消える日常6
だいじょうぶ、逃げてない。……逃げてない。
だって、わたしは、今ここに居るんだもん。
翔さんに、わたしがお願いされたこと。それは、金属片入りの袋を用意する作業。
ただの袋じゃなくて、中身が落ちない範囲で、すぐに弾けるようなもの。
この家の中に投げ込んで、中身が舞うようにしたいんだって。
だいじょうぶ……わたしも少しは変わってる。
翔さんに教えてもらったことが、早速役に立ってる。
縫い物の基本。
生地の下の部分を折り返して。今回はすぐ糸が切れてほしいから、返し縫いしないで。
縫った後も、ぬいぐるみのときみたいに、ひっくり返さなくていいかもしれない。
「…………」
「……!」
あ……。
黙って作業をしていたところに、マリーさんのお父さんが戻ってきた。
抱えた箱に、金属片が入ってるみたい。他にも色々と混ざってるのかな。
マリーさんは、心配してくれたけど……。
わたしは、こういう人は苦手じゃない。大きな声を出さないし、たくさんお話ししなくていいし……。
無言で袋を差し出したら、向こうも無言で、袋詰めを始めてくれる。
静かな作業が続いていく。
マリーさんは今、外で火の魔法を空へ打ち上げてる。
それが、翔さんをここへ呼ぶための目印。
その燃え上がる音だけが、微かに聞こえる音だった。
『――――ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!』
そんなこの場所に、遠く……すごく遠くから、絶叫がここまで響いてきた。
「ぁ……ぁ……」
身体が一瞬で竦み上がった。
もし、この声を近くで聞いていたら、しばらく動けなかったと思う。
それほどに、一切抑えることができずに、吐き出してしまった悲鳴。そんな痛々しい声だった。
今の声……翔さんだ。
それを理解して、わたしの身体はさらに震え始める。
なぜなら、これはわたしにとって、特別な意味を持っているから。
翔さんの悲鳴。
つまり、それを上げるようなことが起きた。
それは、魔物が本当に来てしまったってこと。
その上で、翔さんの身に……何かが起きてしまったってこと。
あ……わたし……。
わたしが、わた、わたし……が……。
「……おい」
「っ! は、はい」
びっくりした。
あ、それに、手も止まっちゃってた……かも。
「ご、ごめんなさい」
「いい。……この後はどうする」
「え、と……」
ごめんなさいマリーさん。やっぱりちょっと困るかも。
合ってるかはわからないけど、手を止めてたことを注意したんじゃなくて、たぶんこの後のことを聞いてる……んだよね。
「この後は、先に避難しておくようにって……翔さんが」
「先に逃げるのか」
「は、はい。あ、マリーさんも、一緒です」
『逃げるのか』
そう聞かれて、またむねが痛む。
でも、この場所から逃げておくのは作戦だから。
だから何も、問題ないはず……。
「なら、一人でいけ。マリーは残らせる」
「……」
え?
「えと……あの……」
「さっき話してただろう。小僧の策のままじゃ無理だ」
だから、マリーさんたちだけ残って何かを?
それで、わたしだけ最初の予定通りに……?
それは……だめ。だめ、だと思うっ。
「あの、それなら、わたしも残る……ます」
「いらん」
「の、残りますっ」
「……まあいい」
これでいい。
いい、はず。
だって、わたしは逃げてないから。
ちゃんと……ちゃんと……。
『いくぞおおおおおおらああああああ!』
そんな時、今度は翔さんの合図が聞こえてきた。
これを聞いたら、わたしたちは全力でここから避難する。元はそういう予定だった。
翔さん、よかった……無事だった。
「行くぞ」
「は、はいっ」
避難はしないことになっても、爆破するここに居ても仕方ない。
たぶん、外に移動するんだと思う。
翔さんの作戦……。間違ってたところも、マリーさんのお父さんがなんとかしてくれる。
だから、翔さん……大丈夫だよね……?




