怪奇!魔法少女来襲! その9
禍々しい腕が、後少しで少女に届く。
だが、それは飛んで来た何かによって防がれた。
『うお!?』
激しい衝撃には、良も流石に驚く。
改造人間を弾き飛ばしたのは、岩だった。
ボーリングで使用される玉よりも、幾分か大きい岩石。
それだけの質量が在れば、如何に重い改造人間でも怯む。
『なん、だ!? 博士! どうなってんだ!?』
魔法少女の用いる異変は全てが通用しない筈。
にも関わらず、自分は飛ばされる。
その事態に、良は助言を求めた。
首領の声に呼応する様に、組織からの通信。
『大丈夫ですか!?』
心配そうな声に、良も立ち上がる。
視線の先には、石を投げたで在ろう赤と黄の少女。
そんな二人と対峙しつつ、良は内心焦る。
兜のお陰で顔色は見えないが、中身は違った。
『大丈夫じゃないぜ! おい、どうなっちまったんだ? 利かないんじゃないのかよ?』
『残念ながら、首領のお力は異変にしか効果が無いんです!』
博士の声に嘘は無い。
魔法といった【有り得ない力】には良は無敵といえた。
だが、ただの力を用いた事象に付いては無効に出来ない。
何故なら、石を投げただけなのだから。
岩を投げつけられ、良は焦る。
『マジか? じゃあ、どうすんだ?』
焦る改造人間に、博士の不敵な笑いが届く。
『御安心を! 首領の装甲はスターライトです! 石ぐらいじゃ壊れませんよ!』
『すたー、ら……何? ああ、くそ!』
博士と通信して居る間も、良は暇ではなかった。
仲間の助けに成らんと、少女達は次から次へとモノを放る。
放り投げるだけ、とは言え、異常な膂力によるソレは、正に脅威だった。
腕や手で弾き飛ばす事は難しくは無い。
集中すれば避けられる。
「アイ! 速く立って!」
「頑張ってよ!!」
仲間の鼓舞しながらも、少女達は改造人間への攻めを止めなかった。
それは、良にとっては辛い。
知り合いでもないが、だからといって、モノを投げられる。
そんな筋合いは無いのに、一方的に。
苦悩する良と同様に、青の魔法少女である川村愛も悩む。
自分は、どうしたいのか、どうすべきなのかを。
逃げることは出来るだろう。 だが、敵を前にそんな事はしたくない。
彼女には彼女なりの意地も残っている。
どうすれば勝てるのか。
そう悩む少女は、二つ程気付いた事があった。
自分の拳や足は、青年に届いた。
仲間の投げる石や木片は、改造人間に当たっている。
つまりは単純な力ならば通るのだ、と結論付けられるだろう。
だからこそ、少女は心の中で願った。 【もっと力を】と
言葉にすれば文字数はそう多くはない。
が、強い願いは、少女に変化を現す。
改造人間と魔法少女二人の小競り合いの横で、何かが起こった。
『んぁ? なんだ?』
何かは分からないが、空気が動く。
魔法少女達もまた、仲間の変化に気付いたらしい。
「アイ?」
「どうしたの!?」
仲間の声など聞こえて居ないのか、川村愛はしゃがみ込んだまま動かない。
動きはしないが、まるで闇を全身で吸い込んでいる様に見えた。
そして、渦中の本人は、得体の知れない力に惑う。
夜にも関わらず、寧ろ明るく見えてくる。
加えて、身体の痛みは消え、力が漲る。
そんな少女は、外観からして変化を始めていた。
「嘘、まさか」
「妖……魔?」
少女達が驚くのも無理はない。
少しずつではあるが、川村愛は確実に変わりつつある。
それも、今まで自分達が殺した敵へと。
勿論、そんな光景は良にも見えていた。
『うっそだろ? おい! 川村!』
慌てて呼び掛けるが、反応は芳しくは無い。
寧ろ、呼ばれた少女は顔を上げるが、ソレは虚ろだった。
駆け寄ろうとした良だが、慌てて足を止める。
何故ならば、以前にも同じ様な者と既に対峙していた。
その際、良は少女を助ける為に相手を蹴ったが、蹴られた相手は身体の一部が消えてしまった事を思い出す。
つまりは、今良が何かをしようとすれば、少女は消えかねない。
初めから居なかったかの様に。
『くそ! どうすりゃ良いんだ!?』
慌てる改造人間の声に、木陰から何かが出でる
ソレは、リスにも似ているが猫かウサギにも似ていた。
「ふふ、もう、彼女は助からないよ」
抑揚の少ない声はともかくも、怪しげな生き物が喋る。
ソレでもと、良は声の主を睨んでいた。
『なんだぁ、テメェは?』
乱入して来た者に良は罵声を飛ばす。
知人が助からないと云われて憤りが強い。
それでも、その怪しげな生き物は驚いた様子は無かった。
「なんだ、と云われてもねぇ。 ま、一言で云うなら、彼女達の雇い主かな?」
口振りからすれば、どうやら少女達を変えたのはその生き物だと云うことになる。
ソレを聴いた改造人間は、地面を蹴っていた。
爆発的に突進し、雇い主だと自称する者を掴まんと腕を伸ばす。
良の手が掴むや否や、その怪しげな生き物はまるで軟体動物の様に身体の形を変えて避けていた。
一度失敗した良だが、諦めない。 今一度相手の捕まえんと暴れる。
だが、相手も捕まるつもりは無いのか器用に逃げていた。
『この野郎! ちょこまかと!』
「まぁまぁ、そんな怒らずに。 新しい魔法少女なら直ぐに調達出来るから」
スルスルと逃げ回る得体の知れない生き物に、舌打ちが漏れる。
良は、すっかりと蚊帳の外の少女達へ目を向けた。
『おい! お前らも手伝えよ! このクソッタレを捕まえるんだ!』
一人で駄目ならと、助力を頼む。 だが、少女達は目を反らしてしまった。
『なんでだ!? 友達助けないのかよ!? コラ!?』
まるで川村愛を見捨てた様な二人に、兜から覗く光が強まる。
それは恐ろしいが、やはり少女達は動かない。
「無駄だよ、彼女達はね、力を失うのが恐いのさ」
嘲る声に、良が全身全霊を振るう。 博士の言葉に嘘は無かった。
変身した事により、良の身体の安全装置は掛かっていない。
つまりは、想像を超える力が発揮された。
一瞬とは言え、動きを加速した良に生き物が捕まる。
「あ!」
『捕まえたぞ! この野郎!』
勝ちを確信した良だが、捕まえた筈のソレは、まるで雪だるまが溶けるかの様に消えてしまった。
『な、なんでだ!?』
感触が消え、手の中には何も無い。
その代わり、辺りには嫌な空気が満ちる。
─実体なんて意味ないよ。 それにほら、ふふふ、もう直ぐだよ? ほら、見てあげないの?─
何処からそんな声がするのかは問題ではない。
良は、慌てて川村愛の事を思い出す。
見てみれば、確かに彼女は変化しつつ在った。
まだ少女の面影は残っているが、全身の六割は変わりつつある。
仮に変化が完了しても、倒す事は出来る。
ただ、それは川村愛という少女を一人消すことに繋がっていた。
『くっそ!? 汚ぇぞ! 出て来いこの野郎!』
なんとか知人を助けたい。 その一念で、良は叫ぶ。
が、ただの叫びは何の奇跡も起こしはしなかった。
─気にする事かな? 魔法少女なんてさ、みーんな自負勝手な欲の為に自分を売ったんだ。 君が気にする事じゃないでしょ?─
『うるせぇ! テメェの目的はなんだ? 何だってこんな事する!?』
響く怒声に、笑いが混じった。
─何のため? 簡単だよ。 人間に力を与えて、その代償として、彼女達が発するモノを利用す……─
相手の目的が分かったところで、良は納得はしない。
訳の分からないが輩が何をしているのかは、問題ではない。
ただ、見知った少女を助けたかった。
『ぃやっかましい!』
怒り心頭の良は足を踏み鳴らす。
余りに強い力故か、地面にヒビが入る程だ。
見えないが、良は声がする方を指差す。
『なんだかんだとゴタゴタ理由をぶっこいた所でよ! 要は小便臭い小娘の後ろに隠れてコソコソしていやがるだけだろうが! そんなスゲーんだったら女に頼らずテメェで何とかしろ、卑怯者が!』
良は怒っていた。
自分で何をするでもなく、関係無い少女達を身勝手な理由で巻き込む。
そんな輩が許せない。 それが知人ならば、尚更だ。
『くそ! 博士! なんかねぇのか!』
如何に力が強いとは言え、実体を持たない相手では意味が無い。
歯がゆさに苦悩する良の耳に、雑談が響く。
『一つだけ、首領、両手を広げて、思い切り叩いてください』
聞こえて来た指示は、効果が在りそうなモノではない。
が、今のところ良は藁にも縋り付きたい思いであった。
『それで? どうすんだ!?』
『今は……宇宙丸ごと届くと信じてください!!』
懇願する様な博士に、良は疑いを捨てた。
『ええい! もうどうにでもなりやがれ!!』
破れかぶれといった声と共に、改造人間は両手を広げる。
教えられた通り、見えない相手を吹き飛ばすべく。
そして、手を思い切り打ち鳴らした。
激しく打ち鳴らされた音を合図に、見えない何かが良から広がる。
それは不可視なのだが、確実に何かを払った。
変身していた筈の少女達は、あっという間に元の姿に戻る。
「え? 嘘!?」「なになになに!? 何!?」
変身が解かれた事も驚きだろう。
同時に、魔法少女ではない何かに変わろうとしていた愛にも、それは届く。
化け物へと変貌しつつ在った少女だが、あっという間に元の川村愛へと戻ってしまっていた。
─なんだ!? コレは!? 馬鹿な!?─
謎の声も驚いたのだろう。
が、その存在すらも、実体が無いので在れば空気に混じって消える。
見えない波動は、辺りから【異変】を消し去っていた。
*
嫌な空気が消え失せ、静寂だけが残る。
そして、それをしたであろう改造人間の変身も、解けていく。
装甲に覆われた筈の身体は元へと戻り、顔を覆い隠していた兜も身体の中への収納された。
「あ? 終わった……のか?」
知人を助けられたのかはまだわからない。
だが、良は全身から力が抜けるのを実感する。
膝から崩れ落ち、地面に倒れる。 先程まで在った筈の力は微塵もない。
それでも、何とか首と目を動かす。
良の視線の先では、見知った川村愛が倒れていた。




