驚愕! 地球救済作戦! その2
女幹部から渡されたのは【所謂募集広告】である。
あまり大きくない紙の内容は、その辺のソレと大差は無い。
【悪の組織にて、改造人間に成りたい人を募集しています!】
【未経験者大歓迎! 先輩が優しく指導致します!】
【アットホームな職場です!】
【老いも若きも活躍中! 女性も大歓迎!】
【残業代保証! 週休2日制! (休日出勤在り)】
【来たれ! 明日の大幹部!】
他の細かい部分に関してはどうという事もない。
ただ、良からすると唸る内容である。
内心では【がっつりブラックじゃねぇのか?】とすら感じている。
広告を読み終えた良が、ちらりと視線を上げれば、其処には腰に手を当てフフンと笑う女幹部が居た。
「コレ……もしかしたら、アナスタシアさんが?」
恐る恐る尋ねると、アナスタシアの鼻がピクリと動いた。
「勿論ですとも! 最近、ウチの組織も色々在りましたから。 そこでまぁ、こうして私が考案しました!」
自信満々といった彼女に、良はタハハと苦く笑う。
どう見ても胡散臭い内容なのだが、それを考えた本人に【マズいだろ?】とは言えなかった。
然も、仮に警察がこの広告を見ても、悪戯にしか見えなくもない。
わざわざサイレンを鳴らして押し寄せてくるのは想像が出来なかった。
然も何より、自分の時の様に強制的ではない事も改善点と言える。
「あー、でも、なんでまた?」
良からすると、改造人間を増やすべきか疑問である。
果たして、自分と同じ境遇の者を増やして良いのか。
不安げな良に、アナスタシアは腕を組んだ。
「何でと申されましても。 首領の計画を実現させる為ですよ?」
「え? 俺?」
たじろぐ良に、幹部は頷く。
「そうですとも!今のところ、怪人が不足しておりますので」
フゥと悩ましい息を吐くアナスタシア。
部下に対して、良はまだ半信半疑である。
「なるほど。 で、俺は、何をするんです?」
とりあえずと、自分が呼ばれた理由を尋ねる。
篠原良は既に改造人間であり、今更改造されに来た訳でもない。
そんな良の声に、アナスタシアが首を傾げた。
「そんなの、決まってるじゃないですか! 面接ですよ!」
「ほほう、俺の?」
なんとなく自分を指差す良に、女幹部の頭ががガクンと落ちた。
程なく、深く長いため息が漏れ出す。
「違いますぅ……首領は、首領として面接をして貰いますよ?」
「……あぁ、なるほどぉ」
ようやく、自分が呼ばれた理由が分かった良だが、まだ納得しては居ない。
「え、でも、来るんですかね? なんて云うか、人が」
まさか自分から悪の組織に入りたいと願う人間が居るのか疑問に思う良だが、アナスタシアは頷いた。
「えぇ、もう結構な数の確認が来てますよ?」
「……えぇ」
信じられないという良。
「と に か く! そんな格好じゃ私が困りますので! 此方へ!」
呆ける首領捕まえると、女幹部は意外な力で良を奥へと引っ張っていった。
*
建物の奥には、急拵えの衣装部屋が用意された居た。
どうやら、組織がこのビルを借りたのだろうという事は分かる。
そして、良は何とも言えない気分を味わっていた。
ハイ、とアナスタシアが渡して来たのは、いつぞやの布である。
てっきりブランドモノの背広なりを貸して貰えるのかと期待した良だが、現実はそう甘くはなかった。
「あのさ、俺……またコレ着るの?」
正直な所、良は【首領の衣装】が好きではない。
その理由は幾つか在る。
先ず第一に、見た目に宜しくない。
如何にも安っぽく、間違えば胡散臭いお化けだろう。
第二に、以前にも知人の少女からそのままにブー垂れられている。
衣装に文句を垂れる良に、女幹部もとい女上司はビシッとポーズを決めた。
肩幅に足を開き、片腕をキッチリ90度に構える。
「何を仰るんですか!! 貴方は組織の長なのですよ!?」
ビシッと良を指差すアナスタシア。
しかしながら、彼女はいつもの格好ではない。
理不尽にも感じられるが、良はうーんと唸るだけであった。
「…………で、いつからやるんです? 面接は」
「勿論、今からですが?」
「今から? 夜ですよ?」
「それがどうかされました?」
自信たっぷりなアナスタシアに、益々良の鼻が唸っていた。
*
時が経ち、場所は変わる。
其処は、組織が用意した面接会場。
広い割には家具は驚く程に少ない。
首領と女幹部が腰掛ける椅子に、少しボロい長机。
そして、対面側に用意された面接用のパイプ椅子。
実質的には四つである。
そんな中、部屋のド真ん中には、首領が座っていた。
勿論、横では資料片手の女幹部が腕時計を確認する。
「ほらほらほら、そろそろですよ、首領?」
『あー、うむ』
事前に首領らしくしろとキツく云われていた。
とりあえず、机に肘を着いて、腕を組んでみる。
本人の気持ちはどうであれ、良は一応は首領らしく見えた。
とは言っても、内心では【なんで俺が?】と思う。
ハッキリ言えば、アナスタシアの思惑がどうであれ、改造人間など増やすべきではないと良は感じていた。
そんな良の耳に、コンコンという音が響いてしまう。
ハッと成る良だが、言葉に詰まる。
アナスタシアがツンツンと肘で突っついても、反応は鈍い。
押し黙る首領に代わって、女幹部が「どうぞ」と声を掛けていた。
「……失礼します」
ドアを開けながら、入って来たのは、中高年の男性だった。
背広を纏い、ビジネスバッグを携帯している。
端から見れば、疲れた中年男性であった。
衣服を見れば分かるが、とても悪の組織に向いているとは思えない。
が、この場に来た以上、男も分かっているのだろう。
男は、怪しい良を見ても笑わない。
それどころか、切羽詰まった感すら在る。
「宜しくお願いします」
「では、お座りください」
アナスタシアの声に、男はぺこりと頭を下げると、用意されていたパイプ椅子に腰を下ろした。
疲れは見えるが、目は異様にぎらつく。
数秒間、良が何も云わないからか、アナスタシアがフゥと息を吐いた。
「先ず、この面接にきた訳をお聞かせ願いますか?」
質問された男は、力無く俯いた。
「私は、近くの会社で営業をしております」
吐き出される声は、決して面接用のハキハキとしたモノではない。
寧ろ、澱みから汲み取ったドブ水の様な何かが混じっていた。
「今まで、私なりに一生懸命に頑張りました。 ですが、昇進は無く、自宅に帰っても妻子も冷たく、私は何のために生きたのでしょう。 金の出ないATMや、臭いオヤジだと罵られ、もう、限界なんです」
そう言うと、男は顔を上げる。
其処には、必死に藁にも縋ろうとする意志が見えていた。
「お願いです! 私を、改造してください! 何でもします! 上司や、家族や、誰からも舐められたくないんです! 見返したいんだ! 何をしても努力が足りないと云いやがる! 俺だって頑張ったんだ! あんな馬鹿どもに好きに云われるなんてまっぴらなんだ!」
椅子を倒す勢いで立ち上がった男の声に、良は息を吸い込んだ。
フゥと吐き出される良の息に、男はハッと成っていた。
「す、すみません、声を荒げてしまい…………」
『改造されるという事が、どういうことかわかっていますか?』
静かな首領の声に、男はウッと呻いたが、良は構わず話を続ける。
「え? なんと云いますか………」
改造人間に成る。 男は、その重さを理解していない。
それ故か、良の言葉も重かった。
『人ではなくなるんですよ? 食べる事も、寝ることも無くなり、ただの怪物に成るって事なんですよ?』
良はそう言うと、男と同じ用に立ち上がった。
ガタンと音を立てて、椅子が転がる。
「あ、あの?」
今までの人生に置いて、殴り合いなど少ないであろう。
そんな怖じ気づいた男の前で、良は構えた。
静かに息を吸い込むと、起動の為の動作を行う。
左手を右へ送り出しつつ、弧を描く様に腰へ構え、更に、右腕を左肩の方へと一気に突き出す。
『変……身』
男の目を眩ます程の光が、首領から放たれた。
「うぅ……」
眩しさに、男は思わず手で目を覆う。 それでも視線は背けない。
纏っていた布が剥がれ落ち、中から変身が完了した改造人間が現れた。
『なぁ、あんた。 こんな姿に成りたいのか?』
兜から漏れ出る良の声には、ハッキリと苦渋が混じる。
アナスタシアは、良の急な変身に呆気に取られていたが、男は違った。
最初こそ、改造人間の姿を見て顔には恐怖が在った。
だが、ものの数秒間で顔には歪んだ笑みが浮かぶ。
「す、すごい! ホントに来て良かった! やった!」
そう叫んだ途端に、男はいきなりその場へと土下座を始めてしまう。
「お願いします! お願いします! どうか! 何卒! 私を御社にて採用してください! 改造人間にしてください! 何でもします!」
床に額を擦り付ける程、男の土下座は深い。
それだけでなく、声の全てが絞り出される様に悲痛ですらあった。
男の土下座に、良は焦っていた。
兜が顔を覆っているからこそ、表情は見えない。
だが、確実に顔は驚愕に歪む。
本来なら、怪物としての自分を見せ付ける事で、男の希望を断つ気だった。
化け物として振る舞えば、彼は逃げ出してくれる、と。
しかしながら、実際の結果は真逆である。
変身した良を見た途端、男は喜々として【自分を改造してくれ!】と言う。
それは、良が望んだ答えではなかった。




