消える日常5
私とアンシアさんは、お兄さんと別れて駆け出しました。
いいえ、私は……アンシアさんにつられて、なんとか動けたと言った方が正しいかもしれません。
まずはアンシアさんの店に寄って、手頃な布を確保。両手に抱えて再び走ります。
行き先は、当然村の中ではありません。
山へと入り、今度は私が先導して、案内しながら向かったのは……。
「お父さん! お父さん起きてますか!?」
それは、他でもない自分の家。ここは村から離れていて、魔物を誘導する先として最適な場所だったんです。
それから、工房に籠りがちなお父さんが、気づいてない可能性も高かったですからね。
「…………どうした」
ほら。起きてはいましたが案の定、空に浮かぶ悪夢の報せに気づいていません。
でも私の様子と、それから一緒に居るアンシアさんのことを見て、ただごとではないとすぐに察してくれたみたいです。普段ならこんなふうに、一言返すことすらあんまりしてくれませんからね。
「……今すぐに、荷物をまとめる必要があります」
ここまで走ってきた勢いのおかげか、それともその間に覚悟か決まったのか。
私はすぐに、説明することができました。
魔物が来るかもしれないこと。
それを、ここへ誘導する作戦。
迎え撃つための準備やあれこれ……。
とにかく時間との勝負です。アンシアさんも、既に作業に取り掛かっています。布を縫い合わせ、簡単な袋を作っているんです。
「だからお父さん、急なことですがお願いします。金属の粉とか、用意できますよね?」
「……」
ああもう!
こんな時まで無言ですか!?
「お父さ」
「待て」
「っ……」
お父さんは、何か考えているみたいでした。
でも、時間が無いのに……。私は私で、次にやることが待っているんです。
やきもきしたまま、私は少し待ちました。
「その通りにはできんな」
そこまで時間が経たないうちに、お父さんは口を開いてくれたのですが……返事は色よいものではありませんでした。
「……な、ちょ」
これははっきり言って、予想外の反応でした。
お父さんなら、きっと助けてくれると思ったのに。
協力してくれなくても、勝手にやるだけの話ではあります。でもただでさえ時間はぎりぎりです。間に合うかがどんどん怪しくなります。
だってお兄さんは、もう魔物のやってくる方角へ向かってしまったんです。
こっちの準備が間に合わなければ、お兄さんは確実に……。
「ならいいです。とにかく私はやります」
「その通りにしても、魔物は倒せねえ」
押し問答の時間が惜しいと、動き始めた私でしたが……止まるしかありませんでした。
「……何がまずいんですか?」
お兄さん自身が、もともと言っていました。
自分は戦闘は専門外。今回の作戦は、商売と違って間違いがあってもおかしくないって。
それでもアンシアさんのおばあさんや、村のみんなのため、村を救うために、持っている知識でできる限り考えてくれただけなんです。
だから何か綻びがあるなら、対処しないといけません。
お兄さんになんとかして伝えるか、こっちでどうにかできることなのか……。
「……担いででも逃げてやろうと思ったんだがな」
「え」
「いやいい。仕方ねえ」
「は、はい……」
今の、私を担いで逃げようとしてたってことですよね。よくわかりませんが、お兄さんが危うく危ういところだったみたいです。
ずっと目を合わせていましたが、何か思うところでもあったのでしょうか。
「まず、この家ごと爆破しても魔物は殺せねえ」
「……あっ、えっ? で、でも何か、すごい爆発が狭い空間でみたいなことを、お兄さんが!」
「俺も鍛治士だ。金属片の取り扱いについては心得てる」
「お兄さんの言ったみたいに、爆発は起きないんですか……?」
「ここは森の中だからな。乾いた荒野ならわかるが」
「……私にはよくわかりませんが、とにかく無理ということですね」
まさか、ここまで根本的な問題があるとは思いませんでした。
お兄さんの作戦は、魔物をここへ誘い込み、爆破するというものです。
それなのに爆破できないのでは、ここで魔物に……やられるだけになってしまいます。
どうしたら……。
ここには魔物と戦えるほどに、魔術が得意な人なんて居ません。
……アンシアさん?
いえ、さすがにそれは無理でしょう。
考えたところで、思い浮かぶはずもなく……。
私はなさけないことに、お父さんを見つめることしかできませんでした。
……ですが、そんな私に、お父さんは応えてくれたんです。
「……そこはどうにかしてやる」
「……はい?」
「小僧はもう行っちまったんだろ」
「あ……ありがとうお父さん!」
「……もういけ」
「……はいっ」
ああはい。
今のは、もう爆破の準備は任せて、私は自分の役目を果たしに、行っていいということですね。
こんな時まで口数が足りないんですから。わかるからまあいいですけど。
……でもさすが、お父さんです。
あ、ですが最後に一つ……。
「お父さん、アンシアさんを怖がらせちゃだめですよ!」
「……」
「……」
はい。二人して無言です。
そしてアンシアさんの方は、案の定少し萎縮してしまっているように見えます。
「そういうところですよ! 今アンシアさんが袋を作ってくれてますからあと」
「わかった。わかった」
「マリーさ……だい、じょぶ、なので……」
「……それでいいんです。では」
私は今度こそ、次の行動を始めました。
とはいえ移動は、家の外に出るだけです。すぐにでも始めるとしましょう。
無駄使いは一切できません。
魔力を節約して……できるだけ長い時間、できるだけ多くの回数を……。




