戦慄!虎女! その11
後から良の増援として現れた二人。
一人は魔法少女という摩訶不思議な存在であり、ハッキリ言えば改造人間以上に有り得ない存在だろう。
ヘリコプターの放つ銃弾も、ロケット弾も意味を成さない。
パイロットが必死に相手を追い掛け撃つのだが、当たらなかった。
「んもう! しつこーい!」
箒をまるでサーファーかスノーボーダーの様に乗りこなす。
空を自由に駆け回り、時には鋭角に曲がってすら見せる。
それは、通常ならば有り得ない動きだ。
だが、魔法の加護によってか、少女は自由であった。
いつまでも逃げ回らず、好機と見たのか、少女は構える。
「えい! このぉ!!」
戦っているとはとても言えない掛け声と共に、少女が得物を振る。
毒々しい色使いの何かが放たれ、ヘリコプターは操縦が不能に成った。
それを、箒に乗りながら眺める少女。
「あ! やばいかな」
戦っている以上、相手が死ぬという場合も在るだろう。
が、魔法少女はあくまで正義の味方を自負していた。
チラリと、運ばれていく篠原良へと目を向けると、ヘリへ目を戻す。
「仕方ないか……よい、しょ!」
魔法少女が掛け声と共に得物を再び振るう。
操縦不能にされ、後少しで地面という時。
ヘリコプターは得体の知れない泡の様なモノにやんわりと受け止められる。
中身の操縦士は自分を疑うが、傷一つ負っては居なかった。
*
空を自由に飛び回る少女。
対して、もう一人の女性も姿を変えてヘリコプターへと挑む。
最初こそ、ヘリコプターは優勢だと見られた。
女は駆け回りはするが、空を飛んだりはしない。
そんな女を、ヘリが執拗に追う。
通常ならば、戦車にすら勝てる戦闘用ヘリ。
相手が人間程度ならば、専用の武器でも無ければ勝ちは有り得ない。
だが、いざ蓋を開けて見れば、ヘリが女に追い付けない。
虎女の動きは、ソレほどに早く、変則的に動く。
前へ行っていたかと思えば、パッと後ろへ。
右へ向いたと思った途端に左へ。
とてもではないが、ただの歩兵を追うようには行かなかった。
ただ、空に飛ぶヘリコプターである以上、有利には違いない。
が、それは相手が虎女一人の場合だろう。
女には、連れが居た。
青く光る粉を撒きながら、虎女の元へ駆け付ける少女。
「ほら、掴まって!」
声と共に差し出される手。
「……助かる」
助けられるという事に、カンナは慣れていない。
それでも、必要ならばと少女の手を取った。
ヘリコプターにも負けない速度で飛ぶ箒。
信じられない光景に、操縦士達は自身の正気を疑っていた。
様々な作戦に従事し、勝ち生き残って来た。
そんな自信が、ひびの入ったガラスが如く脆くなる。
一瞬とは言え、操縦士は思考を途絶えさせていた。
だが、ガツンと何かがぶつかる衝撃にハッと成る。
見てみれば、操縦士達を護るはずの風防に虎女が張り付いていた。
振り上げられ手が、防弾ガラスを苦もなく突き破る。
中に入れられたら手の先から伸びる刃。
「いい加減にしな。 この場でバラバラになりたい?」
確実に伝わる脅しに、操縦士は震えるしかなかった。
「負けを認める? じゃあ、ゆったり着陸して頂戴」
相手がただの人間ならば、或いは操縦士達も勝ちを信じて抗ったかも知れない。
が、得体の知れない化け物相手に、命を投げ捨てる覚悟は無かった。
残された一機にしても、降伏をせざるを得ない。
逃げを打っても、空飛ぶ箒から逃げられる気がしなかった。
*
派手な戦いをぶりを見守っていた良は、呆気に取られる。
自分の様な泥臭い戦い方とは違い、少女と虎女の戦いは鮮やかの一言であった。
「いいなぁ、俺じゃあんな風にはならねぇからな」
奇跡や魔法に対抗出来るが、逆に言えばそれだけの自分。
良はそう自分を揶揄するのだが、実は逆だった。
本来ならば、篠原良は組織が誇る最新鋭の改造人間である。
速度を捨ててでも、頑強さを増して居る。
勿論、それだけではない。
並みの改造人間では手も足も出ない奇跡を纏う者達。
それに対抗する為に、彼は改造されていた。
本来ならば、組織の先頭に立ち、全ての奇跡や夢を壊す程の存在である。
が、首領が良に命じる前、良が前首領を倒してしまっている。
その事に、良はまだ気付いて居なかった。
「お?」
片手を額に当て、日の光を遮る。
別にそうせずとも遠くは見えるのだが、人としての癖が出ていた。
ヘリコプターを蹴散らし、スタスタと歩いてくる二人の姿。
ホッと安堵したものあり、良は長く息を吐いた。
「お疲れ様で~す」
自分の命の恩人に、とりあえずはと労いを贈る良。
「なんか、今度はこっちが助けて貰ったな、川村さん」
それを受けて、川村愛はフフン鼻を鳴らす。
「まぁ、コレぐらいは朝飯前……って、篠原さん!?」
良の労いに、愛は気取ろうとしたが、直ぐに在ることに気付く。
在るべき腕が無く、それに少女は驚いていた。
「え?」
「手、腕が」
声を震わせる少女に、良は慌てて上着を脱いで片腕を隠した。
剥き出しの中身など、見せられない。
「あ、コレ……大丈夫だからさ」
平静を装う良に、愛は目を伏せた。
篠原良が改造人間である事は知っている。
とは言え、腕を無くすなどはタダで済むとは思えなかった。
対して、虎女の変身を解いたカンナは良の前に跪いた。
「只今戻りました、首領」
部下としての顔を見せるカンナ。
そんな虎女に、良は鼻をウーンと唸らせた。
首領とは呼ばれても、そんな自覚は良には無い。
それこそ、本部でお留守番しているアナスタシアに何度も注意されている程だ。
ふと、思い付いた良は、片手をカンナの頭へ伸ばす。
そして、ソッと頭を撫でた。
「ありがとーな、助かったよ」
なんとなくだが、良は誉めるつもりで、虎を撫でる。
対して、撫でられる側は、目を見開いていた。
以前の組織に置いて、一応は大幹部ブレードタイガーとして賞賛を受けた事はある。
部下から畏怖され、強さによって敬われる。
だが、それは暖かいモノではない。
偉そうな首領から【ご苦労、よくやった】と一言貰えるだけだ。
それはソレでも、組織の中では賞賛足り得る。
対して、新しい首領はなんとも呑気であった。
偉そうにふんぞり返って居るわけでもなく、本気で誉めてくれる。
ワシャワシャと撫でられる感触は、カンナの奥底を揺さぶっていた。
撫でられる虎女を見てか、撫でる良を見てか、川村愛はジト目である。
「……むぅ」
分かり易く鼻を唸らせる少女に、良は思わず手を止めていた。
「あ、セクハラに成っちゃうかな」
なんとも言えない事を気にする良に、少女はフンと鼻を鳴らした。
「それなら……私にもしてくれても」
蚊の羽音並みに小さく漏らされる少女の声。
本人は小さく呻いたつもりだが、改造人間の耳には届いてしまっていた。
ニヤリと笑うと、魔法少女へ近付く悪の首領。
良が、頭に触れた途端、少女の変身は無理やり解かれてしまった。
「あ、ちょ、あの、えと」
「助かったよ、後でまた、奢るからさ」
極限の緊張感から解放されているせいか、良も気分が高ぶり、普段の自重が消えていた。
その分、少女との距離が近い。 が、当の愛も嫌がる素振りは無かった。
「あ、うん、よ、宜しい」
撫でられながら、ゴニョゴニョと漏らす愛も、満更ではない顔だ。
愛はチラリとカンナを窺うが、虎は目を細めてムッとしていた。
全く気付かない良は別にして、睨み合う魔法少女と虎女。
そんな中、ジャリっと音がする。
良が振り向けば、其処には額に布を巻いた青年の姿。
戦い合った改造人間が再び対峙する。
が、二人の間には憎しみは無かった。
青年は戦うべき理由を失い、良はそもそも青年が誰なのかも知らない。
だからか、青年の目はカンナへと向いていた。
「ブレードタイガー」
「何? また決着がどうのこうの云いたい訳?」
首領へ向ける言葉に比べると、虎女の声は辛辣である。
それ故か、青年は宿敵だと思っていた者へ恨めしく見た。
「なんでだ? 何で殺した?」
「はぁ? あぁ、あんたの雇い主の事?」
云われて、虎女はようやく何故この戦いが起こったのかを悟る。
「気にする事? だって彼奴は自分の私腹を肥やす為にどれだけの人を犠牲にしたと思う?」
虎女からすれば、自身が為した事は知っていた。
最初こそ、金の為だったが、結果的には世界を蝕む悪と断罪したと信じる。 奇しくも、それは新しい組織の目的でもあった。
「それだって、死んで良い人間なんて居ないだろ」
ある程度、雇い主にも悪い部分が在るのは青年にも分かる。
ただ、彼なりに譲れない思想は在った。
青年の思想を聞かされ、虎女は鼻で笑う。
「偽善だよね、結局は金持ちの為に戦うんでしょ? その為にあんた、どれだけ改造人間を殺したの? 片方は絶対に悪で、あんたは正義? それに、生きてて良い人間って誰の事?」
虎女に問われた青年は、言葉に詰まる。
元来、正義とは誰もが掲げる事が出来る一番安い旗だ。
誰かが絶対に正しいなどという事は、この世には実はない事を知ってもいる。
「あんたもホントに誰かを助けたいなら、影に隠れてる悪と戦えば?」
「……負けたよ」
虎女の声に、青年は初めてその言葉を口にしていた。
寂しさを漂わせる青年の元へ、なんとバイクが走ってくる。
乗るべき運転手が乗っては居ないが、それはまるで意志を持つように青年へと寄り添っていた。
バイクへと跨がる青年は、チラリと良を窺う。
片腕の無い首領の両際には、魔法少女と虎女。
とてもではないが、勝てる自信が湧いてくれない。
「じゃ、これで」
ブォンと音を立て、走り去るバイクと青年。
そんな姿を見送りながら、良は寂しさも感じていた。
もしかしたら、肩を並べて戦っていたかも知れない同胞。
感慨に耽る良の横で、愛が在ることを思い出す。
「あ! それより篠原さん!? 腕、大丈夫なんですか!?」
いきなり声を上げる少女に負けじと、虎女も良の肩を支えた。
「そうです! 首領! 早速本部へ戻らなければ!」
騒ぐ虎女と少女に、良は内心【姦しいってこう云うのか】と呑気に考えていた。




