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消える日常

 日常……そう呼べる日々が続きました。

 お兄さんが、元気に市場を回る。あんなに静かだったこことは全然違う。それでも今は、これが日常。

 ……でもお兄さんは最近、何か別のことを考えているように見えます。

 市場に訪れる人は間違いなく増えていて。このままいけば、何の問題も無く、慎ましい暮らしが続けられると思うのに。

 お兄さんは、現状に満足はしてないみたいです。

 本当に……いったいどこを見ているんでしょうか。私はいつになったら、お兄さんの考えがわかるようになれるのでしょう。

 夜の勉強会で教わる内容が残っているうちは……やっぱり難しいんですかね。

 というか、おかしくないですか本当に。お兄さんの持ってる知識には底が見えません。これって、お兄さんの世界ではみんながみんなこうなんでしょうか。

 ……絶対そうじゃない気がしますね。

 まあいいです。お兄さんがどこか変わってるのは、もうとっくにわかっていたことですしね。


 だからまあ……こんな日々が、これからも続けばそれでいいです。


 そんなある日、もうすぐ夕暮れになろうという頃でした。


「マリー、あの光だけど、何なのかわかる? 俺の知ってる物だと、照明弾ってああいうふうなのかなって感じなんだけど」

「はい? どれです?」

「ほら、あれだよ。確かに少し見づらいけど」

「だから、どれ……で……す……」


 お兄さんの指差す先――連なる山々を越えた先の、上空に位置するそこにあったのは、一つの赤色を帯びた光。


 私は、抱えていた剣を手から取り落としました。地に当たり、他の商品も巻き込んで、耳障りな音を立てます。

 ……そしてそれは図らずも、一つの合図となりました。


 市場のみんなが、音に釣られて私を見ました。

 続いて視線は、呆然とした私の見る先へと移って……。


「マリー? マリー!」


 ああ、何か周りが騒がしいですね。

 叫ぶ声や、崩れ落ちるような音。走って遠ざかる人も居るみたいです。

 はっきりと確認したわけではありません。あまりに呆然としてしまって。

 でも、そんな周りの反応が、これは現実だとこれでもかと突きつけてきます。


 だめです……思い出したら、動けなくなるから……っ。


 空に浮かぶその光球は、絶望を示すものでした。

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