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悪の組織、はじめました  作者: enforcer
戦慄!虎女!
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戦慄!虎女! その4


 改造人間である篠原良は、在る意味新鮮な感覚を味わっていた。


 過去、怒った事は誰にでも在る経験だろう。

 そして今、良もまたそんな感覚を新鮮だと感じていた。


 改造人間にされて以来、ずっと胸の奥へとしまい込んだ筈のモノ。

 単純な怒り。


 往々にして、怒りは人の見境を無くす。

 時にはその勢いで馬鹿な事を仕出かすと言うこともある。


 無論、生身の人間でも様々な結果が出るだろう。

 が、良は自分が普通ではない事を知ってから、それを出そうとはしなかった。

 何故ならば、結果がどうなるかが分からないからだ。


 只でさえ力は凄まじく、ともすればモノを壊しかねない。  

 だからこそ、改造人間である自分は普通の人間以上に節度を設け、律しなければ成らない。


 良はそう自分へと言い聞かせた。

 

 が、怒った青年の頭からは、そんな手枷の様な思想が失せる。


【どうせやるなら、本気でやってやる】

 

 その意志に呼応する様に、兜の目が赤々と光った。

 めり込んだ体を、まずは腕から引き抜き、身体も引き抜いた。

 

 壁という戒めから解き放たれた良は、ジッと自分を壁に押し込んだ相手を睨む。 

 実際には、顔を覆う兜のせいで顔を向けているだけだろう。

 それでも、見えない意志は確実に漂っていた。

  

 場を覆い尽くす様な殺気は、在る意味では普通ではない。


 虎女であるカンナが見せた殺意が肉食獣のソレならば、良のソレは、正に蛇と言えるだろう。

 

 歯を剥き出しにする事もなく、居丈高に成って吠える事も無い。

 ただ、純粋に【殺す】という意志の現れ。


 それは、カンナは勿論、構成員やアナスタシアですら感じ取っていた。


「あらら、本気に成っちゃった?」


 本能的に分が悪いと察したからか、カンナは軽口を叩く。

 その声は【今までのは冗談でした!】という表現だろう。


 が、怒り心頭の良にそれは聞こえて居ない。


 相手が何を云おうが、考えるのは【どう殺すのか?】だけである。


 ジリジリと距離を詰める改造人間に、虎女は初めて恐怖を感じた。

 例えるならば、普段怒らないで在ろう人が、ブチ切れたのを目の当たりにしてしまった事に近い。


 偶々じゃれついただけなのに、相手は本気で怒っている。


「首領! お止めください!?」

 

 悲痛なアナスタシアの叫び声にも、良は耳を貸さなかった。

 貸さないと言うよりも、聞こえていない、という方が近い。 


 最初は、虎女の方が良へ襲い掛かった。

 そのお返しとばかりに、今度は良が動く。


 良は、虎女の様に派手に飛び出さなかった。

 獲物へ噛みつくのに、派手な動きは意味が無い。

 相手の隙を窺い、其処へ全力を使う。


 緩やかながらも、速い。


「へぇ……」


 迫り来る首領に、虎女は先に動く事を選んだ。

 同じ改造された者同士とは言え、速度に関しては自分に利がある。


 虎女はそう考えていた。 無論、それは間違いではない。

  

 全く同じ車種を用意した場合。

 片方からは走るのに必要なモノだけを残して後は剥ぎ取る。


 そうすれば、確かに速くは成るだろう。


 事実、虎女の動きは速かった。

 腕から刃を突き出して、首領を倒さんと飛び込む。


 最初に仕掛けた突撃は、先ほどよりも速い。

 ただ、虎女は一つだけ知らない事があった。


 篠原良も改造人間ではあるが、後から改造された分、より改良もされている。

 

 特に、博士が装甲に用いたスターライトは、それが堅調であった。


「いぃ、やっ!!」


 水に濡れた様な刃が、良へと届く。 虎女には自信が在。

 今まで、この爪で戦い勝ち、生き残った。


 だが、刃が良の装甲に触れた途端。

 ピキン、と甲高い音を立てて、刃か折れ飛んだ。


 飛ばされた刃は、部屋の天井へと突き刺さる。


 そんな光景には構成員やアナスタシアですら目を剥く。

 無論、仕掛けた虎女ですら驚きが在った。


「……嘘……ちぃ!? 」


 今のは間違いだ、ただの偶然だ。 そう信じる虎女は、今一度仕掛ける。

 片腕の刃は折れたが、まだ片方が残っている。

 

 それでも、結果は変わらない。

 やはり、刃が装甲に食い込まず、根元から折れてしまった。 


 甲高い音を立てながら、床を転がる刀身。


 爪という武器を失った虎女。 だが、まだ諦めは無い。

 

 腕が駄目なら肘、膝、手の甲、手の平 足の甲、つま先。  

 とにかく出せる刃を出して、襲い掛かる。

 

 虎女の動きは素早く、装甲と刃がぶつかる度に火花が散った。


「はぁぁああああ!!」


 咆哮と共に繰り出される連撃。

 組織に置いて、一、二を争う程に速いと唄われる動き。

 空中に残像を残す程だ。


 それでも、虎女の刃は首領の装甲を切れなかった。


 多少は傷を付けたかも知れないが、それでも、刃がメゲる。

 次々に折られ、散る。


 一旦動きを止め、間合いを離す虎。

 数在った筈の刃は、最後には、手の甲からのモノだけ。


「この、硬いだけの癖に!?」


 自分で語った通り、虎は自分よりも弱い者には従えない。

 以前の首領は、正に正体不明の化け物と言えた。


 が、今の首領には手が届く。

 今こそ、自分が強いと証明せんとする。


 ただ、慌てて振っただけのそれは、良には丸見えであった。

 自分に向かってくる手を、軽く受け弾く。


「……あ」


 事此処に来て、虎女に初めて恐怖が走った。

 爛々と輝き、自分を見つめる赤い目。

 武器が通じない事への恐怖。


 正に、蛇に睨まれた子猫といった光景。


 怯えが虎女の口を揺さぶり、恐怖からか、歯がカチカチと鳴った。


 今まで出逢った事が無い、絶対的な敵。

 本来、恐怖とは危険から身を守る鎧足り得る。

 が、過ぎた恐怖は、身を縛る鎖でしかない。


 蛇の見た目にそぐわぬ動きで、良は虎女を捕まえていた。

 

 両方の肩へ手を置き、グイと引き寄せる。

 二人の間合いは、もはや密着状態となった。


『悪い子だ。 お仕置きが要るな?』


 兜から漏れ出すのは、ヤケに楽しそうな声。

 それは、獲物を身体巻き取って勝ち誇る蛇である。


「あ、く、うあ!!」


 思い出した様に、虎女がバタバタと暴れ出す。

 このままでは殺され兼ねない。


 何とか蛇から逃げ出そうと足掻く。 

 それに対して、良が何をするのか。

 

 唐突に、首領は虎女を脇に抱える。

 そして、腕が振り上げられた。


 構成員も、アナスタシアも固唾を飲んで固まる。

 首領はいったい何をするつもりなのか、と。


 次の瞬間、会議室にはパァンと乾いた音が響いた。


「えぇ?」


 女幹部アナスタシアは驚愕していた。

 その理由だが、彼女が見ているモノに在る。 


 怒ったであろう首領は、何とブレードタイガーと恐れられる虎女を脇に軽々と抱えると、尻を叩いたのだ。


『この! このやろ!』


 怒りは強いのだろう。

 力強い平手打ちは、虎女の尻を捉える度に音を響かせる。


「ひゃ!? や、やめろ! ミギャ!!」


 叩かれる度に、虎女の口から漏れ出る悲鳴。

 彼女の生涯に置いて、他人から【お尻ペンペン】をされた事など無い。

 

 自分は絶対に強いの虎なのだと、そう信じていた。

 その筈が、分けの分からない新首領に捕まっている。


 捕まっているだけならまだしも、尻を叩かれる。

 然も、部下や同僚の前で。


 それは、虎女カンナの中の何かを動かした。


「も!? やめ、ろぉ!?」

『やかましい!! ごめんなさい! 私が悪うございましたって云うまでやるからな!?』


 なかなか降参しない虎女に業を煮やしたのか、良は更に叩く。

 

『おらぁ!! サッサと詫び入れろ!! こらぁ!?』


 哮る首領。


 何故こんな方法を青年は選んだのか。

 それは、幼い頃より父親から云われた言葉に意味がある。


【良いか? 男ってのはな、女の子を守ってやるもんだ】


 父親のそれは、ごく一般的な言葉だろう。

 出来れば我が子に正しく育って欲しい。


 父の想いは、意外程に良に根深く浸透していたのだろう。


 虎ほど速くはないが、確実に尻を叩く。

 内臓されたほぼ無尽蔵のエネルギー源によって、良は疲れを知らない。


 とにかく、懲らしめる為に叩く。


『おらぁ!! こら! どうだ!? あぁ!?』


 本気で、相手が謝るまで止めないと心に決めていた。


 同時に、そんな首領に尻を叩かれる虎も何かが折れるのが聞こえる。

 別に骨盤が砕けた訳ではない。


 彼女の中に溢れたのは【恥ずかしい】という感覚であった。

 なす術も無く捕まり、無理やり辱めを受ける。

 

 それは、虎の喉を蠢かす。

 出すまいと飲み込もうとするが、既に堰は切られていた。


「……な……さい」

『あぁ!?』


 パンパンと叩く音に混じって聞こえた声に、良は反応する。

 脇に抱えている状態故に見えては居ないが、虎は、手で顔を覆っていた。

 

『なんだぁ!? 聞こえねぇなぁ!? ちゃんと言えや!?』


 首領は確実なる降伏をまだ聴いて居ない。

 であれば、まだお仕置きは続けねば成らない。

 

 再び腕が振り上げられる。


「ごめ……ん……な……さい」

 

 小さな声だが、それは確実に虎から絞り出されていた。


 降伏を認めたからか、カンナは変身を解いていた。

 首領の腕に抱えられる虎は、元の姿へと戻っていく。


 それを目視で確認した良は、息を吸い込んだ。

 吸い込んだ息を長く吐き出しつつ、腕の力を緩める。


 支えを失ったカンナは、力無く床へと倒れた。


 その光景には、構成員と驚きを隠せない。

 悪の組織に置いて、四天王と称えられ恐れられる筈の一人が、首領に降伏をしたのだった。 


 散々尻を叩いたからか、溜飲が下がった良も変身を解く。

 元の姿に戻っても、怒りはまだ消えては居ない。


「おぃ……あ」

  

 とりあえず、何か一言でもぶつけてやろうとした良。

 だが、言葉は出なかった。


 沸騰していた筈の頭が、一気に常温に戻ってしまう。

  

 何故ならば、自分の足元では顔を覆って泣く女が居る。

 そんな光景は、良が望んだモノではなかった。


 図らずも、良は虎にとって最も大切な自信を殺してしまったのだ。

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