戦慄!虎女! その7
筒から出て来たのは、如何にも怪しい怪人。
ソレを見て、集まっていた兵士達が銃を向けた。
『お、おい!?』
戦いをした事があるとは言え、良には戦場の経験は無い。
経験が無いからと、相手方が待ってくれる保証も無かった。
乾いた発砲音と共に、良の横を銃弾が掠める。
それだけでなく、当たる弾も在った。
『く、そ!?』
撃たれた経験など、良には無い。 容赦のなく、弾が当たる。
幸いな事に、強固な装甲が弾いてくれていた。
大幹部ブレードタイガーとも戦った良だが、撃たれる事は初である。
貫通こそしない。 だが、その衝撃は予想外であった。
顔を腕で庇いながら、後ろを見る。
すると、色違いではあるがピチピチタイツの構成員の姿。
「おお! 本部から怪人が来てくれたぞ!」
そんな声が、良の背中に当たった。
『怪人じゃねぇよ……痛!?』
隙を見せたからか、頭にも弾が命中してしまう。
改造人間である事が幸いしたのか、死ぬほどではない。
が、良を怒らせるには十分と言えた。
敵に向き直り、目を光らせる。
『いい加減にしろテメェら!? 黙ってりゃ好き放題撃ちやがって!?』
怒声と共に、首領がバッと動いた。
安全装置を切られたその動きは素早く、敵が目を剥くほどである。
飛んでくる弾を弾きながら、良は敵へと肉迫していた。
『こんの野郎!』
腕を振るい、敵の持つ小銃を殴り飛ばす。
改造人間の力で打たれた銃器は金属がひしゃげ、樹脂部分が割れた。
部品を飛び散らせる銃に、敵は呆気に取られる。
そんな隙を、良は見逃さない。
『テメェもだ!』
武器を弾いては、相手の衣服を掴み放り投げる。
怒っては居ても殺さない。
中には、弾の切れたライフルを放り捨て、拳銃を向ける者も居た。
パパンパンと続けざまに弾が発射されるが、それらは良が纏う装甲に弾かれる。
『……このやろう』
自分を撃った相手を、良は睨み付ける。
赤い目に睨まれた敵は、弾が切れたにも引き金を必死で引いていた。
『いい加減にしろよ?』
苛立ちを隠さず、良は相手の手を拳銃ごと握る。
思いもよらず、手は中の銃ごと潰れてしまった。
グシャット伝わる感触に、良はハッと成る。
慌てて手を開くが、意味は無い。
「……ぃ、ぎゃあああ!?」激痛によって放たれる悲鳴。
それを聴いて、良は背筋が寒くなっていた。
自分は、趣味でサバイバルゲームをしている訳ではない。
戦いに赴いている。
そんな現実に、良は頭の中から思考が飛んでいた。
仲間をやられ、それでも負けじとナイフを引き抜く者も居る。
切っ先鋭いソレならば、普通の人間には刺さるだろう。
だが、金属片ではスターライトは砕けない。
刺さりはしなかったが、良はハッとしていた。
『止めろ!』
なるべく加減し、手で押し離す。
驚いた顔を浮かべる兵士を、良は睨んだ。
『さっさと失せろ!! 殺されたいか!?』
増幅された大声に、兵士達は一気に逃げ出す。
そんな姿を見送りつつも、良はジッと手を見た。
兵士の手を握り潰した時の血がベッタリと張り付いてしまっている。
握るだけでなく、拳を固め、殴れば殺せるだろう。
それがわかっているからこそ、兜の中の良は顔をしかめる。
『くそったれが、なんだってんだ』
何故殺さないのか。 何度も問われた。
無論、それらの理由だが正確な言葉は無い。
敢えて云えば【なんとなく】でしかなかった。
敵の一団をあっという間に散らした首領。
其処へ、構成員が賭けてくる。
「御無事ですか!?」
仲間と呼ぶには些か怪しいが、その姿は見慣れたモノだ。
『え? あぁ、だいじょぶっす』
悪の組織の改造人間とは思えない言葉に、構成員達は顔を見合わせる。
彼等の知っている怪人や改造人間、幹部は皆が皆、端的に偉そうであった。
だが、この本部から派遣されたらしい者にはソレがない。
寧ろ腰の低さすら在る。
「と、ともかく! 今は基地の防衛をお願い致します!」
本部とソレと変わらない敬礼風のポーズ。
代わり映えの無い姿に、良は笑いそうに成った。
笑い掛けた所で、何かを感じ取る。
チラリと見てれば、改造人間の優れた目は遠くに光を感じた。
生身の人間では有り得ない反応速度。
『おい! 伏せろ!』
言葉を掛けながら、良は構成員の前に立ち体を広げる。
瞬き程の間の後、激しい衝撃が首領をぶっ飛ばしていた。
見えない何かに殴られた様に倒れ込む姿に、構成員達は慌てて伏せる。
「そ、狙撃だ! 大丈夫ですか!?」
慌てた声は、良にも聞こえていた。
『大丈夫なのかな? なんか、いてぇ……』
優れた装甲によって、貫通こそしていない。
その筈なのに、痛みを感じる。
倒れる良の耳に、ザリッと雑音。
『首領! 首領!?』
繰り返される声は、博士だ。
『あぁ、博士か? なんか、すんげー痛いんだけど?』
専門家ではない首領は、博士へと助言を仰ぐ。
すると、悔しそうな呻きが聞こえた。
『首領の装甲は、まず壊れない筈です。 理論上は、原爆75個分の衝撃にも耐えられる筈なので』
小難しい理屈を聞かされたが、良の痛みは消えない。
『あ、そう……でもさ、ホントに痛いんだけど?』
繰り返される質問に、何かが軋む音が混じった。
『首領の装甲は壊せなくても、中身は違います。 それに、装甲の隙間に入ったら……』
辛そうな説明に、良はなるほどと感じた。
纏っている鎧は無敵なのだろう。
但しソレは、鎧が無敵なだけで、中身とは関係が無いと言う事になる。
強固な鎧を着せれば生卵は護られる。
が、其処から出されたなら、生卵は生卵に過ぎない。
『分かった、あんがと』
良は、博士に礼を送っていた。
助言は受けられたが、逆に云えばそれだけである。
遠く離れた土地に来てしまった以上、頼れるのは自分だけだった。
素早く起き上がる良は、構成員達へ顔を向ける。
『おい! 俺が囮に成ってやるから早く行け!』
辛い役目に成りそうだが、良は敢えてそれを引き受けた。
ピチピチタイツで狙撃が防げるとは信じられない。
もしかしたら、ある程度の防弾効果は望めるかも知れないが、改造人間の自分がこの様ならば生身では命取りと言えた。
「す、すみません!」
構成員の声を聞きながら、良は前を向く。
目を凝らせば、かなり遠くまで見える。
ただ、それは見えているだけでしかない。
遠くの敵に対処するだけの装備を、良は持ってはいないのだ。
『余計なモン突っ込むぐらいなら、鉄砲の一つも入れて欲しかったぜ』
以前、良は博士から異変に対しては強いとは聴かされている。
同時にそれは、異変ではないモノは何の効果もないという証明だった。
遠くの藪や丘の上辺りが、僅かに光る。
身構えては居ても、凄まじい衝撃が良を襲っていた。
当たったのは肩と胴体。
弾こそ貫通はして居ないが、その威力はエネルギーとして浸透する。
人の体程度ならばあっという間に壊せる力は、確実に良にも効果が在った。
声にならない声が、兜から漏れ出る。
少し顔を横へ向け、後ろを見れば、構成員達はだいぶ逃げていた。
これ幸いにと、良も場を離れようとする。
が、敵もわざわざそんな事をさせるつもりは無いのだろう。
飛んでくる弾が、良の背中を激しく叩いた。
派手な火花を散らしながら、倒れそうになる。
『くそったれが……遠くからチマチマと』
居るのがわかっているのに、反撃が出来ない。
構成員達が無事に基地に逃げ込んだのを見て、良は考えた。
彼等は強固な基地に護られ、そう簡単には敵も攻め入れない。
で在れば、自分はどうするべきか。
踵を返し、今すぐ敵方へ向かうべきか。
あれやこれやと考える良だが、ふと気付く。
チクチクと飛んできた筈の銃撃が止んでいる。
何事かと見れば、空に何かが飛んでいた。
僅かな風切り音と共に、降ってくる。
ライフルでは倒れない怪人に業を煮やした敵方が、迫撃砲を放ったのだ。
軍事に疎い良は、何事かと身構えるが、爆発は避けられない。
良が居たであろう場所に、迫撃砲の砲弾が炸裂した。
ただの弾とは比べモノに成らない程の衝撃と爆音。
飛んでくる破片や石は装甲が何とか弾く。
『ちっきしょうめ!?』
如何にスターライトでも、全てを防ぎきるには無理があった。
*
戦場に、煙幕でも焚いたかのような煙りが立ち込めた。
構成員達は勿論、敵方も双眼鏡にて窺う。
場を覆い隠す土煙り。 それを、風が押し流す。
如何に改造人間でも、挽き肉にでも成っているだろう。
誰もがそう想像した。
だが、煙が晴れて所で、構成員達がオオと声を挙げる。
なんと、迫撃砲の雨霰に晒された筈の怪人は姿を保っていた。
それだけでなく、膝を起こし、立ち上がる。
構成員達は沸き立ち、敵方の兵士達は畏怖を感じた。
土煙が完全に晴れた所で、構成員達の歓声は止んでしまう。
立ち上がりこそしたものの、在るべきモノが無いのを見てしまったのだ。
敵味方の中央にて、一人立つ良。
雑音混じりに届く『大丈夫ですか!?』という博士の声。
聞こえた声に呼応する様に、歪な兜が下を向く。
『なんか、感じがおかしいと思ったんだよ。 ねぇんだもん、当たり前か?』
悟った様でもあり、同時に諦めた様な声。
凄まじい攻撃に晒されたせいか、良の片腕は肘から先が無くなっていた。




