消える日常8
しかし、そう願う私の目に飛び込んできたのは、既に当初の予定とは違いすぎる準備の数々でした。
「な、なんですこれ!?」
「お前もやれ」
「……も、もうっ」
相変わらず説明不足のお父さんに言われるがまま、何かが入った袋で家を囲っていきます。
中身は予定通りの、金属片か何かでしょうか。私にはわかりませんが、この状況で意味のない準備をするはずもありません。お兄さんは、見事に魔物を引き連れて、もうすぐそこまで来ているんです。
全力で走って設置を終え、再び三人で集まりました。
「これが、お兄さんの作戦通り爆発させるための準備だったんですよね! じゃあすぐに離れましょう!」
「まだだ」
「お父さん今だけは口下手で許しませんからね!」
「……ここに残る。俺の合図で今置いた袋へ火を放て」
「火……着火ですか? それはお兄さんがやるって」
「そんな余力があるとは思えん」
「む…………わかりました」
言われて気づきましたが、その通りです。
この元々無茶すぎる作戦。その上さっき聞こえた絶叫……。
そもそもが、無事にここまでたどり着けるかもわからないんです。
自分のことで精一杯で、ちゃんとしているつもりなのに、やっぱり頭が回っていません。
悔しい……悔しいです。悔しいですが、今は悔いる時じゃありません。
結局人頼りになりますが、お父さんの言う通りに動きましょう。
本当に時間の猶予などありませんでした。
私たちが近くの木の裏に控えた直後、それは目に入ったんです。
まだ少し距離があるのに、嫌でもわかるその巨体。そして翼のような腕。
その黒い塊が、自分の脳内を埋め尽くしていく気がしました。
それでも……私は見ました。
なぜならそこには、息を切らし、血を流しながらも走りきってみせたお兄さんの姿もあったから。
だから私は、目を逸らさずに居られたんです。
お兄さんの姿が家の中に消え、いよいよこちらも身構えます。
隠れていた理由は、お兄さんに作戦変更を伝える暇が無かったからです。変に姿を見せて驚かせては、
お兄さんが動きを鈍らせる可能性があります。切羽詰っている可能性が高いので、それは危険だと判断しました。だから、機会を選んだんです。
魔物を家に突っ込ませた後、お兄さんはすぐ飛び出てくることになっています。
狙いはそこです。お兄さんがやるはずだった着火の役割を引き継ぎます。
「……遅いです」
元の作戦通りなら、間髪入れずに動きがあるはず。それなのに、先ほどの家を突き破った大きな音以降、嘘のように動きがありません。
ここで焦らされるのは予想外で、緊張でどうにかなりそうです。
『うおぉぉらああ!』
「っ!」
状況は、お兄さんの叫び声とともに動き出しました。
中でいくつかの暴れるような音がした直後、ついに窓から人影が飛び出してきます。もちろんお兄さんです。
ここで同時に私たちも飛び出して、私とお父さんは着火。アンシアさんにお兄さんを回収してもらえれば、今度こそ予定通り。
……そのはずでした。
「え――」
お兄さんの動きが、人のものから、ただの物体のものへと変わりました。
意思を失った身体が、ぐしゃりと窓の真下に落ちて潰れます。
「っ!」
「あ……っ!」
私は走り出したお父さんに続いて、少し遅れて駆け出しました。
危ないところでした。
十二分に心の準備をしていなければ、もう動けなかったかもしれません。
今のは……あの時のお母さんを思い出すのには充分すぎるほど、衝撃的な光景でした。
お兄さんは、やはり限界だったんです。窓を乗り越えたところで、力尽きてしまったんでしょう。
当然です。あんな化け物を相手取って、大した身体強化も使えないお兄さんが、ここまで走ってこれたこと自体がそもそも奇跡のようなもの。
なんてことはありません。ちゃんと爆破できるか以前に、この作戦は欠点だらけだったんです。
あれだけ知識豊富なお兄さんであっても、万能ではないんです。
「マリー! さっさとその小僧引きずっていけ!」
私は返事をする間も惜しんで、お兄さんの腕を掴み持ち上げました。
反対側を、アンシアさんが受け持ってくれます。そのまま二人がかりで、一気に家から距離を取りました。
そして、私の役目は本来これではありません。
取って返してお父さんの下へ走ります。
「やれ!」
「はい!」
お父さんは、風魔術で家の中をかき回しているようでした。
私はそれを頭の片隅で認識しつつも意識から追いやり、とにかく火魔術を放ちます。狙いは、外に並べた粉入り袋。そこからさらに間髪入れず、全力で元居た木の陰まで走り抜ければ――!
「――っ!!」
初めの爆発音は、大したことのないものでした。
しかしそれを不思議に思うよりも早く、すぐ次の爆発が起きて。
それは、とてつもなく大きいもので。
その爆発は、見事に家を……中に居る魔物ごと吹き飛ばしました。
焼け付くような熱風が、木々の間から吹きぬけていきます。
「……」
風が収まり、その後そこに残ったのは、燃え上がり崩れていく瓦礫だけ。
わかっていたことで、さらには自分でやったことではありますが……。実にあっけなく、一瞬の出来事でした。
ですがその代償として、自分たち自身や村のみんなの命、その他様々なものを魔物の脅威から守ってくれたんです。
こうして、私が生まれてからずっと暮らしてきた家は……無くなりました。




