怪奇!魔法少女来襲! その11
少し待てば、飲み物は直ぐにやってくる。
ただ、気まずい空気は変わらない。
改造人間故に、口の渇きなどは無縁だが、人の頃の癖で良はコーヒーを一口啜った。
「……さてと、川村さん。 何か、用かな?」
大人しい少女を目で眺めているのを楽しむ趣も在るかも知れないが、良にその気はない。
わざわざ来たのは、呼び出されたからだ。
答えを求められた少女は、チラリと良を窺う。
「どうしてですか?」
そんな質問は、良にとっては【またか?】である。
端的に【どうして?】と問われても、その意図は伝わらない。
無論、想像は出来る。
川村愛は勝手な思い込みで篠原良に迷惑を掛けた。
そんな彼女が、何故自分を助けたのかを問い掛ける。
「ん?」
「私、篠原さんに酷いことしたのに」
であれば、良の答えは決まっていた。
殴られ蹴られもしたが、痛手は無い。
「いやまぁ、なんとなくかな」
良と愛は特段に親しい間柄でもない。
友人と呼べる程の深い付き合いもなかった。
それでも、お互いに見知った間ではある。
そんな少女を見捨てるほど、冷淡でもない。
「それに……」
何かを言い掛けて、良は言葉を止める。
「それに?」
愛は言葉の続きを促していた。
「知ってる女の子が居なくなったらさ、寝覚め悪いから」
罰が悪そうに良はそう言った。
自分が正義の味方だと名乗るつもりは無い。 ただ、本音を語る。
ソレを聴いたからか、愛は目を丸くしていた。
数秒間は瞬きを忘れた様に硬直していたが、直ぐにハッと成ったのか瞳が泳ぐ。
「あー、えーと、どうも」
何とか礼を云おうとしたが、持ち前の性格故かソレが出ない。
歯痒いからか、愛は自分のスカートをギュッと握る。
経緯はともかくも、対面に座る青年が命の恩人であると少女は知っていた。
もしも、良が何もしなければ、愛は化け物と化していたのだから。
仲間に殺されるか、改造人間にやられるか、それは問題ではない。
同時に、愛は話題を変えるべく顔を上げた。
「あ、そう言えば、呼び出した理由でしたよね?」
「お? あー、うん、そうだね。 何かあった?」
気軽な良に対して、少女は改めて顔を硬くした。
「実は、良いニュースと悪いニュースが在って」
「えぇ……」
生返事な良だが、正直な所困る。
少女が助かったのは嬉しくも在るが、なんだか嫌な予感がした。
が、同時に好奇心が湧いてしまう。
「えーと、じゃあ、良いニュースは?」
良は好奇心に負けてしまった。
正体不明の怪物を倒した改造人間でも、好奇心には勝てないのだ。
「その……出来ちゃいました」
「はい?」
少女は放った一言は、実に宜しくない。
何せ場が場である。
ファミリーレストランともなれば、他の客が居たとしたも何ら不思議ではなく、当たり前の様に居る。
そして、余程の小声でなければ、周りにも少女の声は丸聞こえなのだ。
その証拠に、俯き気味の少女が放った重そうな一言。
そして、対面に座る青年の明らかな動揺。
そんな光景を、周りの客も敏感に反応していた。
少女と同じか、少し下か上の年頃の者は色めき立つ。
三十迎えたかの妙齢の女性は眉をひそめ、良よりも年上らしい男性はニヤリと笑う。
つまりは、良にとっては実に気まずい空気である。
「か、かか、川村さん? ちょっとその言い方は不味いかと」
流石に言葉の選択が危険過ぎる。
良はが慌てて訂正を促すが、少女は気にして居なかった。
「え? まぁ、とにかく、朝にちょっとやってみたら、変身出来て」
変身云々の事は愛も気にしているからか、小声だ。
ただ、かえって周りからすればヒソヒソ話だと捉えてしまう。
つまり、周りからは、少女と青年はいかがわしい関係に見えていた。
益々気まずくなる空気に、良も心が重い。
誰かに襲われて居るわけでも無いのに、何かに刺されている気がした。
「へ、へぇ、それは、えーと……おめでとうさん……いや不味いか」
自身の発言によって、空気は重さを増していく。
それに辟易しつつも、口を開いた。
「とにかく! 悪い方のニュースは?」
このままでは埒が明かないと、良は話を促す。
すると、愛は何とも言えない顔を覗かせた。
吹っ切れた様な、同時に悩んでいる様でもある。
「私……何すれば良いんでしょうか?」
「は?」
「ですから、どうやったのかは知らないんですけどぉ、篠原さんが、彼奴をぶっ飛ばしたって聴いてます」
少女の語る【彼奴】とやらは良にも分かる。
川村愛を含めた少女達を魔法少女へと変えたらしい何か。
自称は【雇い主】と云っていたが、それしか分からない。
名を聞こうにも、名を尋ねる前に消してしまった。
である以上、今更名など知っても意味は無い。
ソレよりも大事なのは、少女の悩みであった。
「それは、つまり、やる事が無くなったーって事かな?」
尋ねてみれば、少女は頷く。
「だって、今まではずーっと戦ってたんですよね。 私も、他の皆も、例えるなら……借金返す? みたいに」
「なんか、借りてたの?」
心配する良に、愛は苦く笑った。
「イオリなんかは、顔を変えて貰って、ウヅキはお金で……」
如何なる動機にて魔法少女に成ったのか。
聞いてみれば、何とも即物的な答えであった。
良の内心ではもっと劇的な理由を想像したが、実際は現実的なモノである。
ただ、まだ川村愛の理由を良は知らない。
「川村さんは?」
ポンと尋ねられた愛は、ウンと鼻を唸らせた。
「わたし?」
「でも、云いたくなかったら別にいいよ」
問われた愛は、少し唇を噛んだ。
悩む少女ではあるが、程なく閉ざされた口が緩む。
「私の家族で、兄が居るんですけど。 病気だったんですよ。 なんていうか、筋肉が衰えて行っちゃう、治らないっていう奴で……」
云い澱む愛だが、彼女の声に良は首を傾げた。
「だった? じゃあ、治って……あれ? でも……あ」
だった、という過去形から、その結果を悟る。
少女は恐らく、兄の完治を願ったのだろう。
それは、正に奇跡だったに違いない。
治らない筈の不治の病が、治る。
そして、その代償を愛が自らを魔法少女にする事で肩代わりした。
全てを見て来た訳ではない。
ただ、良は少女の過去を何となく察する。
と、同時に、在ることも思い出した。
「あ、でもさ、俺……あの変な奴ぶっ飛ばしたんだけど」
恐る恐る、良は愛の顔を覗く。
もしも自分が仕出かした事で、目の前の少女に何か問題が起こってしまったのかと。
戦々恐々といった良に、愛は慌てて両手を振って見せた。
「あ、そっちは全然大丈夫ですから。 お兄ちゃんは、大学に戻れたし」
そんな言葉に、良は思わず胸をなで下ろしていた。
「いやぁ、良かったよ。 あ、でも、それが悪いニュースなの?」
悪い方とは云われたが、何が悪いのか分からない。
聞くだけならば、取り立て人が居なくなった分良い様にも聞こえる。
「分かってます。 良いことの筈なんです。 もう、あれやこれや悩まなくて良いんだって……でも」
「でも?」
「私は、いったい何したら良いんでしょうか?」
ぐるっと一回回り、愛の悩みは最初に立ち戻った。
彼女の言葉を吟味した良は唸る。
「だからさ、つまりは、やる事が無くなったー……ってことだろ?」
少女は小さく頷く。
魔法少女として戦いの日々に明け暮れた少女からすれば、それは実は充実した日々でもあった。
半ば無理やりとはいえ、【しなければならない目的】を与えられた。
何も考えず、ただその終わらない目的の為にがむしゃらに成れる。
これからもずっと、忙しく回る筈だった。
それが、気付いた途端に無くなってしまう。
今の少女は自由を得たが、いざ得たそれをどうすれば良いのか悩んでいたのだ。
「ふぅん?」
良は期待外れとばかりに鼻を唸らせ、コーヒーを啜る。
「ふぅんって……ぁ」
気のない青年に、少女は僅かにムッとするが、視線の先では目が合った。
「え? だって、川村さんは……あー、所謂ジェイケー? あー、学生さんだろ?」
「はい」
「だったらさ、普通に学生生活を楽しめば良いじゃない」
「え?」
良の一言は、愛にとっては意外と言えた。
まるで豆を喰らった鳩の様な少女に、良は話を続ける。
「えっ、て云っても、もうああだこうだ無いんだろ? じゃあ、普通に学校行ったり、バイトしたり、色々在るでしょ? 部活とか、恋愛……とか?」
云いながら、良は自身の学生時代を想う。
当たり障り無く、何も無かった。
だが、それは良に勇気が無かっただけだと言えなくもない。
過ぎ去った時間は、もう戻らないのだ。
「何をするのか、したいのか、それはわからんけども、何だって出来るんじゃない? 例えば、仲間作って海行ったり、どっかのテーマパーク行ったり、バーベキューやって肉焦がしたりとか、何だって出来るだろ? したいことすりゃあ良いじゃん」
重い筈の少女の悩みを、改造人間は吹き飛ばしていた。
急に胸の内が軽くなったせいか、愛の腹の虫が蠢く。
「じゃあ、注文しても良いですか?」
「え?」
手の平返す様に元気を取り戻した愛に、良は呆気に取られてしまった。
「だって篠原さん、私の事をションベン臭い小娘……とか云いましたよね?」
愛の言葉に間違いは無い。
「いや、まぁ、えーと……聞こえてた?」
本人を前に、怖じ気づいてしまう良。
青年が弱ったのを機会と見たのか、愛は笑う。
「傷つきましたよぅ? だったら、ご飯くらい奢ってくれません?」
少女の声に、良はガクリとうなだれた。
*
前回同様に、またしても奢りをさせられた良。
薄くなってしまった財布の中身を見ながら、トホホと嘆く。
組織の首領とは言え、給料は支払われていないのだ。
そんな嘆く青年とは反対に、すっかり満足げな少女が居た。
「なんかすみません、また奢って貰っちゃって!」
「い、いやー、良かったなー」
せっかく元気に成った少女を咎め様としない。
ただ、良の声は棒読みである。
「ところでさ、なんかないかな?」
「え? なんかってなんです?」
「いや、だからさ、えーと」
御礼の一言在って然るべきではないかと良は詰め寄る。
とはいえ、流石に通報されても困るので触れはしない。
迫り来る青年に、少女は何かに気付いたらしく手をポンと鳴らした。
「ああ! なるほど!」
いったい何に気付いたのだろうか。 良は期待する。
「あー、でも、私……好きな人居ますから!」
唐突な暴露に、良は長い息を吐く。
「え? あー、そう、じゃあ、うん、また」
良からすれば、一連の出来事をネタに交際を迫るつもりは無い。
ただ、内心【礼の一言も無いのか】と肩から力が抜ける。
踵を返し、去って行く良。
そんな背中を、川村愛はジッと見つめる。
少女は何かを思い出した様に、手をメガホンの様に合わせた。
「篠原さん! ありがとうございまーす!」
背後から聞こえて来た声に、良は振り返らず片手を上げた。
この時、篠原良は在ることに気付いて居ない。
礼を貰えた事で、納得してしまい、それだけだ。
少女は【好き人が居ます】と語っている。
それが誰の事を指しているか、悲しいかな、良は気付いても居なかった。




