新たな日常のために3
さらに数日が経ちました。
お兄さんもアンシアさんも絶対安静が解かれ、いよいよ騒動を乗り越えて、日々の生活に戻ろうという頃合いです。
その間にあった出来事といえば、市場の人たちとのことでしょうか。
ある日、市場のみんながお兄さんに謝りに来ました。
あの事件の日に動けなかったことや、そのせいで命をかけさせてしまったこと。
ただ、そうはいっても全員が自分からというわけじゃありません。中には、助けてもらったけじめとして、ソウさんが引っ張ってきただけの人も居たはずです。
でも、それは仕方ないと思います。私にも、その気持ちがわかるからです。
私だって、あの指切りの衝撃で勢いづいてなかったら、ちゃんと動けたかわかりません。
あのまま死んでしまうなら、それはそれで。そんなことを考えていた人も居る……と思います。
だって、きっとこれからまた続くんです。
変わらない我慢の日々。
明日があるかもわからない。ぎりぎりで食いつないでいく生活が……。
実はこのことについて、私は少し後ろ暗い思いです。
なぜなら私の家は、今度この村を出ることになるから。そしてきっと、今より生活に余裕ができます。
それがついさっき、ついに確定したんです。先日言いそびれたままになっているこの話を、今度こそお兄さんに伝える。そのために、私はお兄さんを探しているわけです。
ええ、そうです。探していたんです。
「お兄さん、またそんな所に登って! 本当に子どもですか!」
「ごめんごめん、すぐ行くよ」
お兄さんが居たのは、今は瓦礫の山となった私の家があった場所……の、近くの木の上です。
なぜ登るのでしょうか。高いところに何かの魅力でもあるのでしょうか。
どうにも理解できません。
飛び降りてきたお兄さんに、私は呆れて話しかけます。
「確かにもう絶対安静は解けてますけど、ふらっといなくならないでくださいよ……」
「ちょっと考えたいことがあってね」
「考えごとをするのに、わざわざ村からここまで来たんですか?」
「まあ、散歩がてらね」
こんなことを言っていますが……おそらくそうじゃありません。
お兄さんは、この頃どこか、気まずそうにしています。
たぶん、まだ気にしているんです。あの金髪の人が居なければ、私たちが死んでいたってことを。
あと、村のみんなから謝られた時から、どうもそれ以外にも何か考えていそうなんですよね。
間違いなく抱え込みすぎですが、この人は何度言っても聞きません。
私は諦めて、まず目的を果たすことに決めます。
「そういえばお兄さん、今後の話なのですが……」
「え……う、うん」
「砦町の方に、引っ越すことになりましたので、よろしくお願いしますね」
「うん……え? そ、それどういうことなの?」
「実はもともと、そういう話があったんですよ。お父さんの腕を見込んで、前線である砦町の方で、工場を構えてもらえないかって。今までは理由があって断っていたみたいなんですけど、今回の件で、お父さんも心境の変化があったようで。そのお誘いを受けることにしたそうです。砦町に行けば、住む場所と、鍛冶場を借り受けることができるそうなんですよ」
これが、なんだかみんなに悪い気がする理由です。
はっきりいって破格過ぎます。お父さんの実力あってのことですし、考えたところで仕方ありませんけどね。
お兄さんに自分がそう言っているように、私自身も余計な負担を抱え込むわけにはいきません。
「そうなんだ……それはよかったよ。正直気にしてたから、一つ肩の荷が下りた」
「はいー?」
そんなことを思っていた矢先にこれです。
今、衝撃的な事実が新たに判明しました。
この人はつまり、魔物に対抗するため犠牲にした家のことまで抱え込んでいたんです。本当に呆れ果ててしまいます。
「お兄さん、まーた一人で抱え込んでるんですか? 今回はあれですか。住む場所が無くなったのは、自分のせいーとか感傷に浸っていたわけですか。大体お兄さんは……」
ああ、でも……ここまで言いかけてしまいましたが、私が偉そうに言うのは違いますよね。
それにこの人は、私が言っても聞かないんですから。
あの時も、さっきも、同じことを思いました。
お兄さんは、私の言うことを聞いてくれるけど、聞いてくれません。それはきっと、やっぱり下に見られているからです。
私だってもう大人なのに。
でも、そう言い張れないくらい知識や経験に差があることは、もう理解しています。
だから、今は我慢するしかありません。
でもいつか、成長して見返してやるんです。
「はあ、まあいいです。とにかくそういうわけなんで、村に戻りましょう。今日は準備をして、早ければ明日には、砦町に向かいますよ」
「え、そっか……ずいぶん急だね」
先導して、村へと歩き始めます。
少しでも、しっかりしているところを見せたくて。
私にだって、やれることはあるんだと示したくて。
「マリー、俺決めたよ」
ですがそんな私に、後ろから声が掛かけられたんです。




