恐怖!悪の軍団! その3
「あんた……」
良にジロリと睨まれた博士は、顔を青くする。
「は、はい! 新首領!」
「俺の事さ、憶えてるよね?」
良が自分の顔を指差し、組織の博士だという少女に確認を取る。
問われた博士だが、彼女からは滝の如く汗が垂れだした。
「……いぇ、私は、別に……はじ、初めまして!」
言葉では否定を示す博士ではある。
まるでファーストフードの店員が如き無理矢理な笑顔。
が、どう見ても動揺は隠せていない。
端から見ていると、猛犬に睨まれた兎の様である。
そんな露骨な態度に、良は息を吐いた。
「はじめましてってさ……俺の改造担当したのあんたじゃないのかよ?」
弱いもの虐めは、良の趣味ではなかった。
改造された恨みは在る。
が、だからと云ってこの場で怒鳴る意味が無い。
既に改造は終わってしまっているのだ。
人間に戻れるのかどうかはとりあえず後に回す。
そもそも、【改造せよ】という指示を出したで在ろう前首領は、既にこの世には居ないのだ。
「……あぁ、まぁ、それはもう良いよ」
ギャアスカと喚いた所で、事態は進展しない。
で在れば、良はサッサと事を進めようする。
「でー、と、はかせ?」
「は、はひ!」
微妙な反応はともかくも、良は自分の手を見る。
「改造されたーって云われてもさ、実感ないんだけど?」
自分が改造された、という事実を、良は実感出来ていない。
しかしながら、何も知らぬでは対応も出来ないのも必然である。
【貴方は今日から改造人間です!】と云われても、わからない。
何か分からない事が在れば、説明書を読んだ方が速い。
それが無いのであれば、作った人に尋ねる他はないだろう。
「じゃあさ、俺って何? もしかしたら」
一旦呼吸を挟む。 正直、云うのには憚りが在った。
「変身とか出来るの?」
改造の件はともかくも、湧いてきたのは興味。
良の質問に、博士はなんとも言えない顔を見せる。
「あ、はい! それは勿論!」
出来る、という事実に、良はハッとなった。
「ほ! マジで? じゃあどうやんの?」
変身が出来る。 それを知った良の気分を高揚させる。
もしかしたら、過去に夢見た自分になれるかも知れない。
声を勇ましく高々と張り上げ、姿を変える。
無辜の民を護るため、人の身を捨てて戦う者達。
男足るもの、一度は憧れる想像だろう。
「そ、それは……」
「それは?」
意気揚々と博士の答えを待つ。
だが、問われた側の顔色は芳しくない。
「えーと……」
「いや、だからさ、どうやるの? なんか、動作とかすんの?」
なかなか求める答えが得られず、良はじれた。
知っているポーズを軽くとって見るが、何も起こらない。
こうなると、益々博士の顔色が悪い。
「じ、実は……」
「うんうん」
「変身の仕方には……首領しか知らなくて」
「は?」
良は、思わず声を漏らす。
博士が漏らした答えを吟味すると【変身の方法】は首領しか知らないのだ。
が、前首領に関しては、既に居ない。
今度は、良の顔色が悪くなる。
「え、ちょっと待ってくれ? もしかしたら、あんた、知らないの?」
人の身体を勝手に改造しておいて、その本人は一番大事な事項を知らない。
その事に、良は戸惑いを隠せなかった。
「すみません……新首領」
詫びを貰った良は、全身から力が抜けていた。
風船の空気が抜けていくが如く、良は椅子に腰をドスンと落としてしまう。
天井を仰ぐと、眼を手で覆った。
「ガバガバな組織だとは思ったけどさぁ……肝心な所までガバガバとかさぁ」
良の苦悩は、当たり前だが周りに見えている。
それを受けてか、女幹部アナスタシアが博士をギロッと睨んだ。
片手をスッと上げると、パチンと指を器用に打ち鳴らす。
「聴いたか!? その者は首領を失望させた! 処刑せよ!」
如何にも物騒に声に、良は其方を窺う。
「ヒィィイイ!? そ、そんな!? お情けを!?」
「ぃやかましぃ!? 弁解は無用だ!」
話の流れをそのまま受け取るのであれば、失敗をした博士は処刑されるという。
ソレを聴いた良は、ふと【アカンやないの】と思う。
慌てて立ち上がると、両手を振った。
「ちょちょちょ! ストップ! スタァップ! 落ち着け! 誰も殺せなんて云ってないだろ!?」
良がそう叫べば、博士は解放され、アナスタシア以下の幹部も跪いた。
「は! 首領! 仰せのままに!」
新しい首領に収まった改造人間篠原良。
悪の組織は、正に前途多難であった。
*
新しい首領に収まったからといって、遊んで居られない。
変身不能だからといっても、良は一応首領なのだ。
そして、新首領である良は悩んでいた。
「なんで俺こんな事してんだろ?」
とりあえずと、前首領が記した悪の計画書を読んでは見た。
が、どれもコレも世界征服を行うのに適切とは言えない。
殆ど全てが、騒ぎを起こす事しか書かれて居なかったのだ。
【ダムを爆破し、下流へと大混乱を引き起こす】
【青森に超巨大クーラーを設置し、関東を冬にしてしまう】
【適当に何人か拉致し、改造を施して民間人を襲わせる】
どの計画も、ただ悪戯に騒ぎを起こそうとして居るだけだった。
ハッキリと言えば、多大なる予算の無駄である。
何かをするというが、其処には何の意図もない。
「なんだコレは? 読んでるだけで頭痛くなりそうだな」
どの計画書にも、やり方は明記されてはいる。
ただ、何の為にそうするのか、それは書いていない。
良からすると、子供の落書きとしか見えなかった。
「参ったな……こんなんじゃ何時まで……何時?」
少し考えれば分かるが、今の時間が何時なのか、今が何日なのか。
よくよく考えれば、問題は山積していた。
新しい組織の目的も重要とは言え、別に重要な事も在る。
「ちょっと……えーと、其処の人」
手近な構成員へと声を掛ける。
当たり前なのか、バシッとポーズを決めていた。
「は! 首領! 何なりと!」
今にも何処へ突撃をしそうな勢いではある。
が、別に新首領にそんなつもりはない。
「悪いだけどさ、今何時? あと、何曜日?」
あれやこれやと意味の無いモノが多いのだが、この組織の基地には時計という大事なモノが無かった。
改造されては居ても、良の身体に時計は内蔵されていないらしい。
首領に問われれば、構成員は答えるのが義務である。
「は! 今は水曜日の未明、午前二時です!」
「あー、そうか、ありがと……ん?」
聞かされた日時を吟味すると、とんでもない時間であった。
「は? すい……曜日? の、朝の二時?」
「はい! そうです首領!」
朝という表現が正しいかはこの際問題ではない。
如何に良が悪の組織の首領に納まったとしても、別に仕事を辞めた訳でもなかった。
「ヤバいヤバいって! ちょっと、俺出掛けるから!」
慌てて椅子から立ち上がる良。
水曜日という事は、とっくに連休は終わり出勤日でもある。
然も、火曜日はまるまる一日が過ぎていた。
良も慌てるが、いきなり組織の長が出掛けると在れば、周りも驚いた。
以前ならば、首領とは顔すら見せず、ただ怪しげな存在でしかない。
構成員にすら、自らの姿を晒すという事も無かった。
そして、不慣れ故か女幹部も慌て出す。
「え、ちょ!? 首領! 何処へ行くんですか!?」
直下の幹部からすると、組織の長の安全を担う立場でもある。
その筈が、その頭がいきなり出掛けると言い出したのだ。
悪の組織にとってみれば、正に前代未聞である。
が、当の首領からすると、会社の無断欠勤の方が問題と言えた。
「どこって……仕事だけど? 無断欠勤とかやべーだろ?」
当たり前だろう。 そういう顔を良はした。
勿論、本人からすれば当たり前なのだが、今の良はただの篠原良ではない。
悪の組織の頭目である首領、改造人間篠原良なのだ。
つまり、その首領が【こうしたい、ああしたい】と言えば、部下に反論は許されない。
【ダメです】などという反論は正に反乱でしかない。
良の声に、女幹部アナスタシアがハッと成る。
「馬鹿者共! 何をしている! 首領が出撃なさるぞ!」
鋭い声に、構成員達が一斉に甲高い返事を返した。
そんな周りの反応に、良も困る。
「参ったな」
組織を見捨てた所で、良にお咎めは無い。
だが、良は後ろ髪を引かれる想いだった。
暫く後、組織の長は何故か基地のド真ん中に在るエレベーターへ。
組織の基地は、地下に在るのだと良は教わる。
つまり、彼自身にとっては帰宅なのだが、組織からすれば正に首領直々に外部へ出撃に他ならない。
「首領! コレを!」
外出か出撃かはともかくも、外へ出る良に向かって構成員が恭しく在るモノを差し出す。
「あ、どうも」
そう言って受け取ったのは、良の私物であった。
財布や家の鍵、スマートフォン等と、特に変わったモノは無い。
「行ってらっしゃいませ! お気を付けて!」
女幹部の号令に合わせて、構成員達が総出で良を見送る。
そんな組織の面々に、良もとりあえず手を振って応えた。
ただ、一人だけ、博士だけは良から隠れる様に見つめていたが、如何に改造人間とは言え、其処までは見えては居なかった。
*
激しい機械音を立てながら、良を乗せたエレベーターは上へと登る。
少し目を凝らせば、電灯ではない光が良の目に映った。
ガコンと音を立てて、エレベーターが止まる。
「……何処だ、此処?」
無事という言葉が正しいから定かではないが、辛くも基地から脱出を果たした良。
が、その眼に映る光景は、見覚えがない。
「おーい……どうせならさ、もっと街中の方が良いのに」
組織の特性上、余り人目に付くのも困るのは理解できる。
だが理解出来ても納得出来る訳ではない。
良がエレベーターから離れると、ガタゴトと音が鳴る。
「お?」
何事かと見てみれば、エレベーターの周りの林が動き出し、あたかも何も無いが如く偽装されていた。
「なんつーかさ、予算の無駄な気がするなぁ…」
首領である良からすれば、エレベーターは全くの意味が無い。
「どうせなら街の中に造っちゃえば良いのに……ま、良いか」
それらの問題も在るが、今は、自分の事に集中する事を決めた良。
まだまだ、組織の長としての自覚は無かった。
スマートフォンの電池はまだ余力が残って居り、それは、良にとっては不幸中の幸いと言える。
ガサガサと藪を抜け出す良。
思い切り息を吸い込み、吐き出す。
「たくよぅ……どうせ改造人間ならナビぐらい付けてくれよな」
自分が改造されたとは言え、まだまだどんな力が在るのか分からない。
今のところ分かっているのは、鎖が千切れる程度でしかなかった。
その他の能力に関しては、全くの未知である。
「よくよく考えれば、博士に聞いときゃ良かったか」
変身の方法が分からないとは言え、博士に尋ねればそれなりに答えは見つかっただろう。
しかしながら、それは後の祭りである。
「おっと……速くしないとマズいな」
文明の利器は、良に今の居場所を教えてくれる。
ただ、自宅までは遠かった。