愛も遠慮がちだ。
が、良は動じていない。
「まぁまぁまぁ、良いから、な?」
良はそう言うと、二人へ両手を差し出す。
出された手を、愛はキッチリと、博士は恐る恐る取っていた。




