絶望! 世界滅亡計画! その5
大幹部から呈された計画。
それは、首領である良ですら想像の範疇に無いモノだった。
アイアンヘッドの計画とは、過去へ戻り【何処かの誰か】を助けるというモノだ。
言葉だけを見れば、悪い計画とも思えない。
助けるという点だけを見れば、美談とも言えた。
が、その為に世界丸ごとを一つ犠牲にする。
それは、良にとっては余りに重い話であった。
「えーと? ソレって、今すぐ返事しないと駄目か?」
良の声に、女は首を横へ振る。
「いいや。 旅立つ時間が多少違っても、目標地点は決まっている。 だから、今すぐでなくても良い」
急に決めろと云われず、良は安堵した。
今すぐに決めろと迫られたならば、断りそうだったからだ。
誰かが数人という規模ではなく、世界丸ごと一つとなると余りに重い。
「悪い、少し……考える時間が欲しい。 そんな簡単にはいやりますなんて言えないよ」
良がそう頼むと、女も頷く。
「急かさないよ。 でも、なるべくなら急いで欲しいんだ」
「どうしてだ? 別に、そんなに焦ってもタイムマシンなら時間を取り戻せるだろ?」
良がそう言うと、女は良の衣服を強く掴む。
人形の様な顔が悲痛なモノへと変わる。
「君には、わかって貰えないかも知れない! だが、辛いんだ!」
今にも泣き出しそうな女の顔には、良も焦りを隠せなかった。
「一時間は3600秒、1日は86400秒が過ぎる。 それはどんどん過ぎていく! 過ぎれば、それだけあの人が離れていく。 遠くへ行ってしまうんだ! 君にはわからないかも知れないが、とても辛いんだ!」
失った事を悔やむ声は、酷く良を打った。
今までも凄まじい攻撃を浴びた事はある。
しかしながら、今の言葉はどれよりも重く感じていた。
「わ、とにかく、なるべく早く答えるから。 離してくれよ」
苦し紛れではあるが、良がそう答えると、女は手の力を緩めた。
力無く肩を落とし、ジッと良の目を見る。
「……すまない。 待っているよ、首領」
そう言い残すと、女は踵を返し、機械を見る。
細い背中に良は目を向けていたが、居たたまれない気持ちから、その場を離れる事を決めていた。
エレベーターに乗り、良が去る。
それを見ていないが、女はその場にぺたんと座った。
膝を抱え、身体を丸める。
「待っててくれ……今度は失敗しないから」
それは誰に向けての言葉なのかは、女しか知らない。
*
施設から出た良は、帰るべくマシンへと跨がる。
ヘルメットを被り、エンジンを起こすと、施設を一別してから走り出していた。
意気揚々と来たはずなのに、帰り道は重い。
「行きはヨイヨイ帰りは辛いってか? くっそぅ」
ぼそりと呟くと、良はアクセルを強めに引く。
組織の頭脳、博士謹製のマシンは、見た目以上の速さで風を切っていた。
*
来た時よりも、速い時間で基地へと帰り着いた良。
さて、マシンを格納庫へ戻そうかと想うが、其処には先に人が居た。
「あ」
「おや、首領」
格納庫前に居たのは、ブレードタイガー、アイアンヘッドと同じ大幹部。
通称、ソードマスターと呼ばれる壮年であった。
「出掛けたと聞いていたが、もうお帰りかね?」
「え? あ、まぁ」
しどろもどろな良に、壮年は笑う。
「爺には下の宴会はちと辛くてな」
「まだやってるんですか?」
「まぁ、今まで宴会など無かったからな。 アナスタシアも準備にだいぶ時間を掛けたと云う」
フフンと笑う壮年だが、名前の割にはそれほど殺気は無い。
それどころか、ヒョイと釣り竿を差し出してくる。
「首領も宴会を抜け出した口だろう? 良かったら、付き合わないか? 基地の近くには、良い場があるんだ」
幹部の誘いは、今の良にとっては有り難く聞こえた。
正直な所、今はどんちゃん騒ぎをする気分ではない。
「やったこと無いっすけど、じゃあ」
「それは良い、何事も経験だからな」
軽い笑いを残して、幹部と首領はその場を離れた。
*
いざ、釣りを始めた良だが、気まずさが拭えない。
隣で釣り糸を垂らす壮年にしても、話した事は多くはなかった。
「えーと、この辺って、結構釣れるんですか?」
何となく、ただボーッとしているのも難だからか、声を掛けて見る。
問われた壮年は、ウームと唸る。
「どうかな、コレばかりは、魚の気分だろう」
「うーん、そぅっすね」
大幹部と首領とは思えない会話。
傍目には実に平和的だろう。
「ところで、首領」
「え? はい?」
「見た所、顔色が優れないが、出先で何かあったのかね?」
問われた良だが、答えるべきかを迷った。
良の本心を明かせば、相談したくもある。
だが【世界を滅亡させる手伝いを頼まれています】とは言えず、鼻を唸らせる。
唸る良に、壮年はチラリと目を向けた。
「なぁに、もうろくしてる爺だよ。 何かを聴いても、明日には忘れてるかも知らんぞ?」
擽る様な声に、良は唇が緩んでいた。
「言っても、信じて貰えないかも知れないっすけど……もしも、世界を壊す手伝いをしろって言ったら、どうします?」
首領の声に、壮年はチラリと隣を窺った。
だが、当の良は遠くを見ている。 悪巧みをしている様な顔ではなかった。
「ふぅむ、まぁ、何故そうするのか……にも因るか、な」
意外な事に、壮年は理由を問い掛けてくれた。
それを受けて、良は口の滑りが良くなった気がする。
「大切な人を、助ける為……ですかね」
良の声色に、壮年は息を吸い込んだ。
「なるほど……なら、手伝うのも吝かではないな」
「え? そう思います?」
今度は、良がソードマスターの横顔を見る。
が、幹部はやはり遠くを見ていた。
「少し、昔話をしても良いかな?」
問われた事に、良は一瞬戸惑うが、先人の知恵を借りるのも手だと思った。
どの道、まだ決められない自分に手助けが欲しくなる。
「あ、はい。 どうぞ」
掛けられた声に、壮年は口を開いた。
「昔々にな、とある国が在ったんだ。 今は無いんだがね。 其処には、勇者や英雄と呼ばれた者が居たんだよ」
話が始まり、良も目を前へ向ける。
ピクリとも揺れない浮きを見ながら、耳を傾けていた。
「でな、悪い領主なんてのは今も昔も何処にでも居たんだ。 ソレで、育った英雄は、圧制に立ち向かわんと立ち上がった。 それはそれは長々と闘ったよ。 どれくらい殺したのか、数え切れなくなるまでな」
壮年は饒舌に語るが、それは、人伝に聴いたというモノではない。
果たして、誰の事を喋って居るのか、良は問わなかった。
「しかし、そんな事はいつまでも続くモンじゃない。 その内、殺しの日々に飽き飽きしてな、故郷へ逃げ帰ったんだ。 で、其処で其奴は昔馴染みと再会した。 子供の時よりも、ずっと綺麗に成ってたよ」
響く声は、昔話をするという風ではなく、昔を懐かしむ色がある。
「で、どうしたんです?」
なかなか続きが聞けないからか、良は先を促した。
問われた壮年は、フフンと軽く笑う。
「いや、まぁ、その二人は結婚したんだ、平和な日々が始まり、子を設けた。 たぶん、あの時が一番幸せだった時期かも知れない。 だが、そんな日も長くは続かなかった。 ある日、人が英雄を探しに来たんだよ。 皆が頑張ってるのに、呑気で何をやってるんだ、とね」
話を聞く内に、良はその誰かの事を心配してしまう。
「逃げれば、良いじゃないっすか?」
良の声に、壮年は頷く。
「そう、逃げ出したんだ。 だがな、英雄が戦いを止めている内に、相手の勢力はどんどん大きくなって居たんだ。 もう、このままじゃ無理だと言う時、英雄の嫁が諭したんだ。 あなた、もう一度だけ頑張ってみないとね」
先程までの楽しげな顔は消え、壮年の顔には苦さが浮き出す。
「妻に云われた。 古い仲間にも頼まれた。 仕方なく、もう一度だけと決めて、英雄はまた戦いに行った。 が、それがまずかった」
「何か、在ったんすか?」
「云ったろう? 既に、敵の勢力は大きくなっていたと。 今更、一人が増えた所でそうそうは戦況なんて変えられない。 それは知っていたはずなんだ。 それでも戦って、ようやく少しは勝ちを得たと思った時、英雄は帰宅したんだよ。 妻と、子供に甘えようとね」
其処まで云った所で、ソードマスターは黙る。
辛そうな顔は、見えない傷が疼いている様でもあった。
「あの、無理なら、その辺で」
流石に、良も根ほり葉ほり聴こうとも思えず、話を止めようとする。
が、壮年は首を横へとゆったりと振った。
「大丈夫だよ、首領」
息を吸い込み、重苦しく口が開かれた。
「帰ってきたのだけど、街の誰もが、英雄から目を反らしたんだ。 いきなり人望を無くした訳じゃく、合わせる顔がないって所だろう。 其処で、英雄は慌てて家に帰った。 家の中は、真っ赤だったよ」
吐き出されるのは辛さなのだろう。
他人の話をしている風を装っても、壮年の痛みはそのまま消えて居ないのは分かる。
「なんて云えば良いか………」
「気にするな。 ただの昔話さ。 とにかく、英雄は怒ったんだ。 大事な妻と子供を殺されて、一気に火が点いた様にね。 それからは、とにかく殺したのさ、相手が悲鳴を上げようが、命乞いをしようがね。 戦う内に、敵も死んだが味方も死んでいった。 それでも、英雄は敵を最後まで追い詰めたんだ」
良は、息を殺して、話を聴いていた。
「やっと終わる、復讐も果たせる。 そう思ったが、奴は英雄を睨んだよ。 そして、こう云ったんだ、どうしてだ? 私は妻と子供を復活させたいだけなのに、とね」
良の目が開かれるか、壮年は話を止めない。
「後でわかったんだ。 其奴は、ある儀式を用いて、古い魔法を使おうとして居たんだ、とね。 英雄の妻と子供を殺したのは、奴の部下だった。 英雄に散々仲間を殺されて、復讐をしたって訳だ。 ま、結局は奴も死んで、英雄は戦いに意味を無くした、と感じたんだよ」
其処まで話すと、ソードマスターは息を長く吐いた。




