絶望! 世界滅亡計画! その6
壮年の話を聞いて、良は在る事に首を傾げた。
「あの、聞いても良いっすか?」
「なんだね?」
「悪い奴は倒したんですよね? でも、国は無くなったと云いましたね? 何故ですか?」
問われた壮年は、ソッと自分の額へ手を伸ばす。
普通の人間では有り得ない角を、ソッと撫でていた。
「確かに、悪徳など領主は死んだ。 その後、戦いに疲れ果てた英雄はようやく帰ってきた訳だ。 妻と子供が眠る街へね。 其処で、何が待っていたと想う?」
「え? いや、そりゃあ、悪い奴が居なくなって、皆が喜ぶ……ですかね?」
良の答えに、壮年は頷いた。
「そうだな。 確かに喜んだろう。 その証拠に、英雄の像まで建てられた程だからな。 おめでとう、貴方が新しい王です、とね。 が、そんなモノが何になる?」
「いや、そう言われても」
「確かに、悪徳な領主は死んだが、果たして、本当に奴は悪だったのか? 奴が死んで、誰もが笑っていた。 何の意味も無く、大勢が犠牲に成ったのに、だ。 誰も報われない。 ただずる賢い奴が生き残っただけだった」
壮年の纏う空気が、僅かに変わる。
傍目には変化は見えなくとも、確実に空気は殺気をはらむ。
「英雄は思ったのさ。 何でこいつらだけが笑ってるんだ、とね。 どうして奴らは笑えるんだろう? 何故死んだ人を悲しまない? 助かったからか? 自分達は何もせず、弱者だからと勝手に戦う事を放棄して、弱いからと身勝手に振る舞う。 そして、いざという時は逃げ出し、高々二人を庇いもせず、匿いもしなかったんだ。 自分が生きる為にね」
明確な怒りに、壮年は異名通りの風格を現していた。
近寄る者は、誰であれ殺しかねない程の強い殺気。
「それで、もう英雄は我慢が出来なく成ってしまったんだよ。 こんな傲慢な連中の為に、妻や子供は死に、仲間も敵も、無意味に大勢が死んだのか、とね。 何もせず、何も考えず、ただ生きてるだけの奴等だけが、のうのうと生きていた。 許せなかったよ」
「あの、もしかしたら……」
戸惑う良に、壮年は頷く。
「そうだ。 その英雄はな、人の為に、なんてのが馬鹿らしく成ってな。 先ずは見える人間を全員殺した。 其処からは、次々と人々を殺し始めた。 笑ってた奴は全てな。 時には女を犯し、子供ですら平然と撃ち殺したんだよ。 何も考えず、とにかく暴れ回った。 二度と笑えなくしてやりたくなったんだ」
ふと、良は気付いた。 壮年からは殺気が消えているのだ。
「そして、いつしか気付いたら国が無くなってた、と云うわけさ。 何がしたかったのかと云われたら、ほんの少しで良いから、悲しんで欲しかったのかもな。 意味の無い戦いに」
昔話を終えたソードマスター。
大幹部が誰の話をして居たのか、わざわざ問う良ではない。
言葉を鵜呑みにするのであれば、隣で呑気に釣り糸を垂らす老人は、かつては何処かの時代、国で暴虐の限りを尽くした大悪党という事に成る。
が、ポンとその話をされても、良は責める気には成れなかった。
英雄が失った事への苦しみが、壮年の口からは漏れていたからだ。
大切な者を奪われ、全てを呪ったで在ろう慟哭が。
何も言わない良に、壮年が顔を向ける。
「でだ、首領」
「え? あ、はい」
「さっきの質問だが、私なら取り返しに行くね。 どんな犠牲を払おうとも」
そう言うと、壮年は顔を浮きへと戻す。
「皮肉なもんさ。 此処まで堕ちて、ようやく、奴の気持ちが分かったんだからな。 もう、私にはそんな資格は無いからね」
そう言うと、壮年は浮きに集中する。
よく見てみれば、水面の浮きは僅かながらも動いていた。
「あ? 引いてますよ!」
「おっとと!」
良の声に、ソードマスターは釣り竿を引き上げる。
が、針に魚は掛かった居らず、餌だけが消えていた。
空振りの釣果に、壮年は苦く笑う。
「まぁ、こんなモンだろう? でも、首領はどうかな?」
「はい? いや、全然来てませんけど」
「そっちもだが、手伝うのかい?」
世界を破壊する計画を手伝うのか、そう問われ、良は唇を噛んだ。
果たして、高々一人に其処までの価値が在るのだろうか。
だが、同時に悲痛な訴えも忘れては居ない。
「正義の味方なら……たぶん、やるべき事は在るんでしょう。 説得してみたり、力で押し止めたりとか」
そう言うと、良は釣り竿を引き上げ、釣りを止めた。
やるべき事を思い出し、竿をソッと返す。
「では、止めるのかい?」
大幹部の問いに、首領は首を横へと振る。
「いえ、俺は、悪の組織の首領ですから」
聞こえてくる声に、壮年は頷く。
「私も昔は好きにした。 だから、首領も好きにすれば良いさ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる良に、壮年は微笑む。
「不躾ですが、宴会の方、適当に言い訳お願いします。 えーと……」
ソードマスターと呼びそうになるが、本人からそんな名前ではないと云われては居た。
ただ、良は壮年の名前を知らない。
壮年は、針に餌を付け直すと、また糸を垂らす。
「今は、名無しだよ。 そう言う事にしておいてくれないか」
名乗った割には【無名】だという壮年。
何故名乗らないのか、良はなんとなくだが悟る。
もはや、この男は名乗るべき名を棄てたのだろう、と。
嫌がる事を無理に聞き出す必要も無ければ、意味も無い。
「じゃ、また!」
ぺこりと頭を下げてから、良は軽く手を振る壮年から離れた。
基地の入り口近くへ戻るが、宴会へ戻る為ではない。
留めて置いたマシンへ跨がると、ペダルを蹴る。
主の呼び掛けに、素直に応じる専用マシン。
ヘルメットを被ると、良は、隠されている入り口を見た。
本来ならば、首領としてある程度の挨拶をして置きたい。
が、下手にしようモノなら、何が起こるかはわからない以上、巻き込みたくはない。
かつて、壮年がそうだった様に悪を被ると決める。
「世界をぶっ壊す手伝いをしろ……なーんて言える訳ないよな。 すまん、皆」
誰にも聞こえぬ様、詫びる。
そして、良はマシンを発進させた。
*
良が離れてからも、アイアンヘッドは動かなかった。
中身の無い外装が動かないのは勿論だが、その中身である女もだ。
膝を抱えて、ただ待つ。
人ではない身にとって、時間とは長い。
生身の人間には感じ取れないが、時間の感覚が人とは違う。
時には、人には有り得ない程の計算を実行出来るのが機械だ。
が、その分だけ、何も無い時間とは耐え難い程に長い。
それでも、女は待っていた。
既に全ての用意は終えている。
後は、いつ実行するのかという事だけ。
それ故に、女はただ待っていた。 来てくれると信じて。
数えるのも馬鹿らしくなる程の秒数が過ぎた頃。 女は顔を上げる。
傍目には良く整った美女だが、それは外見に過ぎない。
名の通り機械その物の女は、目を介さずとも外の様子を見ることが出来た。
別に彼女が魔女で魔法を使っている訳ではない。
無線にて、外のカメラからの映像を見ている。
だからこそ、誰が来たかも既に知っていた。
「来てくれたのか、首領」
まだ現れても居ないが、女の目には、施設の外にマシンを留める良が見えていた。
能面の様に無表情だった女の顔に、笑みが浮かぶ。
その笑みは、待ちに待った恋人がやっと来てくれたという様である。
チーンと音がして、エレベーターの扉が開く。
カゴの中から現れたのは、組織の首領、良だ。
「待っていたよ」
微笑む女に対して、良は神妙な面持ちだ。
「此処へ来てくれたという事は、返事を聞かせてくれるのか?」
問われた良は、息を吸い込んだ。
「一つだけ、聞かせて欲しい事がある」
「良いとも、答えられる事なら答えよう。 スリーサイズだろうとね」
「それも魅力的だけど、それは良いよ。 それよりも」
息を吐いてから、深く吸い込むと、良は女と目を合わせた。
「諦める。 それは無理か?」
世界を壊す。 それは、簡単な言葉ではある。
だが、それを実行するとなると、とてつもなく重いことだ。
仲間の為に戦う訳ではなく、何かを達成する為の戦いでもない。
ただ【名も知らぬ誰かさん】を一人助けるだけ。
「悪いが、それだけは出来ないよ」
問われた女は、首を横へと振った。
「首領。 貴方には大事な人は居るか?」
「え? まぁ、それなりには」
良にも一応は大事だと思える人は少なくはない。
組織の首領へと収まってから、様々な出逢いが在った。
自分を影から支え、組織を切り盛りするアナスタシア。
身体を直し、尚且つ助言をくれる博士。
顔は知らないが、自分を上司としたってくれる構成員達。
戦いはしたが、お互いに助け合った川村愛とカンナ。
誰かとは限らず、誰もが良にとってみれば大事な人と言える。
「もしも、その人が死んでしまったら、君はどうする? もしも、それをやり直し、助けられるとしたら?」
女の問いに、良は想像していた。
以前の首領に操られて居たならば、良は良でなかっただろう。
心までを改造された人間として、誰を殺そうが、何をしようが、なんとも思わない組織の下僕と成っていた可能性は無くもない。
そんな可能性は今は無く、良は良である。
だからこそ、女が何を問いたいのかは既に知っていた。
「答えは、知ってるんだろ? もしも、断るつもりなら此処まで来なくても良い。 電話で一本、無理で~すって断れば良いんだからさ」
苦く笑う良に、女も微笑む。
「感謝するよ、首領」
「羨ましいなぁ」
ポンと出された声に、女は目を丸くし、首を傾げた。
「何がだい?」
「世界を丸ごとぶっ壊しても、助けたい。 そんなに風に想って貰える誰かさんってのがさ」
良の声に、女は微笑む。
「君にも……いつか見つかるさ」
女の声に、良はフゥと息を吐いた。




