新たな日常のために2
わたしは、初めて本当の後悔を知った。
あの日から数日。わたしは自分のベッドで、まだほとんど動けずに居る。
今も、上半身だけ起こしたまま、一人であれこれ考えてて……。
ずっと、後悔ばかりして生きてると思ってた。
でもあんなのは、弱いわたしがほんのちょっと落ち込んだだけ。
あの時……翔さんが魔物に襲われた時。
わたしは、ほとんどなにもできなかった。
『お兄さんってば、仕方のないことなのに、魔物に対して何もできなかったーとか言うんですよ。何を言ってるんですかねー』
これは目覚めた後、お見舞いに来てくれたマリーさんが言った言葉。
馬鹿にしているみたいな言い方だったけど、翔さんを心配してるんだってすぐにわかった。
そしてそれが……わたしのむねに、大きな刃物みたいに突き刺さってきた。
これまで感じてきたトゲのような感覚とは全然違う。
まるで、あのまま魔物に切り裂かれたみたいな、痛くて苦しい想像が浮かんでくる。
魔物と出会ってしまったら、どうにもならない。
騎士として鍛錬を積んだ人たちでも、数人がかりで対処する。
そういう存在だから、普通はマリーさんの言う通り、諦めるしかない。
…………でもわたしはちがう。
わたしは、マリーさんたちとは違う。
わたしが、父さんから逃げてなかったら?
わたしが、訓練から逃げてなかったら?
『アンシア、必要になってからでは遅いんだ。逃げるな。力を――』
恐怖しか感じていなかった言葉。
でも父さんの言う通りだった。
壊したり、殺したり……。そんなことしたくなかったし、それは今もそう。
でもわたしが逃げてたせいで、みんなが死んじゃうところだった。
わたしができたのは、とっさに飛び出して壁になるくらい。それだって、小さい頃に厳しくされてたおかげ。
その後のことは、マリーさんに聞いたけど。
力があったから時間稼ぎにはなれた。
力が足りなかったから、金髪の人が間に合わなければみんな死んでた。
マリーさんたちも……翔さんも。
特に翔さんとは、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
“押し付けて”申し訳ないのもそうだけど……。
えっと、あの……ゆびきりしちゃったこともあるし――
「もしもーし……?」
――っ!?
「あ、翔、さん……お、おはよう、ございます」
「アンシア、よかった。元気そうだね?」
「はい、翔さんも、元気そうで、よかった……です」
会いたくないと思った矢先に、そっと部屋を訪ねてきたのは、他でもない翔さんで。
わたしはとっさに取り繕いつつ、なんとなく掛布を引き上げて、翔さんから自分を隠した。
「隣、いい?」
「あ……はい」
べつに隣といっても、ベッドに居るわたしの真横とかじゃない。すぐそこに置いてある椅子を、ほんの少し寄せて座ろうとしてるだけ。
それなのに、わたしの身体はなぜか無自覚に反応して、翔さんから距離を取ろうとする。
「痛っ……」
「ちょ、アンシア大丈夫!?」
「へ、平気です。少し、痛んだだけ、ですから……」
まだ治ってない傷に、そんな無自覚な動きを指摘される。
翔さんに心配させてしまったことが、今はただ申し訳ない。
「それなら、いいんだけど……無理してないよね? なんだったら、横になってもいいから」
「あっ」
申し訳ない……のに。
それなのに、こうして撫でてもらえることがうれしい。
だけど、やっぱり恥ずかしい。
わたしは結局、掛布を目元まで持ち上げて、ほとんど隠れきってしまって。
「アンシア、ありがとう。あの時、庇ってくれて……俺のせいで怪我させちゃって、ごめんね……」
でも、そんな翔さんの言葉に、わたしの心から熱が引く。
「……翔さん、わかって、ません。マリーさんに、聞いた……通りです」
「え、マリーに何聞いたのアンシア……」
「翔さん、一人で、抱え込むからって、心配……してた」
「あ、あーそういう風に聞いてたんだ。いや、そんなことは……」
「あり、ます。翔さん、たった一人で、あの魔物を引き連れて、みせて……かっこよかった、です。そんな翔さんを、守るの、当然です」
翔さんは、やっぱりすごい。
わたしと違って本当にどうしようもないことだったのに、あれを自分で背負おうとしてる。
逃げようと……しない。
本当は、一番危険な役割を翔さんに任せちゃいけなかった。
囮は、わたしがやらなきゃいけなかった。一番魔術が上手なのはわたしだから。
でも、わたしは逃げた。
逃げずに作戦に参加してるって言い訳して……逃げた。
そのせいで翔さんは死にかけた。
「翔さんだって、怪我、してます。痛く……ないですか?」
翔さんの耳は、今も切り落としたみたいに、一部が抉れたまま。
傷は塞がっているけど、その見た目はとても生々しくて、痛々しい。
「ああ、大丈夫だよ。治癒魔術とかいうので、傷はすぐ塞いでもらえたみたいだし。まあ確かに傍から見ると、痛々しいかもしれないけど……これも、男の勲章みたいなもんだよ!」
「それに、わたし……まだ、あのことも謝ってない……」
「あのこと……?」
それは、マリーさんのお店に土魔術を打ち込んだこと。
あの時、翔さんはすごく怒ってた。
あの件は、マリーさんには逆にお礼をされちゃって、もう言いっこなしとも言われてる。でもやっぱり、わたしとしては謝りたくて……。
他にも、たくさん、たくさん……。
わたしは……翔さんにお返ししなきゃいけないことだらけ。
こんなわたしが、お兄さんと一緒になんて……なれないよね。
「お兄さん! お兄さんこちらですか!?」
「うわっ」「ひゃ……」
「ああ! 本当に居ました! お兄さん、ちゃんと部屋に居てくださいって、私言いましたよね!?」
だめだと思ってるのに、なんだか心地いい。
そんな静かで二人きりだった空間に、大きな声と共にマリーさんが飛び込んできた。
すごく怒ってるみたい。えっと、言われてることからすると、もしかして……。
「翔、さん……抜け出して来てたん、ですか?」
「いやあ……。アンシアも無事とは聞いてたんだけど、本当に心配だったから……」
「っ……」
だめなのに……なんだか顔が熱くなる。
「アンシア?」
「お、兄、さ、ん?」
「いたたたたた痛い痛い! 怪我した耳を引っ張るのはひどくない?」
「何言ってるんですか完全に治ってるくせに。安静にしないといけないのは、貧血とかで安静にと言われているからでしょう! どこかで倒れていたらどうしたんですか」
「ご、ごめんって……アンシア、一度帰るね。また今度!」
「アンシアさん、失礼しました!」
「あ、はい……」
二人のやり取りは、とっても速くて、自然で……。わたしは口を挟むこともできずに、今はただ二人を見送った。
「……いつか、お返しします」
聞こえるはずもない大きさの声で、そう呟く。
いつか必ずお返しする……から。
わたしがもらった、恩とか、やさしさとか、いろいろなものを。
そのために、わたしは…………。
再び静かになった自室で、後悔を心に刻みつけていく。
この先、どんなにつらいことがあっても……決して心がくじけないように――。




