恐怖!悪の軍団! その1
『お前はいったい何が目的なんだ!?』
テレビ画面に映るボロボロの男は、対面に立つ悪党らしい人物へ問い掛けた。
問い掛ける相手は、長々と戦ってきたらしい相手。
問われた人物は、低く笑う。
『ふふん、俺の目的だと? そんなもの決まっているだろう? 世界征服だよ!』
目的を聞かされた男は、顔を歪ませた。
『生憎だが、そんな事はさせねぇぜ!』
対峙する両雄。 空気が歪む。
と、そんな映画が流れる中、それをボーッと眺める青年。
「目的ってさ、映画だからなぁ……何でもいんじゃないの?」
当たり前だが、画面に向かって意見を言っても返事はない。
淡々と見ていた青年だが、両手を天井へ伸ばし、欠伸を漏らす。
「はぁ、俺にもこんな事無いのかなぁ」
平和を絵に描いた様な夜。
一人の青年は、そうぼやいていた。
*
「あー、連休かぁ……なんかおもしれー事ねぇかなぁ」
良く晴れた土曜日の昼。
端から見ても凡庸か青年は、空に向かってそう呟いた。
大学を出て、就職し、休日を迎える。
何処にでも居る、何の変哲もない、平凡を絵に描いたような青年。
「あーあ、このまんま、なーんも無いままなのかなぁ」
人生に飽きるというほど、楽しんだという記憶は青年には無い。
寧ろ、危険からは遠ざかって来た。
平穏こそ無事に手に入れたものの、いざそれは退屈に想えてしまう。
其処で、青年は立ち上がった。
「月曜日までは休みだけど、さぁてと、本屋でも行って、なんか借りるかなぁ」
どうせなら遠出でもしたいとは想うが、財布の中身と相談の結果、無難な所へ落ち着いてしまう。
我が身の性格に、青年はフゥと息を吐いた。
*
「あ、すみません」
少し歩いた所で、青年は自分へと掛けられた声に気付く。
ハタと振り返れば、其処には人が立っていた。
見える人物に関しては、怪しいとしか見えない。
一応は女性だ。
ただ、季節感を全く無視した異様な格好。
医者か科学者のつもりか、何故か小柄な女性は白衣を纏い、その顔には不釣り合いに大仰な眼鏡を掛けている。
「あー、えーと?」
当たり前だが、面識が無い青年からすると訝しんでしまう。
対して、声を掛けたで在ろう人物は、ニヤリと笑う。
「申し訳ないんですが、お時間在りますかぁ?」
どう見ても不審な人物の声に、青年は鼻を唸らせた。
せっかくの休日なのに、何が悲しくては自分は不審な人物に絡まれるのか。
「えーと、いや、用事が有りまして」
別に喧嘩に飢えている訳でもない。
出来れば、穏便にこの場を立ち去りたい。
それが、青年の声として出ていた。
「まぁ、そんな事云わずに、それに……」
「それに?」
思わせ振りな声に、青年は思わず聞き返してしまう。
ソレを受けた不審者は、ジロリと青年を見た。
「あなたぁ、さっきから世の中つまらないなぁってそんな顔してましたよ?」
そんな声は、青年の鼻をウッと唸らせた。
「そ、そんな事関係無いでしょ?」
そのズバリを言い当てられ、思わず声が上がる。
が、不審者は動じなかった。
それどころか、上半身を揺すりつつ、距離を詰めてくる。
「まぁまぁまぁ、そう怒らずに……どうです? すごーく面白い事があるとしたら?」
如何にも怪しい誘い。
が、深呼吸で落ち着いた青年は、ふと、思った。
この不審者に対して、ちょっと何かを答えた所で、何も変わらないのだ、と。
「……そりゃあ、まぁ、楽しいってんなら」
云うだけならば、タダであるという。
もしも、風俗店などの誘いならば断らば良い。
だが、青年は答えていた。
「そうですか……では」
そう言うと、不審な女性はヒョイと一歩後ろへ下がる。
その途端、青年は後頭部に衝撃を感じた。
ポカっと背後から一撃を浴びた青年は、呆気なく路上に転がる。
「はい、一名様ご案なーい!」
そんな声に、様々場所から人影が現れる。
その全員が顔を隠して居り、何故か全身真っ黒のタイツを着ていた。
*
青年が気絶させられてから、時間が過ぎる。
手術台にも似た台座に寝かされていた彼は、ハッと目を覚ました。
「……うー……あー、此処は?」
目を開けた青年に見えるのは、見知らぬ光景。
窓が一切見えない、ヤケに怪しげな部屋である。
岩剥きだしの壁には梁が張られ、何処かの地下道を彷彿とさせていた。
「えぇ? てか、何処だよ……ん?」
とりあえず起きようと試みる青年だが、ガチンと音がして動けない。
「お?」
首は固定されて居らず、なんとか動く。
其処で、青年は自分の状況を調べた。
そして分かった事は、なんと自分の手足が固定されているという事実。
更には、訳の分からない集団が自分を取り囲む。
たっぷり数秒間は困惑したが、青年は眉を寄せた。
「んぁ!? なんじゃこりゃあ!? おーい! 誰か助けて!!」
どうやら、自分が捕まってしまったと悟った青年。
恥などはサッサと捨てて助けを乞う。
が、救助は現れず、周りの怪しげな集団も動かない。
助けの代わりに、部屋には不気味な笑いが響いた。
─ふふふ……目覚めたようだな─
声には違いないのだが、それはあたかも部屋全体から響いてる様に聞こえた。
「ん!? だ、誰なんだ! いったい俺をどうしようってんだ!?」
声を張り上げる青年の耳に、またしても不気味な笑いが届いた。
─篠原良よ─
自分の名前を言い当てられ、青年は愕然とする。
「て、テメェ! どうして俺のことを!?」
─免許証を見せて貰った─
「えー、あ、そうですか……」
意外な情報源に、青年、篠原良は思わずガッカリと感じた。
もっと凄い何かが在るのかと思った所への肩透かし。
が、捕まっているという事実は変わらない。
「……て、そんな事よりも! 何なんだ! 出してくれ!」
とりあえず脱出しなければ何も始まらない。
其処で、良は要求する。
─残念だが、それは出来んな─
返ってきた答えは、否定であった。
こうなると、良は益々困ってしまう。
至って普通の自分をさらっても、身の代金など高が知れている。
「お、俺なんかをさらってどうしようってんだ!? 金なんかねーぞ!」
もはや開き直りに等しい良。
そんな彼の耳に、しつこい笑いが届いた。
─金などに興味は無い。 篠原良よ、君の改造は既に終えているのだ─
響く声に、良は思わず首を傾げた。
聞き間違いでなければ、【改造は終わった】と云われたのだ。
「お、おい、改造ってなんだ? 俺に何をした!?」
焦る良は、思わず身体を動かす。
すると、本人が思う以上に身体は力強く動いた。
金属製の鎖を引き千切り、良は身を起こす。
「こ、コレは? いったい………」
金属をねじ切る程の力に、良は思わず自分の手を見る。
ただ、傍目にはいつものそれと変わらない。
「オイコラ! 改造ってなんだおい?」
苛立つ良の目が、暗がりから在るモノを見つけ出す。
其処は暗い筈なのだが、まるで猫や梟の如く見えた。
異形の怪物を着想にしたであろう、不気味なエンブレム。
そんな一部が、ピカピカと光る。
─ふふふ……素晴らしい仕上がりだ。 篠原良よ、今後貴様は、我が組織の改造人間として、その命を使って貰う!─
一方的な宣告に、良はムッとした。
普通の休日を過ごしていた筈の自分が、いきなり怪しげな団体に何処かへ連れ去られ、改造されたとあっては堪らない。
「はぁ!? ざっけんな! 何勝手な事ぬかしやがる!? テメェの目的は何なんだ!?」
怒りが、良を吠えさせた。
座った状態から容易く立ち上がる。
プロの運動選手でも不可能な動きに、良ですら驚き、彼を取り囲む集団もまた、オォと感嘆の声を漏らす。
─良かろう……貴様にも教えてやろう。 我等の目的は、世界征服だ!─
大仰に響く声。
それに合わせるが如く、怪しい集団も「首領万歳!」と声を張り上げた。
だが、それを聞いた良は、ウンと鼻を鳴らすと腕を組む。
「は? え? ちょっと待って、目的が世界征服? なんで?」
直感的に感じた疑問。 それを良は呈す。
騒がしかった集団もまた、一斉に声を潜めた。
─なんでとは? 世界征服の何がおかしい?─
意外な事に、謎の声は良に問い返す。
応えて貰ったと在れば、良も邪険にはしたくないと感じてしまう。
「いや、だってさ、世界征服って……手段ですよね?」
良の声に、部屋はシーンと静まってしまった。
誰も何も云わない。 奇妙なエンブレムも、集団も。
仕方なく、良は口を開く。
「いや、ですからね、ハイキングとかドライブとかは、何処かへ行くって目的が在るでしょ? でもハイキングもドライブも、その物は移動の手段ですよね? まぁ、道中を楽しむとか? でも、世界征服をして、何がしたいんですか?」
良の疑問に、部屋がざわめいた。
青年が投げ掛けた疑問。
それは、余りに単純だが、答えは帰ってこない。
部屋に居る集団もまた、良の呈した疑問に何やら話し出す。
「え? でも、世界征服して……えーと」
「だって、私達の目的……せかいせいふく」
ボソボソと話し合う囁き。
なんと、良を連れ去り改造まで施した程の集団は慌て出す。
そんな騒ぎには取り合わず、良は、怪しいエンブレムへと目を向ける。
「えーと? 誰か知りませんが、もう一回お尋ねしますよ? 何をするんです? 世界征服をして? その後は?」
良の声に、エンブレムのピカピカ光る速度が速まる。
─わ、我らの……もくてき……せかいせいふく……そのあと……は─
光の点滅は少しずつだが速くなる。
答えを聴いても、良の不満は拭えなかった。
「いや、ですから、世界征服しましたよ? バンザーイ! で、その後ですよ? 手段は分かりましたけど、目的は何なんですか? もしかしたら、手段と目的を履き違えてません?」
よく分からない集団に拉致されたという事実に、良は苛立っていた。
それ故に、彼の口撃は苛烈である。
─そ………そんな……バカな……─
良の口撃は、首領の欠点を突いていた。
そして、点滅が分からなくなる程速くなり、突如として火花が走る。
─ぐわぁああああ!?─
異形のエンブレムは、断末魔を残して派手に爆砕してしまった。
当然ながら、そんな様を見て、良は唸る。
「えぇ……もしかしたら、目的が無いのかよ!?」
悪の組織に改造されてしまった青年の声が、部屋には虚しく響いた。