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消える日常2

「マリー、ねえマリーってば!」

「え、あ……」


 いつの間にか、触れられています。

 顔も近くて……普段なら反射的に、なんらかの反応をするはずの状況なのに。私の身体は、頭と同様呆けているみたいで、何の反応もできません。


「マリー、あの光は何なの? すぐに教えて!」

「あ、あれは……砦に何か、あった時に出る合図です」

「砦って、ここから一番近いって話の、砦町?」

「あれが、あの時と同じなら……」


 口に出したくありません。現実を、認めてしまうことになる気がして。

 しかしそれは、叶わぬ逃避でしかありませんでした。


「魔物が来るのさ」

「あ、ソウさん……」


 そうですよね……。

 今回は、みんな近くに居るんですから。そりゃ、寄ってきてくれる人だって居ます。


「魔物って……。もしそうなら、それが理由でみんなへたり込んでるっていうなら、立ち上がって、早く逃げましょう! もう何人かは、ちゃんと荷物をまとめ始めているじゃないですか!」

「みんなわかってるのさ……無駄だってね」


 私も、気をしっかり持たないといけません。

 すぐ現実に……向き合わないといけません。


「お兄さん、もし本当に魔物が砦を越え、こちらに向かっていたら、私たちにはどうすることもできません。逃げたところで、そのうち追いつかれて……終わりです」


 でも、そう思って口から出したはずの言葉は、とても向き合うなんて言えるものではなくて。


「マリーの言う通りさ。あとは精々、砦の奴らが魔物に追いついて、何とかしてくれるのを祈るしかないねえ」


 でも、それは現実として間違っているわけでもなくて。


「そ、そんなのおかしいです! そりゃあ、この村に魔物への対抗手段が無いのはわかります。でも、今ソウさんが言ったみたいに、砦の兵士さんとかが、対処の為に頑張ってるかもしれないんでしょう? 俺たちがちゃんと逃げていれば、その分魔物に出会うのも遅れて、助かる可能性も上がります! あきらめないで、動くべきです! そうでしょうマリー!?」


 ああ……。


「私も、自分が助かるためには、そうした方がいいって思います」


 ああ、お兄さんはなんというか、まぶしいですね。

 擦れていなくて。希望が見えているみたいで。


「でも、それじゃあ意味が無いんです」


 私たちには、もう……見えない。


「だって……村は逃げられないから」

「む、村……?」


 お兄さんは、何を言ってるんだという顔をしています。

 いくらお兄さんでも、すぐにわかるはずありません。


「いや、それはそうだよ。でも、それでも自分たちは逃げれる。まず命を守らないと、どうにもならないじゃないか! 少しでも、自分が助かる可能性を上げて、それで助かったら、その後村を立て直せばいい……」


 それでも、やっぱり気づくのは早いんですね。さすが、知識がたくさんある人はすごいです。


「ニイちゃん、自分で言ってて気づいたかい? だから無駄なんだよ」

「もしかしたら、村も、私たちも無事で済むかもしれません。でも、魔物は人の匂いを追うんです。おそらく、この近くまで魔物が来てしまったら、村は無事では済まないでしょう。匂いは、すぐには消せません」

「でもほら、そもそも魔物がこの村に来るとは限らないじゃない? 砦には町があるんでしょう? そっちに行ってくれて、その間に兵士の人が倒してくれるかも……!」

「どんな理屈かは知らないけど、そう高をくくっていたら、魔物は実際来たんだよ。魔物も自分がやられるとわかってる場所より、ここみたいな安全な狩場を狙う頭くらいあるってことかねえ」

「さっきも気になりましたけど……以前にも同じことがあったんですか?」

「ああ、あったねえ……」

「はい、一歩間違えば、あの日にこの村が無くなっていても、おかしくありませんでした」

「それに、仮に魔物がこの村に、向かってすらいないなら、それこそ逃げる意味が無いね。まさに無駄ってもんさ。そうだったらいいねえ」

「でも、それでも、皆さんはいいんですか! 確かに絶望的でも、村が無くなっても、町まで行けば上手く職にありつけるかもしれません! 新しくやり直せるかもしれません! その時に自分たちが生きていなきゃ、どうにもならないじゃないですか! 少しでも、ほんの少しでも生きる可能性が高くなるなら、そのために、立ち上がって――」


 お兄さんは、私たちのために叫んでくれています。

 それは今だけの話じゃなくて、ここ最近はずっとそうでした。

 この村に来て一番日が浅いのに、一番声を出して。一番良くしようと頑張ってくださって。


 でも、だからこそ、わからないことというものがあります。


「何……で……」

「ニイちゃん、あたしたちはね……もう疲れちまったんだよ……」


 お兄さんの声は、おそらくみんなには届きません。

 どれだけ、私たちのためを想って、声を張っていただいたとしても……。


 ああ、そんな顔をしないでください。


 ……ごめんさないお兄さん。

 異世界なんて遠いところから来て、初めての村がこんな場所で。

 でも、もともと今みたいな生活を続けるなんて無理があるんですよ。

 せめて……。

 せめて、昔の生活を知らなければ、みんな我慢もできたのかもしれませんが……。


「翔、さん……」

「えっ」


 ああ……そういえばそうでした。


「翔さん、たす、けて……」

「アンシア……どうしたの? 話してみて」


 この村で、アンシアさんだけは――。

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