新たな日常のために
私たちを助けたその人は言いました。
『……ごめん。僕が不甲斐ないばかりに』
この世というのは、どこまで行ってもままならないのかもしれません。
あの時の彼のような表情を、私はよく知っています。
私たちをあれほどあっさり助けることのできる彼でも、あんな表情をするんです。現実に疲れきったような、あんな表情を……。
『砦から、騎士隊もここへ向かってるから。あとはその人たちを頼って』
それだけ言い残して、その人は山の中へと消えていきました。
聞いていた通り、その後、村には騎士隊がやってきたのですが……それはもう夜も明けようかという頃で。
そこで、私はやっと気づきました。
あの金髪の人は異常です。この村から砦街までは、普通の人なら数日かけて行き来する距離。それを、ほぼ魔物と同速で、たった数刻で追いかけてきたということになります。
それは、誰にでもできることではありません。あの彼が居てくれたことを、いくら感謝してもし足りません。
考えてみれば、ろくにお礼も言えていなくて……。騎士隊の方に言伝はお願いしましたが、いつか直接言いたいものです。
えー、話を戻しましょう。
私は騎士隊の方々が到着するまで、ひたすら走り回ることになりました。
あの場でまだ動けたのは私だけで。
村へ行き、ソウさんたちに助けを求めて。動いてもらうために、魔物の脅威が去ったことをぶつけるみたいに急いで説明して。それからみんなと一緒に戻って。お兄さんたちを手分けして背負いながら、また村へ……。
もっと効率のいいやり方があったのかもしれません。
ですが思いつきませんでしたし、私には手当てできるような知識も無いので、三人がそれぞれどのくらい重症なのかもわかりませんでした。
だから、とにかく早く助けを求めるには、ああするしかなかったんです。
騎士隊の方たちがいつ来るのかも、わかりませんでしたからね。
実際、そうして村まで三人を運び終えて……騎士隊の方たちと合流したのは、その後のこととなりました。
不幸中の幸いだったのは、その騎士隊の方たちの中に、治癒魔術の使い手がいらっしゃったことでした。
火や水なんかの、私たちでも使えるような魔術とは違って、とてつもなく珍しいと聞きます。さすがは、前線である砦に詰めている騎士の方ということなのでしょうか。
そんな方のおかげもあって、お兄さんも、お父さんも、そしてアンシアさんも、一命を取りとめることができたんです。
特にアンシアさんは、その方が居なければ本当に危なかったと聞きました。心の底から、よかったと思います。
魔物との遭遇は天災で、私たちのようなそこらの商人にはどうにもできないことです。本当に、本当に幸いでした。
あの怒涛の日から、早数日……。
私は、色々と考えさせられています。
生きるってなんなのでしょうだとか、そんな答えのないものについてもそうですし、あとは主に今後についてです。
なにせ、住むところが無くなってしまいました。
同じ場所に、新しく家を建てようにも、その手の職人の方はもうこの村には居ません。
どこか近くの町に依頼をしに向かうとして、時間とお金がいったいどれほどかかるのか。そんな余裕は私の家には無いわけで。
そんな中、ついさっきのことです。その後、三人の中で一番に動き始めていたお父さんから、予想外のことを言われました。
ですがそれは、たしかに今の私たちにとって非常に都合がいいことで、怖い部分や懸念はあれど、とにかく助かる選択だったんです。
きっとお父さんも、今回の件で思うところがあったんだと思います。
そして、今はそれを伝えるために、お兄さんのもとへ向かっているところです。
当然です。お兄さんだって、家族の一員みたいなものなんですからね。
そんなお兄さんは今、まだ絶対安静です。
外傷こそ耳の傷だけだったお兄さんですが、血や魔力の消耗が激しく、アンシアさん同様、下手すれば命も危なかったらしいんですよね。
だから今も、間借りしている宿屋の一室で休んでいるはずです。
「…………」
休んで……いるはず……なんです、けど、ね?
えっと……はい。
私は、はっきり言って沈んでいました。
危うく命を落としかけ、大切な人をまたしても失いかけて、それはそれは真剣に色々考えていました。
あんなことがあれば、それが普通だと思います。
……ですが、そんなのは、今となっては過去のことです。
「……いい度胸ですお兄さん」
目の前には、今お兄さんの使っているベッドがあります。
そこには絶対安静であるお兄さんが横になって…………いません。
「ああ……もうっ!」
お兄さんはべつに、何かの事件で攫われたりしたわけではありません。
単に……単に言い付けを守らず抜け出しているんです!
しかもこれが初めてではありません。もうなんなのでしょうか? 大人しく横になっていることすらできないなんて、子どもですか? やっぱり子どもなんですね!?
こんなことが続けば、私だって、暗い気持ちでいるのが馬鹿らしくなるというものです。
すごい人なのは間違いないのに……こういうところはだめなんですよね。それからこの国のことを、まだまだよく知らないのも問題です。
あの時なんかも、そのせいで軽率に女性と指切りなんかして……。
まあそれは、ひとまず置いておきましょう。とにかく、今はお兄さんをふん捕まえて連れ戻すことです。
私はこうして思考を打ち切り、心当たりへ向けて歩き始めました。
何事もなかった頃のように、しっかりと力強い足取りで。




