戦慄!虎女! その3
新首領が組織の新しい方針を打ち出す。
それに対して、アナスタシアを除いた大幹部達の反応は。
正直、微妙であった。
特に何かを発見したという様子も無く、精々が目を丸くする程度だろう。
静まり返った会議室。 そんな中、低い笑いが響いた。
笑うのは、背広姿の男。
よくよく見れば、まだ若く三十路に届いたかどうかという青年である。
「何か可笑しいか?」
アナスタシアの問いに、セイントと紹介されたといた男は肩を竦めた。
「いいえ、世界征服からの世界平和。 素晴らしい理想だと想いますよ」
軽くを両手を広げ、如何にも参ったという風情だが、男の顔には薄っぺらな笑いが浮かぶ。
「素晴らしいとは想います。 が、人類開闢以来、それを成し遂げた者は誰一人として居ない、という事は知ってますよね、首領?」
男の言葉に嘘は無い。
遥かな過去、文字がまだ出る前の世界ですら、理想は在った。
ただ、人類の歴史に置いて、成し遂げた人物は居ない。
ごく短い期間のみ、仮初めの平和を得た場合は在るだろう。
ソレですらも、個人間の争いは尽きなかった。
そして、それは良にもわかる。
「あ、うん、まぁ」
男は暗に【平和は幻想である】という現実を説いていた。
問われた良は、必死に頭を巡らせる。
「あーと、いや……今は、まだまだ計画中だけど、何時かは」
目的地は決まったとは言え、まだ道も見えず、何処をどう行けば良いのかも分からない。
在る意味では、正に暗中模索でしかなかった。
ソレを受けて、四人の幹部の内、二人が立ち上がる。
アイアンヘッドとセイントだ。
名前通り鉄臭そうな顔が、良の方を向く。
『ふぅむ、まだ首領の計画は決まって居ないようだ。 では、それが決まるまでは、私は私で色々させて貰おう? 今は、忙しく身なのでね』
そう言うと、部屋を出て行こうとする。
同僚の動きに、セイントと呼ばれた男も頷く。
「そうですね。 僕も色々在りますので、きちんと何をするのかが決まったらご連絡ください」
二人の幹部達は部屋を出て行くが、アナスタシアは思わず手を伸ばす。
「あ、お、おい! 勝手な真似を!」
組織から造反を出すのは好ましくはない。
アナスタシアは止めようとするが、良が彼女の肩に手を置いて制した。
「良いんだ」
「首領……しかし」
「アナスタシア、頼むよ」
何も敵対すると決まった訳ではない。
だが、良は部屋を出ようとする二人へ目を向ける。
「ちょっと待ってくれ」
大幹部といえども、流石に首領に対する礼儀は残っては居るのだろう。
アイアンヘッドとセイントは足を止めた。
「もし、あんたらが未だに世界征服に拘るってんなら、俺は止めるぜ?」
良の声に、虎女が笑う。
「へぇ? どうやって?」
嘲る様な声に呼応する様に、良はいつしか覚えた動作を始めた。
右手は引いて腰に構え、左手を一旦は右へ出しながら一気に左へ延ばしつつ腰へ引く。
最後に、引いていた右腕を空気を裂くように左へと振る。
「変……身」
川村愛と戦って以来、試した事はない。
が、体得した動きは良の身体を起こす。
近場に居る者のを目を眩ませながら、篠原良は姿を変えた。
『直接この手で、だ』
変身した良の姿に、虎女も目を剥いた。
ずっと黙ったままのソードマスターも、眉を少しだけピクリと動かした。
首領の見せた意志に、アイアンヘッドとセイントが同時に笑う。
『それは、構わないさ。 別に、世界征服に興味は無いからな』
「私もですよ、首領」
拍子抜けするほどあっさりと引く幹部に、良も肩すかしである。
『え? あ、そうですか』
如何に変身しても、やはり良は変わらない。
そんな首領に、幹部二人は笑った。
『さっきも言った通り、計画が纏まったらご連絡を』
「私達も、色々在りますのでね、では」
それだけを言い残すと、出て行く大幹部二人。
だが、今度は良は止めなかった。
*
幹部会は一応は終わったが、まだ終わって居ないこともある。
良に突っかかった虎女は、その矛を収めては居ない。
「さてと、首領? 暇人クラブの二人はほっといて、聞いても良い?」
上司を上司とも思わない口振りだが、良も初対面の女性に上役面するほどに面の皮は厚くはなかった。
『はぁ、どうぞ』
虎女と話す前に、良はアナスタシアに口を挟むなと云ってある。
一応は構成員や幹部も居るが、この場に置いては良と虎女の二人しか居ないと言っても差し支えない。
「平和を目指すって云うけどね、どうやるの?」
面と向かって問われると、難しい質問であった。
答えない首領に代わり、虎女が口を開く。
「戦ってさ、何も人間だけがして居る訳じゃないでしょ? 動物、魚、植物だって生きる為に戦うよ?」
虎女の声に、良はキュッと口を閉ざした。
生き物にとってみれば【平和】とは正に幻想であった。
戦うのが当たり前、それが出来ないのであれば死ぬ。
「でもさ、あたしも同じ事考えてたって言ったら、どうする?」
『へ?』
突拍子も無い言葉に、良は焦った。
焦る首領へ虎女は更に詰め寄ってくる。
「だからさ、あたしもねいつかは首領を……うーん、まぁ前のだけどぉ、倒してやろうって思ってた訳」
『えぇ?』
悪の組織の大幹部ともあろう者の声とは思えなかった。
「でもまぁ、先に倒しちゃったんじゃ、仕方ないよね」
一旦は目を伏せる虎女だが、直ぐにパッと顔を上げる。
金色の瞳が、ジーッと良の目を見た。
「其処でなんだけど、あんたさ、私と軽く勝負しない?」
『は? な、なんで?』
「良いでしょ?」
虎女の勢いは強かった。 それこそ、まるで濁流が如く。
「あんたは知らないかも知れないけど、組織にも一応の掟って在るの」
そう言うと、虎女はスッと良から離れた。
「敗者には、死、在るのみ……ってね。 変身」
言葉と共に、金色の瞳が輝きを増した。
あっという間に、虎女は名に恥じない姿へと身を変える。
人型である事は良とは変わらない。
が、その見た目にはだいぶ違いが在った。
装甲に覆われた部位は腕と脚、そして胸といった部位のみ。
他の部分は、動き易さを重視して居るからか装甲が無い。
そして、一番の違いは、鼻から下が剥き出しだと云うことだろう。
「さぁてと? 改造された同士、少し手合わせしてみましょ?」
悪の地下基地にて、退治する改造人間と改造虎。
流石に見かねたからか、アナスタシアが前に出る。
「カンナ!? いい加減にしろ!!」
呼ばれた名は、良が知らないモノだ。
だが、それが誰を指しているのかは明白である。
アナスタシアに呼ばれた虎女は、顔を少しだけ向ける。
「改造された者同士の喧嘩は御法度……だけど、それは前の首領の決めた事でしょう? 引っ込んでてくれる?」
一声掛けてから、虎女は再び良と向かい合う。
「あたしさ、あたしより弱い奴に従うつもりは無いから」
異名に恥じぬが如く、虎の様な勇猛さと獰猛を見せる。
そんな姿に、良も身体を斜に構えた。
『へぇ、あんたカンナって云うのか?』
良の声に、虎女が僅かに反応する。
ただ、口しか見えていない為に、それは僅かな唇の動きだけだった。
「そうよ? で、あんたは?」
『良………篠原、良さ』
互いに名乗り合う。
決闘などという物騒な事とは遠く離れた現代では先ず無い光景。
敢えて互いに姿を見せ合い、対峙する。
実際には見えてはいない。 だが、確実に空気は重さを増していた。
構成員は勿論、アナスタシアも二人の対峙を見守る。
介入しようにも、首領からはそんな指示は出されていない。
女幹部に出された指示は、【少しだけ黙って見ててくれ】であった。
先に動いたのは、虎である。
通常、虎は臆病であり、獲物を仕留めるには不意打ちを好む。
それは、確実に糧を得るための行為だろう。
だが、今は違う。
真っ向から相手と向き合い、雌雄を決っせんとする。
虎は、並みの人間には有り得ない動きを見せた。
以前に戦った魔法少女にも劣らない速さで、真っ直ぐに突っ込んで来る。
虎が如く、両手を振り上げて襲い掛かる相手に対して、良は自分に向かう手を掴んだ。
装甲に包まれた足が、硬いはずの床にめり込む。
ガッチリと組み合う虎と良。
止められた事が意外だからか、虎の唇が動いた。
「へぇ、私の動き見えてた?」
『まぁ、ソレなりには』
勝ち誇るつもりは良にはない。
やはりと云うべきか、またしても謂われの無い敵意に晒される。
何故こうなってしまうのか、良はただそれを考えていた。
『納得、して貰えたかな?』
出来ることなら、刃を収めて欲しい。
が、そんな良の事を嘲笑うが如く、虎の唇が笑う。
「や、まだ始めたばっかりじゃん!」
まるで戦う事を楽しんでいるかの様な声と共に、虎に変化が在った。
装甲の隙間や、それが無い部分を覆う金と黒の毛皮。
虎の毛が逆立つ。
次の瞬間、虎の身体から刀の様な刃が突き出した。
まるで弾丸が如き勢いで飛び出した刃だが、それは、辛くも良を覆う装甲が防いでくれる。
それでも、火花が散った。
『……っ……この野郎!?』
流石に不意打ちを仕掛けられては良も黙っては居られない。
どうせなら、蹴りの一つもくれてやらんと足を動かす。
が、ソレよりも速く、虎女は腕を良に預けたまま器用に空中で身体を丸めた。
撓めた筋肉をバネに見立て、勢い良く良を両足で蹴る。
捕まえていた以上、良もそれは避けられない。
弾丸の様な勢いで壁に激突する首領。
それに対して、虎女は優雅にクルッと回って着地を決めていた。
「あれぐらいじゃ死なないよね?」
実に軽い虎の挑発。
それに対して、壁に体をめり込ませた首領の目が赤々と光った。




