怪奇!魔法少女来襲! その7
珍妙な来訪者の追求は、良に取っては大問題である。
基地の中を見せろ。
もしも、前もって用意して置いたならば問題は無い。
構成員やアナスタシア、博士達に少し留守にして貰えば良いだけだ。
が、そういった準備など何もしてない。
少人数ならまだしも、大所帯ならばおいそれと動かせるモノではなかった。
「あのさ、ちょっと込み入った事情が在ってな。 で、ちょっと今日は勘弁してくれないかなー……なんて?」
穏便に事を済ますべく、良は提案してみる。
それに対する少女達の答えは、如何にも疑う視線であった。
ジットリと舐める様な目線。
「なーんか、隠してない?」
「とりあえずさ、此奴は退かしちゃって良いんじゃない?」
物騒な声と共に、色鮮やかな武器を構える少女二人。
「ちょっと!? 止めてよ!」
構える二人を愛は咎めるが、それは聞き流されていた。
細い脚の割には、地面を抉る様な爆発的な動き。
それは、改造人間である良ですら目を見張る程だ。
「えい!」「ウリャ!」
ほぼ同時に、左右から武器が良に襲いかかった。
それに合わせる様に、咄嗟に腕で身体を庇う。
「そんな事したって!」
「無駄だから!」
色鮮やかな軌跡を残しつつ、武器が良を捉えた。
そう思われたが、武器を振るった少女達の顔に驚愕が浮かぶ。
「え!?」
「なに!?」
普通であれば、武器の当たった手応えというモノがある。
確実に身体を抉った筈なのに、ソレが無い。
前進した時同様に、パッとその場から飛びす去る。
「なに? どうなってんの?」
「こ、こんなの嘘」
驚愕に歪む少女達の武器だが、青年に当たった筈の先が消えていた。
其処だけ最初から無かったかの様に。
そして、それをしたであろう良も、冷や汗を垂らす。
「ひえぇ、聞いちゃ居たけども、死ぬかと想ったぜ」
博士から既に説明は受けていた。
最新鋭の改造人間である良は、ありとあらゆる【異変】を無かった事に出来るのだ、と。
それが何であれ。
が、聞いては居ても実際に行うとなると、やはり身が縮む思いには変わらない。
「な、なぁ、もう良いだろ? 頼むからさ、帰ってくれないか?」
相手の攻撃を無効に出来ると知った良は、停戦を申し出る。
本来ならば、自分と少女達は戦う理由が無いのだ。
だが、そんな良の願いとは裏腹に、愛はジッと良の目を見ていた。
見ているだけでなく、悔しさからか唇を噛む。
「……騙してたんですか?」
悲しげな声に、良は慌てて両手を横へ振る。
「ち、違うって! そうじゃないってば!」
必死に弁解を試みる良に対して、愛は首を横へゆっくりと振っていた。
「もう良いですよ……変身」
何かを諦めた様な少女の手には、あの怪しい杖。
先ほどの二人と同様に、ソレは閃光を放った。
一種の目くらましに、良は腕で目を庇う。
コンマ以下の間の間に、少女の衣服が消し飛びながらも別のモノへと変わる。
それに伴い髪の毛の色すらも変わっていく。
無論、それは光によって見えてはいない。
そんな爆発的な閃光も止む。
良が慌てて見れば、其処には、髪も着ているモノも変わった愛が立っていた。
「何でだよ? なんもしてないだろ?」
如何にも怪しい少女達三人に取り囲まれ、良は悔しさから呻いた。
作業服姿の青年を取り囲む少女達。
ただ、彼女達が如何に【魔法少女】とはいえ迂闊には手が出せない。
何故ならば、未だに変身して居らずとも、攻撃が通らないのだ。
「イオリ、ウヅキ!」
アイの声に、武器を削られ意気消沈していた二人も気を取り直す。
「いけないいけない」
「大丈夫だって!」
掛け声と共に武器を振れば、直ぐに元通りに戻っていた。
青、赤、黄と、そんな色鮮やかな少女達に囲まれる。
もしも、三人が艶っぽい笑みでも浮かべていれば、或いは良も浮かれたかも知れない。
だが悲しいかな、向けられるのは敵意であった。
ゆったりと、三人は円形に回りながら良を窺う。
未だに彼は変身もしていない。
「出来るんでしょ? 姿現したら?」
知人である少女の声に、良は目を細めた。
出来る事は知ってはいるが、その方法が分からない。
「あーもう、んなこと、やれるならとっくにやってるってのに」
誰にも聞こえぬ様、良はぼそりと呟いた。
とは言っても、今のところは変身はしなくても特に問題は無い。
何せ、相手が【異変】で在る限りは問題は無いのだ。
博士の説明によれば、良は特殊な改造人間である。
相手がどれほど強大な力を有して居たとしても、それが異変である限りは何の支障も無いと伝えられていた。
「……っけぇ!」
背後に回っていた黄色が、武器を槍へと変えて跳ぶ。
槍の穂先は確かに良へと届く。
なのだが、やはりそれは消えていってしまった。
武器を消された黄色が、舌打ち混じりに下がる。
改めて、消された武器を見て驚いた顔を浮かべていた。
「嘘……なんで!?」
少女達からすれば、今まで自分は数多くの化け物を屠った筈である。
なのに、その辺の巷に転がっているであろう青年が倒せない。
その事実に、少女達の顔から余裕が消えていた。
「ね、アイ……此奴、ヤバいよ」
赤の声に、青であるアイも頷く。
未体験の強敵の出現に、少女達は焦っていた。
が、焦っているのは良も変わらない。
出来る事なら穏便に事を収めたかったのに、こうして対峙してしまった。
それは、良の望みではない。
「な、頼むから、帰ってくれないか?」
必死に戦いを止めようと訴える良。
が、それは、止め方が間違っていた。
時に人は、意地に成ってしまう。
【何かをするな】と云われると、余計にしたくなるのが性であった。
「やっぱり、改造人間だけあって仲間が大事?」
「意外ね、そんな殊勝なんて」
余裕綽々を保とうとする為か、少女達の声は些か辛辣である。
無論、良も言い返したい。
何も好き好んで改造人間に成った訳でもなく、組織の首領に収まった訳でもない。
「いや、まぁ、それは」
ただ、自分を慕ってくれる者を見捨てたくはない。
何よりも、組織は良い方向へと進み始めていた。
この場で終わらせてしまえば、ソレまでだろう。
良には、ソレが出来なかった。
「頼むよ、女の子とは喧嘩はしたくないんだ」
良からすれば、如何に相手が敵意剥き出しだろうとも、変えられない矜持がある。
好き好んで異性を叩く真似だけはしたがらない。
「この……嘘つき!」
顔を横に向けた良の隙。 其処へ、怒り心頭の愛が飛び込む。
身勝手な怒りであっても、時に人はそれに身を任せてしまう。
今の愛も同じであった。 但し、如何に怒って居たとしても、意味が無い。
武器の先は、良に届くや否や消えてしまう。
思わず目を見張る愛の肩を、良の手がやんわりと捕まえていた。
「なぁ、なんでだ? 飯だって奢ったろ?」
良の寂しげな声はともかくも、愛は焦った。
青年の手に掴まれた其処から、変身が解けていく。
力を失う恐怖に、愛は思わず悲痛な声を張り上げた。
「ひぃ!? 嫌!!」
「お、おいおい! 人聞きの悪い声出すなよ!」
鋭い悲鳴には、良も思わず手の力を緩めてしまう。
慌てて逃げた愛だが、顔色は青かった。
掴まれた部分を見てみれば、身体自体はどうということはない。
力強く掴まれたならば、跡が残ったかも知れないが、良は其処まで力を込めては居ない。
それでも、変身を無理やり解かれ掛けた恐怖は残ってしまった。
特に何の変哲もないただの青年。
それは、少女達にとっては今や化け物以上の驚異であった。
腰が抜けた様な愛を、黄色が助け起こしつつ、赤が牽制する。
「二人共! こうなったら、アレやるよ!」
白兵戦では分が悪いと悟ったからか、三人の少女は良から間合いを取る。
それは、逃げるというよりも、単に距離を取っただけであった。
元から良には戦う意志も、追い掛ける意図もない。
相手が何をしようとも、恐れては居なかった。
「頼むから、そのまま帰ってくれよ」
懇願にも近い声だが、それは届かなければ意味を成さない。
既に、少女達はある種の配置を取っていた。
愛を真ん中に、黄色のウヅキと赤のイオリが三角形を成す。
「皆! 力を合わせて!」
まるでこれが最後だと言わんばかりの愛の叫び声。
すると、三人の真ん中に何かが集まっていく。
良から見れば、それは細かい光の粒子だろうか。
集まるそれは少しずつ球体へと変わる。
「「「いっけぇ! 三連装魔法砲!」」」
三人の魔法少女が、声を合わせる。
すると、球体は極太の光の槍と化した。
膨大な光と、爆音が辺りを照らす。
ソレには、良も流石に焦った。
何せ、視界を埋め尽くす程の光が迫ってくるのだ。
「………ホントに、コレ食らってもだいじょうぶかよ」
博士が嘘を付いて居なければ、問題は無い筈だ。
例え相手がどれほどの強大な力を振るおうとも。
程なく、少女達が放った光が良を飲み込んだ。
毒々しい色の光は、辺りを飲み込む。
木を焼き、土を削り、粉塵を撒き散らした。
細身の少女達が放ったであろう怪しい光は、航空機の爆弾並みの破壊を辺りに齎す。
悪の組織に属するであろう青年を屠ったかと、アイが確認した。
目を凝らすが、煙と埃が視界を閉ざす。
「やったの?」
「アレ喰らったらタダじゃすまないっしょ?」
二人の声には取り合わず、アイはただ凝視していた。
昼食を共に取った時は、少女は篠原良に共感すら覚えた。
自分もまた、理不尽にこの姿に変えられ、その代償として戦い続けている。
だからこそ、少女は青年に僅かながらの憧れを感じた。
もしかしたら、恋に近い何かが在ったのかも知れない。
が、裏切られたと感じた途端に、それは強い憎しみへと変わっていた。
落ち着きを忘れ、激情に駆られる。
そんな少女の耳に、音が聞こえた。
抉られた木の悲鳴でもなく、巻き上げられた小石の立てる音でもない。
それは、明らかな咳き込みだ。
「うぇ……口の中に入るんですけどぉ」
咳き込みつつ、ぺっぺと砂を吐きながら、煙を割ってくる者。
邪魔そうに手で煙を払いながら現れた青年。
そんな彼は、多少汚れが見えるものの、全くの無傷であった。




