戦慄!虎女! その10
相手が動きを止めた事を確認した良は、腕と腹の力を抜いた。
抑えを失った針は抜けていく。
兜を割られた蜂は、重力に逆らう事無く後ろへ倒れる。
引き倒した時とは違う倒れ方。
倒した相手を見ても、良は警戒を解いては居ない。
恐る恐るよく見ると、蜂の兜の隙間からは咳が漏れていた。
相手が死んでない事にホッとしつつも、良は睨む。
『おい、変身解けよ』
先ずは、相手の武装解除を優先する。
実際には良の身体の損傷は著しい。
如何に改造人間とは言え、無敵でもなければ不死身でもない。
今立っているだけでも、精一杯ですら在った。
『それとも、まだやるかい?』
敢えて強気に出るのは、実は不安の裏返しでもあった。
一応、相手の蜂が飛び起きようものなら、殴り倒す用意はある。
それでも、相手の余力が残っていたならば多大な驚異であった。
良の声に呼応する様に、蜂の身体に変化が在った。
僅かに光り、解けながら消える。
蜂から青年へと戻るが、その額は割れ、血が出ていた。
息を吸い込まんとするが、青年は咳き込む。
「あんた……どんだけ硬いんだ? 石頭にも程が在るだろ」
辛そうな声にも関わらず、青年の口からは悪態が漏れていた。
それを聴いても、良はまだ変身を解かない。
まだ、遠くには敵が残っている以上、鎧を脱ぐわけには行かなかった。
『気は済んだか?』
本来ならば、相手に【負け】を宣告する所ではあるが、それを避けた。
下手に勝ち負けを着けようとすれば、相手の反発も買いかねない。
あくまでも、改造人間同士の喧嘩として良は尋ねる。
問われた青年は、良の方へジロリと目を向けた。
「済む訳ないだろ? こんな体にされてさ。 あんたはどうなんだ? 化け物にされて、怒ってないのか?」
青年は戦う理由を明かした。
彼には彼なりの生い立ちや経緯が在るのだろう。
それに対して、良は深く息を吸い込む。
『怒ってた時もあるさ。 ま、だからって、今更どうなる?』
「なんでだ!?」
怒りを見せない良に、青年は身を起こす。
その際、額の傷から血が吹き出すが、気にした様子は無かった。
『なんで? さっき云ったろ? 組織の首領は俺が倒したってさ。 聴いてなかったのか?』
良の声に、青年の顔から険が抜け落ちていく。
まるで呆けてしまった様な同じ立場の者に、良は何かを感じていた。
『もう居ないんだ。 お前さんの身体をそうさせた奴は、な』
「だからって、まだ居るだろ!?」
青年の顔にまた怒りが戻る。
その様に、良は寂しさと親しみを感じていた。
もしも、首領を自分が倒さなかったならどうなっていただろうか、と。
上手く組織から脱走し、青年の様に戦っていたのか。
もしくは、組織の手先として悪を行っていたのか。
それらは全ては仮定に過ぎず、良にとっては、今があるだけだった。
『だから云ったろ? 今の組織は、良い方へ進み始めてるってさ。 俺がまぁ、世界平和なんて言い出したんだけど』
有り得ないと知りつつも、良は今の組織の目的を話す。
だが、青年の顔は歪んでいた。
「そんな……じゃあ、俺は……どうしろってんだ」
がっくりと肩を落とし、うなだれる青年。
彼の姿を見て、良は感じていた。
この青年もまた【目的】を失ってしまったのだ、と。
倒すべき敵は既に倒れ、やっている事全てがただの徒労に過ぎないと知らされる。
それは、実は何よりも辛い事だった。
『俺が言えた義理じゃないが、なんか、別の目的を探せば良いんじゃないか?』
良の声に、青年の肩が僅かに震える。
「何しろって言うんだ? 俺もあんたも、ただの化け物だろ」
力の無い声に、良は答えを迷う。
何を言えば、この青年を救えるのだろうか。
二人の改造人間の耳に、遠くから何が聞こえた。
並みの人間では聞こえない音でも、二人は拾える。
『なんだ……って、まじかよ』
顔を上げれば、見えるのは遠くからやってくるヘリコプター。
それも、報道用のモノではなく、戦闘用のガンシップ。
「失敗の後の後始末か……まぁ、良いや」
悪の組織に負けたと自覚したからか、青年は自暴自棄である。
何もかも諦め、投げ出す。
そんな青年の横を良が通り過ぎた。
「あんた、どうする気だよ」
背中に掛かる声に、良は足を止めた。
『どうする? んなもん決まってんだろ?』
片手を開いては、握り締め、力が残っているかを確かめた。
『俺は、俺に出来る事をするだけさ』
空中に浮かぶヘリコプター相手に、どうすべきか。
そんな戦い方を良は知らない。
如何に改造人間とは言え、空が飛べるという訳でもなかった。
「死ぬ気か?」
やる気の無い声に、良の兜からは舌打ちが漏れていた。
『自殺は趣味じゃない。 死んだらどうなるのか、そんなのは死んだ後のお楽しみに取っとけばいい。 生きてる内は、意地でも足掻くんだよ。 そうでなきゃ、生きてる甲斐がねぇだろ』
無神論者である良は、天国も地獄も信じて居ない。
死んだ後、どこか素晴らしい場所へ行くという事も考えていない。
今、その場にいる自分しかないのだからこそ、死に物狂いに足掻く。
部下が逃げ出せる様に、なんとか時間を稼ぎたい。
良の意志に、兜の目が弱々しくも確実に光った。
*
地上から離れた空中にて佇むヘリコプター。
軍隊でも押し退ける様な怪物が相手だと聞いてきた筈の操縦士。
が、いざ恐る恐る現場に来てみれば、見えるのは変な格好の一人だけ。
直ぐ近くにもう一人居るが、地面に座り込んでいた。
「本部から聞いたが冗談か? 丸腰の人間相手にガンシップ四機も寄越すなんてよ?」
軽口を叩く操縦士の耳に、仲間からの通信。
『無駄口を叩くな。 徹底的に焼き払えとのお達しだ』
兵士である以上、上官の命令には従う他はない。
渋々ながらも、操縦士は狙いを定めていた。
「恨むなよ?」
ぼそりと吐かれた声の後、ボタンが押された。
*
回る銃身からは銃弾が吐き出され、ヘリの横からはロケットが飛ぶ。
どれもコレも、戦車ですら破壊出来そうな威力を持っていた。
馬鹿正直に受け止められるモノではない。
が、良も其処まで考えるだけの余裕が無くなっていた。
言葉通り、意地のみで立っている。
勝ち負けではなく、ただ自分の意志を示す為に。
瞬き程の時間が過ぎた頃。 声が響く。
「魔法障壁!!」
謎の声と共に、良の前には光の壁が張られていた。
如何なる原理によって、それが為されたのかはわからない。
が、薄く青く光る壁は、確実に銃弾とロケットを止めていた。
『え? 何コレ?』
いきなりの事態に、理解が追い付かない良。
思わず、張られた壁に手を伸ばす。
壁に触れようとする良の耳に「触っちゃだめ!!」と大声が掛かっていた。
慌てて手を引っ込める良は、声がした方を振り向いた。
其処には、ヤケに派手に装飾された箒の上に立つ少女。
箒にはもう一人、乗っているが、如何せん目立たない。
知り合いの女子高生であり、以前に戦った魔法少女、川村愛。
突然現れた少女に、良は首を傾げていた。
『……川村、さん?』
「篠原さんは絶対に触らないでください! とう!」
掛け声と共に、少女は箒から飛び降りる。
同時に、同行者も降りた。
川村愛の同行者だが、その顔を見て、座り込んでいた青年が目を剥く。
「ブレード、タイガー……」
聞こえて来た名には、良も覚えが在った。
『あ、と、カンナ……さん?』
死ぬかどうかという時、知人の女性が二人も現れる。
全く状況が飲み込めない良だが、現れた少女はフフンと笑った。
「焦りましたよ! なんか急に、篠原さんが死にそうだって云われて」
『誰から?』
良が聞き返すと、愛はヒョイとカンナを指差す。
指された虎女は、なんだかしおらしい顔を覗かせる。
「とにかく! 此処は私に任せて!」
ビシッとポーズを決めると、川村愛はヒョイと箒へ飛び乗った。
魔法少女であれば、空中のヘリコプターとも戦えるのかも知れない。
知人を心配しつつも、良はカンナへと目を向ける。
散々尻を叩いた事は忘れていない。
『カンナさん、あの、前の事は……』
どう弁明すべきか。
そう悩む良の前に、カンナは膝を跪いた。
「首領。 以前の無礼は後に詫びます故、この場はお譲りください」
前に出逢った時の様な奢りは感じられない。
それどころか、カンナは正しく首領に従う幹部の姿であった。
『はい、でも、あんまり危ない真似はしなくても』
「お心遣い、感謝致します。 では」
首領からの許可と受け取ったのか、カンナは立ち上がった。
「……変身」
川村愛と同様に、カンナも虎女へと姿を変える。
「行って参ります!」
ヤケに畏まったと同時に、虎女は光の壁の向こうへと駆けていく。
助けが来てくれた。
そう感じた途端、良は全身から力が抜けていくのを感じる。
「あぁ、死ぬかと思った……」
変身が解けたと同時に、良は今度こそ倒れてしまった。
倒れた首領を助けんと、隠れた居た構成員達が駆け付ける。
「首領! 今お運びします! おい! 担架だ!」
「おいおい、まだ歩けるよ?」
「いいえ! 今すぐお運び致します!!」
ピチピチタイツの構成員達に担ぎ上げられ、運ばれる首領。
それを見送りながらも、青年はチラリとヘリコプターの方を窺う。
其処では、二人の女性が軍用機を翻弄する光景が在った。
ヒラヒラと自由に空を舞う魔法少女をヘリは捉えられない。
地面を素早く走り抜ける虎女もまた、ノロマな相手では捕まえられない。
その二人は、篠原良という青年の為に駆け付けていた。
その事に、同じ改造人間である青年は、羨ましそうな視線を向けていた。




