絶望! 世界滅亡計画!
辛くもブレードタイガーを退け、尚且つ懐柔し、組織の造反者である蜂型改造人間を退けた篠原良。
戦いを終え、負傷部分を直す為に、本部へと帰る。
だが、良の知らぬ所では、新たな悪の計画が既に始まっていた。
*
在る場所に、設置されたであろう建物。
外観は何かの資料館の様に見えなくもない。
人目を気にしてか、其処は街から離れた場所に建てられていた。
施設の奥底、最深部にて佇むのは、大幹部アイアンヘッド。
首領との会合以来、この怪しい幹部は自らの計画の遂行の為、この場を離れていない。
鉄人とも渾名される大幹部の目が見るのは機械である。
欧州に在るモノに似ているが、ソレには独自の改良が為されていた。
大型ハドロン衝突型加速器。
凄まじい予算と、組織の飛び抜けた科学力を駆使し造られた装置。
その加速器が、唸りを上げる。
辺りが振動し、空気迄もが震える。
その中でも、アイアンヘッドは平然と立っていた。
ただ立っているだけでなく、近場の機器を眺める。
『ふぅむ………では、実験を始めよう』
静かに独り言を呟くと、アイアンヘッドは装置に触れた。
手動にて、最後の指示を出す。
鉄人に忠実な機械は、逆らうことなく実験を行っていた。
唸りは強くなり、装置が青白く輝く。
『頼むぞ、成功してくれ』
ぼそりとそう言うアイアンヘッド。
装置は、実験の最終段階へと入る。
輝きが強まり、並の人間では目が眩むほど明るさ。
派手な衝突音と共に、辺りの空気が一瞬震える。
舞っていた埃や資料が、まるで動きを止めた様に落ちた。
程なく、部屋は普通の明るさへと戻る。
そんな中、アイアンヘッドの纏うマントから着信音が鳴り響く。
鉄人と云う見た目の割には、実に恐る恐るといった手付き。
取り出されたのは、些か古い方のスマートフォン。
最新鋭のモノに比べると、型としては旧型だ。
それでも、まだ生きているのか画面が灯る。
【成功】
画面に映し出されたのは、その二文字だけ。
それを見たからか、アイアンヘッドはまるで慈しむ様に微笑む。
『そうか、上手く云ってくれたのか』
満足げに、アイアンヘッドはスマートフォンをマントへしまい込んだ。
その日、施設の上空では怪しい光が確認されたのは云うまでもない。
*
遠くで何かが起こっていたとしても、気付ける場合は多くはない。
事実、本部の地下基地にて治療中の良は、腕の心配をしていた。
「博士、どう、かな?」
何をされているのか見たくないからか、顔を全力で背ける良。
そんな首領の右腕を、組織の頭脳である博士が懸命に直していた。
「どうもこうも……どうやったらこんなに成るんですか?」
破壊不能の装甲を備えた筈なのに、篠原良はボロボロであった。
最初こそ、博士は腕の事ばかりを聞かされて心配したが、いざ首領が帰還してみれば、全身が半壊状態である。
「腕だけじゃありません! 他もボロボロなんですけど」
顕微鏡を用いて、懸命に作業を続ける博士の声に、良は鼻を唸らせる。
「あー、結構撃たれて、なんかすげーの喰らって、後は、あ! 改造人間とちょっとあって」
何が起こったのかをざっくりかつ掻い摘まんで話す。
それを聴いて、博士はフゥと息を吐いていた。
「一言、宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
首領から許可を受けて、博士が息を吸い込む。
「いいですか、首領? 貴方の余り痛みを感じて無いかも知れないのですが、一歩間違えれば死ぬところでしたよ?」
「え、マジで?」
流石に【死ぬ】と云われれば良も黙っては居られない。
そんな無責任な首領に、博士は悲しげな目を向けていた。
博士の目を見た良は、言葉に詰まる。
「確かに、貴方を改造してしまったのは私です。 だからこそ、分かるんです」
そう言うと、博士は良の身体へ指を這わす。
それは性的なモノではなく、説明の為の行動だろう。
「例えば此処、何で穴を開けられたのかは分かりませんが、少しズレれば、機関部を貫通してました」
博士の声に、良は顔を青くする。
「いや、一応ほら、改造人間だし、大丈夫かなぁ……って」
首領として、部下に心配掛けまいと振る舞う。
ただ、専門家である博士には通じていない。
唇をキュッと噛む博士。
「大丈夫じゃないですよ。 ほんとに」
悔しげにそう言うと、博士は作業に戻る。
その仕事を、良はチラリと見てしまった。
端から見れば、精密な手術とも見えなくもない。
が、実際に見える光景はそういった生々しさとは少し違っていた。
裂けた傷から覗く金属や何かの繊維。
そして何よりも、痛みが無いという事実。
首を起こしていた良は、力を抜いて頭を落とした。
どの道、自分では直せる自身も無い。
「助かる、博士」礼を贈る良。
その声に、博士は一瞬手を止める。
「勿体ない御言葉です、首領」
言葉は硬いが、声色は柔らかいモノだった。
暫く後。
包帯が巻かれた腕を見て、良は関心した様にホゥと声を漏らした。
「へぇ、すげーよ、ちゃんとくっついてるんだな」
「そりゃあもう! 組織随一の私ですからね!」
如何にもえっへんといった博士に、良も思わず笑いそうになった。
ただ、同時に苦い思いが胸に過る。
あまり前だが、普通の人間が腕を切断された場合、繋げる事は簡単ではない。
然も、奇跡的に繋ぐ事が出来た所で、元通りになる保証も無かった。
更には、動くためのリハビリが要る。
そんな長い時間を経ずとも、良の右腕は動いていた。
異常でありながら、それが正常という矛盾。
そう考えた所で、良はふと片付けを行う博士へ目を向けた。
「なぁ、博士」
「はい? なんです?」
「俺ってさ……何処まで俺なんだ?」
ポンと投げかけられた声に、博士の手は止まっていた。
器具持ったまま、博士の体は硬直している。
動きを止めた細い背中を、良は見た。
「あー、博士?」
何か不味い事を聞いてしまったのかと、良は焦る。
同時に、首領の質問に博士も焦っていた。
生身の人間を改造人間にするに当たり、厳密に必要なのは脳味噌だけだ。
生身にある程度の改造を施す場合もある。
骨格を入れ替え、内臓を機械へ置き換える。
思い返して見れば、それは非道などという言葉では片付かない罪だ。
何の関係もない者をさらい、組織の為に改造を施す。
その事に、以前の博士は何の疑問も抱かなかった。
天才でありながら、それ故に疎まれ、捨てられたら彼女。
化け物並み頭脳を欲し、彼女を受け入れたのは悪の組織であった。
それ以来、彼女は首領に操られる人形と化していた。
疑問を抱かず、好き勝手にやりたいことを出来る。
が、そんな博士を操った首領は居ない。
今の首領は、博士にとっては優し過ぎた。
以前ならば、欲しても得られず、唾棄された筈が、心配そうな声を掛けてくれる。
そんな人間を、怪物へと変えてしまった負い目が、博士の動きを縛っていた。
「すみません……首領」
既に人間ではない良に、博士はただ謝る。
謝った所で、良を元の篠原良へは戻す事が出来ない事は博士が一番分かっていた。
暗い声に、良はフゥと息を吹く。
別に責めるつもりで尋ねたた訳ではない。 ただ知りたかっただけなのだ。
「ま、良いさ」
軽い調子の良に、博士は持っていた器具を放り出し、振り向いた。
「どうしてですか?」
いきなりの声に、良は「おっ?」と唸る。
「怒らないんですか?」
何故、篠原良という首領は自分を責め苛まないのか、博士は理解が出来ない。
普通ならば、怒り狂う者もいた。
事実、良が倒した蜂型改造人間の青年も、その一人である。
幼い子供の様に、ジーッと見てくる目に、良は軽く笑って見せた。
「前にもさ、ソレ聞いてきたよな?」
問われた博士が首を大きく縦に振った。
ソレを受けて、良は博士が繋いでくれた手で頬を掻いてみせる。
「なんて云うか、お人好しなんだろうね。 ほら、云うだろ? 悪を憎んでも、人を憎まずって……まぁ、そんな所かな」
以前の首領を知っている者達からすれば、今の首領である良は呆気に取られるだろう。
事実、博士は取られていた。
キュッと唇を結び、博士は良に何を云うべきか迷う。
改造を詫びるべきか、許しへの礼か。
そんな中、二人の身体が揺れた。
「お? 地震か?」
「わ、あわわ!?」
地下基地にも伝わる揺れ。 灯りが揺れ、埃が舞う。
良は焦り、博士は慌ててしゃがみ込み、頭を庇う。
そんな二人の場所へ、駆け込む影が在った。
「首領!」「おわ、ちょ!?」
「博士!」「ひいぃ!?」
揺れは、程なく収まる。
「収まったの?」
フゥと安堵する博士を庇うのは、女幹部アナスタシア。
ただ、その彼女の目は、博士に向いていない。
アナスタシアの目線を博士もおう。
其処には、博士が想像すらした事もない光景が在った。
手術台に寝かされる良を庇う様に覆い被さり、尚且つ胸に頭を抱く虎女。
「御無事ですか、首領?」
警戒を怠る事も無いが、同時に慈しむ様な声。
「は、はい。 大丈夫ですよ」
焦る良に、ブレードタイガーと恐れられる女幹部は悩ましい息を吐いた。
「良かった……心配致して居りましたので」
「ホントに、大丈夫だよ? カンナさん? えーと、放してくれるかな?」
「嫌です」
「えぇ…………」
以前に負けたという事実が在るからか、虎女は誰にも見せたことのない姿を平然と現す。
「前にも云いましたが、あたしは自分よりも弱い奴に従うつもりは無いです」
「あ、はい」
「だから、あたしは貴方を護りますから」
首領に対して、いきなり絶対の忠誠を尽くす虎女。
その事には、首領は勿論、女幹部も博士も呆けていた。




