驚愕! 地球救済作戦! その9
少女があっという間にランチ一つを片付けるのを、良はホゥと息を漏らす。
そんな息は、愛にも届いていた。
「んー? なんです?」
「あいや、よく食べるなぁってさ」
良が苦く笑いながらそう言うと、愛の眉が寄った。
少女の鼻が、ムゥと唸る。
「若いから代謝がいいんですぅ、篠原さんも食べれば良いじゃない……」
思わず口を滑らせた少女は、慌てて手で口を塞いでいた。
自分何を云ってしまったのかを悟る
「……あの、ごめんなさい」
「良いって、別に気にしなくて」
改造人間である良にすれば、食事は不要なモノだ。
一応、ちびりちびりとコーヒーの味を確かめはする。
が、それにも実は意味が無い。 味は分かるが、それだけだった。
手をヒラヒラとさせると、良は空いた皿の代わりに他の料理が乗る皿を少女の方へと押す。
「ほらほら、冷めちゃうからさ」
「でも……」
「良いから、ほれ」
自分が食べる事も出来なくはない。
しかしながら、それは良にとっては意味のない事だ。
それでは、食材に成った者へ失礼である。
どうせなら、少女の血や肉に成った方が有意義とすら思う。
「えと、じゃあ」
困った様にはにかむ愛が、差し出される皿に手を伸ばす。
細い指が届くかどうかという時、店内にガチャンと音が響いた。
「お?」「なに?」
良と愛を含めた店内の目が、音の方へ向かう。
其処では、数人の男女が居た。
*
音を立てたであろうは、立ち上がった男性。
よくよく見れば、テーブルに飲み物が零れて居た。
「ふざけるな! 慰謝料なんて要らん! 俺は、お前達に死ねと云ってるんだ!」
大声を張り上げる男性の隣では、女性が頷く。
そんな二人に対して、対面側に座るのは、同じ年頃の男女である。
何があったのかは一見ではわからないが、怒鳴られる二人の顔色は決して良いものではない。
「お前らみたいな恥知らずのせいで! 何が起こるか! お前ら責任取れるのか!?」
罵声を浴びせる男性は、周りなど気にせず怒鳴る。
「あの動画を見たか? 見てないのか? どっちでも良い! 奴は云ってたぞ! お前らみたいなのを吊せとな! どうするんだ!?」
言葉から察するに、男性がセイントの流した動画を見た一人らしい。
罵声が止めば、店内は静まり返ってしまう。
誰もが、事を見ていた。
「…だ、だから、慰謝料はお支払い致しますので」
座ったまま、絞り出されるそんな声に、立っている男性はダンとテーブルを叩いた。
「人の云うことを聴いてないのか? あぁ? 結婚してる癖に他人に手を出す様なクズは、耳も腐ってるってのか? あ!?」
言葉から、段々と四人の都合が見えてくる。
怒鳴る側はどうやら、自分の伴侶に不貞をされた側なのだろう。
事実、立っている男性の隣の女性も、対面の二人を憎しみを込めた目で見ていた。
「ほら! コレで死ねよ!」
そう叫ぶと、男性は店のステーキナイフとフォークを二人の前に叩き付けた。
食事用のカトラリーなどは、とてもではないが切れる代物ではない。
男の大声に、店員が駆け寄る。
「あの、お客様。 他のお客様の御迷惑に成りますので」
何とか荒ぶる男を止めようとする店員。
そんな仲裁の声に、男性は合い向かいの二人を指差した。
「なぁ、あんた。 インターネットで流れた動画見たか?」
「え? あぁ、はい」
男性の声に、店員は口ごもる。
「だったら知ってる筈だ! こんな不倫する様なクズをほっといたらどうなる!? あんな化け物が出たら、あんたどうすんだ!? あんたは家族は?」
「いえ、あー、まぁ、一応は妻と子供が……」
店員の声を聴いて、男性は二人を睨む。
「何ボケッとしてんだ!? あぁ!? ほら! 今すぐ電柱で首吊って死ねよ! おまえ等のせいでこの店員さんの家族が犠牲になったらどうするんだ!?」
店内の目が、一斉に不貞をしたであろう側を見た。
周りの視線にも気付いたのか、益々座る男女の旗色は良くはない。
針のむしろにでもされた様に感じているのか、二人は萎縮していた。
*
怒鳴り声はともかくも、良は目を細める。
セイントの流した動画は、良が思う以上に効果を発揮し始めていた。
「マズいですよ、篠原さん」
「あぁ、不味いな」
「ど、どうしましょ?」
魔法少女である愛にとってみれば、男性を鎮圧する事は容易い。
が、それで事態が収まる保証も無い。
「川村さん」
「え? はい」
「ちょっと行ってくるわ」
「は? あ、ちょ! 篠原さん!?」
愛の止めを振り切り、良は店の中を進む。
以前ならば、他人のいざこざに関わろうとは思えなかった。
が、改造人間に成り、幾度かの戦いを経ている。
それが、良の自信と成っていた。
騒ぎのド真ん中へと、良が割り込む。
「あ、あのお客様?」
急な乱入に、店員は声を漏らすが、良は「ちょっとすんません」と横を抜ける。
「な、あんた」
「え? なんですか?」
急に割って入って来られたからか、男性は焦り、座っている男女二人は良を見た。
「そんなに騒いだってさ、仕方ないだろ?」
とりあえず、騒ぎを収めようとする良。
だが、男性からすれば良が邪魔である。
「仕方ない? 何がですか! 不倫する様な馬鹿は死んでも良いでしょ!?」
男性の怒りは、良にもわからないでもない。
もしも、良が誰かと付き合い、恋した筈なのに、その人が他人と何かをしたらどう悔やむのか。
悲しみのあまりに、泣くのか、悔しさのあまり、憤るのか。
男性が怒っている理由を、良は感じ取る。
「俺も、一応は動画見ましたよ? でも、仮にこの人達殺しても、何も為らないかも知れないじゃないっすか?」
良が止めんとするも、男性は首を横へ振った。
「いいや! 金なんかよりもずーっと良いね! 馬鹿な裏切り者が惨めに死体を晒してくれた方が、俺は良いよ!」
無限に湧き出す恨みは、何よりも強いのだろう。
言葉では、怒りを止めるのは難しい。
無論、改造人間として力を振るえば、止める事は出来る。
しかしながら、それは、この場を無理に収めるだけだ。
それは何の解決にも成らない。
「んなこと言ってもさ、一応……奥さんなんでしょ?」
「そんな事はわかってる! だから辛いんだ! 他人にそれが分かるか!?」
男性の訴えに、良は【わかる】とは言えなかった。
相手の心情を察しようとする事は出来るが、所詮ソレは、何処かの家の火事を外から眺めている様なモノであり、当事者の気持ちを完全に理解する事は不可能である。
「いや、それでも……」
「もういい!」
止めようとする事は、時に逆の効果を産む。
火事に水を注げば、時には水蒸気爆発を起こすことも在る。
良かれと思ってやったとしても、良の行動は思惑とは違う効果を示していた。
男性は良から憎い相手へと目を向ける。
血走る目が、テーブルの上のフォークを見つけるなり、それを掴んだ。
「どうせなら、俺がやってやる!」
逆上した男性は、元伴侶に鉄槌を下すべく、テーブルに乗っていた。
店内にキャアと悲鳴が上がる。
が、男性が振り下ろす筈の手は、良が止めていた。
「んが、なん!?」
並みの人間では有り得ない膂力に、男性は唸る。
そんな男性を捕まえながらも、良は座る二人へ目を向ける。
「サッサと失せろ。 殺されたいか?」
ドスの利いた良の声に、二人の男女が慌てて逃げ出す。
バタバタと慌ただしい動きを見送ってから、良はソッと男性を放した。
敵を見失った男性は、力無く座る。
数秒間は、呆けて居たが、直ぐに良へ恨めしい視線を向けた。
「どうしてなんですか? なんで、なんで邪魔なんてするんです」
この世の果てまでも呪う様な声に、良は、唇を噛む。
一応、殺人事件は起こる前に止めた。
だが、だからといって恨みは消える訳ではない。
「あんたが人殺しに成ったって、誰も救われねーよ。 あんたが刑務所に入るだけだろ」
良は、男性にそう言う。
云われた男性は、悔しげな顔を浮かべていた。
「じゃあ、どうすれば良いんだ!? 裏切られた方は、泣き寝入りしろと?」
無論、夫婦間の場合、有責者にたいして金銭を要求は出来る。
が、金銭では心痛みは消えるモノではない。
「余計なお世話だよ……ちきしょう。 豚箱に入ったって、復讐した方が全然良いだろうが」
消えない後悔の声に、良の口にも苦味にも似たモノが走った。
組織を抜ける前、新人の構成員からも云われている。
人助けは嫌だ、と。
悔やむ男性の隣で、女性が震える肩に手を添える。
そして同じく、良の肩にも、細い手が乗った。
「お、川村さん」
「篠原さん、戻りましょう」
愛の声に、良は黙って従う。
自分の席へと戻る際、良はチラリと後ろを見た。
俯き震える男性を、慰める様に声を掛ける女性。
聴く気になれば、それは聴くことは出来るが、良はそうはしなかった。
*
「あー、参ったね」
食事を速めに済ませて、店を出る良と愛。
「やーでも、篠原さん、危うい所を止めたじゃないですか」
愛は良を誉めるが、正直な所、嬉しさは半減する。
「うーん……止めたけどさぁ」
とりあえず、殺人事件は止めた。
しかしながら、それは騒ぎの一つに無理に介入したに過ぎない。
良がしたのは解決ではなく、ただの一時しのぎにでしかない。
「と、とにかく! 宇宙人を捜します?」
「え? どうやって?」
良の質問に、愛が答えるよりも速く、バタバタと音を立ててマシンが一台止まった。
そのマシンは、良のモノに似ているが、違いもある。
光輪のカバーには、50以上を示す三角が印されていた。
「しゅりょ、良さん! 見つけましたよ!」
そう言うのは、マシンに跨がる博士である。
「誰?」
急に現れた博士と少女は面識が無い。
問われた博士は、愛にフフンと笑いつつも、良を見た。
「へ? 博士、なんで此処に?」
「実は、私も抜けて来ました!」
「はい?」
「だって、ほら、いざという時に、メンテ出来る人間居ないと困りません?」
博士の声に、良はポカーンとしつつも、あぁと声を漏らした。
「………まぁ、そう、ですね」
「とにかく! 後ろ乗ってください!」
「え?」
「大丈夫です! コレ、二人乗りオッケイに改造してありますから!」
自信たっぷりに微笑む博士を、愛は睨む。
これから良とあっちこっち行こうかと考えていた少女からすれば、急な博士の出現は想定外であった。
「あのさ、私達、用が在るんですけどぉ?」
「どちら様かは知りませんけどね、わ た しも、用が在るんですよぉ?」
睨み合う魔法少女と博士。
そんなの二人に、良はと言えば首を傾げ、ウーンと唸っていた。




