10年後の出会い3
動揺を表に出さないように……いきますっ。
「あら、目が覚めましたか」
「え……?」
間の抜けた顔で、男性はまだボーっとしているようでした。
先程まで倒れていたのですから、仕方ありませんね。
「気分はどうです? 話はできそうですか?」
少し待つと、意識がはっきりしてきたようです。
視線が定まって、表情も笑顔になりました。
何か言おうとしています。しっかり身構えて……。
「ああ、身体は重いけど、話はできそうだよ。君が、面倒を診て……くれたのかな?」
「まあ、あそこにあのまま居てもらっては困りますから」
「あそこに、あのまま……」
今度は何かを確かめるように、きょろきょろと視線をさまよわせ始めました。
状況が掴めていないでしょうから、これも仕方ない……とは、思うんですが……。
この人、なぜこうも笑顔なのでしょうか?
考えてみると、どうにもおかしいです。
何もないのに笑っているのも変ですし、この妙な落ち着きも……。
そうです。慌てていないということは、何らかの意図があって、神樹様のところに居た可能性があります。なんだか胡散臭くなってきました。
用心に越したことはない……ですね。
なんせ不審者で、変態です。
一度、しっかりと問い詰めることにしました。
私も馬鹿じゃありません。もしもの備えは持ち込んであります。
相手を警戒させないように、ゆっくりと部屋の隅へ。
そこに用意しておいた“剣”を両手で持ちます。
家がこういう物を扱うところで助かりました。
さすがに今のご時世、護身用でも一家に一振りとはいきませんから。
あくまで冷静に。呼吸を落ち着けてから……。
「あなたは、どこの、誰ですか?」
私は一気に振り向き、男性へ向けて剣を構えました。
「はい! 上木 翔と申します! しがない会社員をしております!」
……?
返ってきた反応に、私は少し拍子抜けしました。
さっきまでとは打って変わって、妙に慌てますね。
“たかが剣を向けられたくらいで。”
それに……。
「かいしゃいん、というのは聞いたことが無いです。ますます怪しい……」
男性はよくわからないことを言ったきり、固まったままになっています。
どうにも反応がおかしい。少なくとも、この国の人ではない気がします。
この国の男性なら、この歳でここまで動揺するはずありません。王族やお医者様ってわけでもないでしょうし……。
それならばと、別の質問をしてみることにしました。
「質問を変えます。どうしてあそこに居たんですか?」
「あそこって……? どこのことかはわからないけど、俺は無実だよ! 変態という名の紳士だよ!」
は?
またしても意味のわからない返答。
その上この人、今自分のことを変態だと言いましたか? 自らそう名乗りましたか?
……いえ、“という名の”?
そういう名前……なんでしょうか。
もしそうなら、親は何を考えてそんな名前を――ああいや外国の人かもしれないんでしたっけええっと……っ。
ただの変態ということでいいのか、警戒を続けたほうがいいのか。
まだまだ迷いつつ……でもどこか、冷静になった自分が居ました。
なぜなら、この人のほうが慌てているように見えるから。
私は静かに質問を続けます。
「……あなたがさっき寝ていた場所のことです」
「その場所がわからないんだけど……」
「とぼけないでください。あなたが寝ていた神樹のことです」
「……」
向こうも少し落ち着いたのか、何か考え込んでいるようです。
これなら、剣で問い詰める必要はなかったかもしれません。無駄に混乱させましたかね。
……む。
でも今度は、なぜか無遠慮に私のことを見ています。
視線が気になり始めた時でした。
「異世界転移……」
目の前の男性が、そんなことを呟いたのは。
「何を言ってるんです?」
「す、すまない。とにかく、君の言う神樹様の所になぜ居たのかは、本当にわからないんだ。信じてほしい。むしろその時は意識も半端で、気が付いたらこのベッドだったって感じなんだよ」
「気が付いたら、メルクリウ様の所に居た……?」
今、この人が言ったようなこと……聞き覚えがあります。
こことは別の世界――異世界から来た人が、この世界を守るためにどこかで日々奮闘しているって。
でもそんな人が現れたのは、10年ほど前って話だったはず……。
「俺、こわくないよー? 優しい人間だよー?」
一応は警戒をしていましたが、最初から悪い人とは思ってない。
言っていることも、すぐには信じられないけどおかしくは……ない。
私は剣を下ろし、しっかりと目の前の男性を見据えました。
「もし本当なら、もしかしてあなた……」
もしかしたら、この世界にとって大切な人なのかもしれない。
そんな大切かもしれない人が、ずるりと崩れるように倒れました。
……えっ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか! ちょっと!?」
後になって考えてみれば、まだ本調子じゃないはずなのに、無理をさせてしまったからでしょう。
少しばかり、反省です。
こうして私は、16歳のとある日に……一人の男性と出会いました。
……初見が全裸という、なんとも言えないものでしたけど。