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新たな日常のために4

 それは力強く、芯の通った声でした。

 ついさっきまで、子どもっぽい行動をしていた人だなんて到底思えません。この人は本当に、こういうことが多いです。


「何をです?」


 私は振り返らずにそう返しました。

 そうじゃないと動揺を隠し切れないくらいに、とんでもないことを言われるような気がしたからです。


「俺、ずっと考えていたんだ。何のためにこの世界に来たんだろうって。その答えが出た。俺はこの世界に住んでいるすべての人間を、今より豊かにしてみせる」

「……はい?」


 そして、そんな予感は的中しました。

 ですがそれは、あまりに突拍子なさ過ぎて、私は結局振り返ってしまいます。


「この世界のみんなが、もっとおなか一杯ご飯を食べれて、遊んで、元気に暮らせるようにするってことだよ!」

「いや、意味はわかりますが……また唐突に、突拍子もないことを……。何か考えがあって言ってるんですか?」

「もちろん」

「もちろんって……王様にでもなるおつもりで?」

「いやいや、まさか。俺には王様になって、国をどうこうできる能力は無いよ」

「なら、この世界の皆の生活を良くするなんて、どうやってするんですか」

「商売さ。俺にできるのは、やっぱりそれだよ」

「……冗談ですか? 商売で世界全体を良くするとか、何を言ってるんです?」


 まるで意味がわかりません。

 商売は、自分が生きるためにするものです。


「マリーには、俺が元の世界で店長をやってたって、確か言ってあったよね?」

「ええ、聞きましたね。それでお兄さんの話を、聞いてみることにしたわけですし」

「でもどんな店の店長をしていたか、まだ教えていなかった。俺はね、大手のチェーンストアで、店長をやっていたんだ」

「ちぇーんすとあ……というのは何ですか? 普通の店と違うんですか?」

「基本的には変わらないんだ。商品を売って、儲けを出して、それで生きていく商売だよ。でもチェーンストアには、個人店には無いもう一つの役割というか、目的みたいなものがあるんだ。簡単に言うと、同じ形態の店舗を100以上の単位で展開して、そのすべてで同じ水準のサービスを提供するお店のことかな」

「ひゃ、百……?も同じような店を、展開……ちょっと意味がわかりません」

「まあ、すぐにはピンと来ないよね」


 警戒して聞き始めたつもりでした。

 夜の勉強会もずっと続けてきている私です。お兄さんが何を言い出しても、もうなんとか理解できると思っていました。


「仮で考えてみてよ。例えば、今みんなはそれぞれでお店をやって、それぞれで利益を出しているでしょう?」

「そうですね」

「まずは、それを一つにまとめるんだ。簡単に言うと、何でも屋かな。商品には、売れる時期が限られるものがあったりする。日々売れる安い商品があって、たまに売れる高級な商品がある。売れ方のブレが大きくて、時折お金が足りなくなるから、それによって値段が上下したりする。騎竜便での仕入れも、上がったりしてたでしょ。だからまず、店を合体させる。経理を一つにまとめて、何かが売れない時、他の何かを売ることで、常に利益を確保できるようにする。そして少しずつ、お金の余裕を作っていく。全体のどこかで安定して売上が出せれば、もう売れないことにビクビクする必要が無くなるんだ。そういう店を、この世界に200は作りたい」


 ですがお兄さんの話は、まるで真剣に御伽噺を語っているようです。


「言っていることは……わからなくも、ないですけど……。そういう店をたくさん作ると、なんで生活が良くなるんですか?」

「うん。まず店が増えると、生まれる余裕の量も増える。そしてさらに、どこかで店ごと売上が足りなくなってしまった時に、他の店の売上でそれを打ち消せるようになる。日々の生活で必要なお金が、足りないなんてことになり辛くなっていく。すると、お金にどんどん余裕ができていく。そうしたら、もうこっちのものさ。商品を売る値段を安くして、今まで必要な物でも、買うに買えなかった人に商品を行き渡らせることができる。もっと余裕ができたら、整備の足りてない道を直したり、何かの施設を造ったり」

「ちょ、ちょ、ちょっと色々待って下さい! 安く物を売れるように……とかは百歩譲っていいです。正直なんの夢理論かと思いますがいいです。でも、道を直すとかは意味がわかりません! そんなのは商売人がやることじゃありませんよ。必要な人たち自身か、もしくは国がすることじゃないですか!」

「確かに、基本はそうだよ。でもチェーンストアっていうのは、きちんと機能すれば、それができるシステムなんだ。100単位規模の店の売上を一つにまとめて、運用、管理すれば、時には国ほどじゃなくても、それに近い動かせるお金を確保できることだってある。そしてそれを、地域の活性化のために繋げていく。商品を買ってくれたお客様に、お返ししていくんだ」


 それは本当に店で、商売なんでしょうか。

 少なくとも、私が知っているものではありません。


「……それが、お兄さんがたまに言っていた、お客様のためにという言葉の意味だったというわけですか」

「少し違うけど、まあそうだね。そしてこれは、べつに俺の妄想じゃない。俺の元居た世界では、現実として機能していたことなんだよ」


 お兄さんは、どうやら私を落ち込ませるのが趣味みたいです。

 私が先を描いて、やる気を出したその場から、それを打ち砕く大きな世界を突きつけてきます。

 これでも、お兄さんのいう『現代の経営』なるものはかなり覚えたのに。

 ああ、でもお兄さんは確かに言っていました。これはまだほんの一部。個人店に関することだけに絞ってるって。

 あまりの情報量に、最初に言われていたのを忘れてしまってましたよ。


「……正直、壮大な妄想を聞かされた気分にしかなりません。それを、本当にこれから、この世界に作っていこうって言うんですか?」

「うん……そのつもり。時間はかかるだろうけど、割と急がないといけない理由もあるんだ」


 私は、今やっと確信しました。

 普段があまりにそれらしくなくて、まだどこか信じてなかった。

 でもこの人は……この人は、誰に言われることもなく、世界を救うなんてことを考えてる。


「やっぱり……お兄さんが、神様の……」

「だから、マリーとは一旦お別れだ。俺は近くにあるっていう、大きな町の方に行ってみるよ」


 ……?


「……ってはい!? 何を言っているんですかお兄さん! 一緒に砦町の方へ、来ないということですか!?」

「うん、何せ余裕が無いからね。先に、今知っている範囲での話とはいえ、一番大きな町を見ておきたいんだ。物価の基準とかも知りたいし、何より人の住んでいる町は、砦町の向こうには無いんでしょ? なら今後の為にも、まずはもう一方の町を見ておきたい。正直不安もあるけど、目的ができて、踏ん切りもついた。だから心配しないで」


 お兄さんは、淀みなくしゃべり続けます。

 もうこれは決まったことで、私が何を言っても変わらない。聞いているだけで、そう理解できました。


「調べたいことを調べたら、砦町の方にもどの道一度は」

「私も行きます」


 だから、私も決めました。


「……え?」

「私も行きます!」

「いや、でもマリーはストスさんと、砦町に行くことになってるんでしょ?」

「そんなのはお兄さんだってそうです! 第一、一人で行くって、本当に大丈夫なんですか? またこの世界のことをよくわからず、変なことをしでかすのが関の山です」

「マリーだって、この村の外のことは知らないくせに……」

「何か言いました?」

「いや、やっぱり危険なこともあるかもしれないし」

「いいんです! もう決めました。危険上等です。それにさっきの、色々夢みたいなことを、たった一人で成し遂げられると思いますか? 協力者が必要なんではないですか?」


 内心の不安を押さえ込んで、私は精一杯強がってみせます。

 お兄さんをからかうみたいに、仕方ないですねというふうに。

 だってそれくらいは飛び上がらないと、ついていけそうにないから。


「確かに、マリーの言うとおりだ」

「ふふ、でしょう?」


 ああ、その甲斐あって、説得できてしまいました。

 これでもう後戻りできません。不安が心に広がっていきます。

 だって私には、お兄さんの見ている景色が見えていないんです。


「うん、まあいざとなったら、俺が全力でマリーを守るよ」

「……~~~っ!?」


 ですが、そんな私の内心を読んだみたいに、お兄さんは馬鹿なことを言ってのけます。

 ええ、それはもう馬鹿なことです。魔術だって、私よりも使えないくせに。


「そ、それでいいんですよ……」


 だというのに、私は無意識に何を言っているんでしょうか。

 これではまるで……。



 これから私は、いったいどうなってしまうのでしょう。

 とにかく、今わかるのはこれだけです。

 これから私の日常は、とんでもないものになっていく――。

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