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理由はわからない3

 イライラします。


 そして、そんなイライラしてしまう自分にイライラします。


 お兄さんが来たことは、ちゃんとよかったと思っています。

 でも、こんな気持ちを抱くようになるなんて……これはよくないことだと言わざるを得ません。


 …………たかが構ってもらえる時間が減ったくらいで、ここまで拗ねるなんて。


 ええ、これは認めざるを得ません。

 それを認めることが、大人としてのせめてもの意地です。


 自分にこんな子どもっぽい部分が残っていたなんて……。

 母親離れが早かったせいで、甘えたりていなかったりするんでしょうか。

 お兄さんはこの村のために頑張ってくださってるのに、それでも自分ともっと居てほしいとか、わがままが過ぎます。


「マリー、ただいま」

「今日はまた、遅いお帰りですね」


 あああああああああそれなのに私はもうっ。どうしてトゲのある言い方をしてるんでしょう!


「マリー、今日はね、お土産があるんだよ」

「……はい? お土産?」


 今日もほとんどうちには居なくて、このまま帰り支度になるか、それとももう一箇所くらい、どこかの店へ行ってしまうか。

 そんな頃合いに戻ってきたお兄さんが、またよくわからないことを言い出しました。

 唐突にお土産だなんて、お金も無いのにどうしたというのでしょうか。


「そう。はいこれ、日頃の感謝の気持ちです」

「は、はあ……ありがとうございます」


 受け渡されたのは見慣れない……装飾された布製の輪っか。


「何ですこれ?」

「それはシュシュって言って、俺の居たところでは、女の子……女性がおしゃれに使ってる物なんだよ」


 はい。つっこみどころが多すぎます。

 女の子と言いかけたこともそうですし、これがおしゃれなんていう、見たことすらないお貴族のすることに使う物だというのも。

 私にそれを送る意味がわかりませんし、もしこれのためにうちのお金でも使っていた日には、お説教するまであります。

 それから何より肝心なのが……。


「……どうやって使うんです?」

「え?」

「え、じゃありません。お兄さんはよく知ってるのかもしれませんが、私はこんなの初めて見ましたよ」

「そ、そりゃそうか。えっと、腕にはめたり、髪留めの代わりに使ったりする物、かな」

「ふうん……」


 髪は邪魔なので、普段から適当に短く切ってしまっています。

 だから結う必要はありません。というかそもそもギリギリで、結べないかもしれません。

 ならまあ、腕ということになりますか。


 一応受け取ったものなので、ひとまずは、言われた通りにはめてみます。


「どうかな。気に入って貰えた?」


 ……言いづらい無垢な顔してますね今日も。言いますけど。


「目を輝かせてるところ申し訳ありませんけど、気に入ったかという質問に対しては……わかりません、としか言えませんよ」

「あ、あれ?」

「だってお兄さん、お兄さんの居た世界ではどうだったか知りませんけど、ここではおしゃれなんて、噂に聞く貴族様くらいしかしません。一瞬なんのことだったか、思い出せなかったくらいです」

「そ、そこまで、なんだ」


 すっかりここに馴染んでいる気がしてましたけど、やっぱり余所の人なんですね。

 お兄さんは、すごい勢いであれやこれやとしてしまうので、つい忘れてしまいます。放っておいても大丈夫な気がしてしまうんです。

 また、気を引き締めないといけませんね。アンシアさんに忠告されるのはもうごめんです。

 ……でも今は、それよりも。


「まあ、喜んで貰えなかったのは残念だけど、似合ってるよマリー」

「……喜んでないとは言ってませんよ。これでやっと同点ですし」

「ん?」

「何でもありません」


 返事はしなければと返したものの、なんとなく恥ずかしくて、ごまかすような小さな声になってしまいます。

 だってこれって、アンシアさんだけぬいぐるみを貰ってずるい!

 ……なんていう、まんま子どもの感情ですし。


「というか、最近全然私の店に居ないじゃないですか。たまにはうちにも寄ってくださいよ」

「そうは言っても、この店はすでに結構、やることやってるしね。また不要なトラブルが起きないように、市場では公平な立場で居たいんだよ」

「むぅ……」

「何、ひょっとして寂しい?」

「そんなんじゃありませんよー」


 若干動揺したせいか、思っていたこともつい口に出してしまいます。

 それに対する返答も、まるで私が子ども、お兄さんが大人の立場のやり取りみたいで。

 内心はばれてないはずが、ばれているようで悔しさを感じます。


 ……なのにどうして、私は笑っているんでしょうね。

 でもやっぱり、お兄さんとお話しするのは楽しいです。


「そういえば、そのシュシュってね、結構簡単に作れるからアレンジもしやすいんだよ」

「そうなんですか」

「うん。おしゃれするのは貴族ばかりって話だけど、これならほとんどお金は掛からないし、案外流行るかもしれないよ。そうしたら、マリーがファッションリーダーだね」

「その言葉の意味はわかりませんが、髪留めに使ってもいいという話ですし、その方向なら多少は売れるかもしれませんね」

「いつか、試してみたいね」


 試してみたいって……。


 うちは金属を扱う店。つまりこれは、うちの店での話じゃありません。

 わかってましたが、お兄さんはもう、うちだけを見てるわけじゃないんですね。


「よかったらそのいつかのために、作り方を覚えてみない?」


 ――とか思っていたら違いました。

 いや意味がわかりません。

 うちで生地物の装飾を扱う気でしょうか。でも、なんだかそうではない気もします。


 お兄さんの思考を、ちゃんと理解できる日は来るんでしょうか。

 今はさっぱりわかりませんが……ひとまずは。


「そうですね。まあ、それもいいかもしれません」

「でしょ?」


 今は理解できないことが多くても、少しずつ……少しずつ覚えていけさえすればいいですよね。


 自分の中で、そう気持ちを落ち着けた時でした。


「ちょうどアンシアにもさっき教えて来たところなんだよ。よかったらお互いにかわいいシュシュを作って送り合ったりとか、いっそアンシアに作り方を教わるのもいいんじゃない?」


 心の中のあたたかい気持ちが、なぜか温度を下げていきました。


 ……ほう、アンシアさんに。

 これはアンシアさんと、一緒に作ったものであると。

 うちの店に居る時間はないくせに、またしてもアンシアさんと楽しく仲良く縫い物をして。

 そんな、仲睦まじいやりとりの副産物が、私の着けてるこれですか。


「……なるほど、やっと同点になったかと思いましたが、まだ1対2でしたか……いえ、むしろ0対2ですかねこれは……」

「え、何? いきなり何の点数の話?」

「お兄さん、やっぱり私にどこぞの貴族みたいなおしゃれは合いませんよ。ちょうど生地屋さんでぴったりですし、かわいいアンシアさんと、新しい流行でも何でも作ってきたらどうです? ……はっ!? むしろお兄さんが、噂に聞くどこぞの貴族みたいに、アンシアさんみたいな小さい子しか相手にしない人とか? いや、アンシアさんは歳の割に小柄なだけで、そういう対象として見てもおかしくない歳ではありますけど、そうなると、私を子ども扱いしていたのはどういうことです? もしやただのフェイク!? 色々わからなくなってきました!」

「……」


 なぜ私は、またしてもこんなにイライラと?

 それにどうして、自分の口から出る台詞は、アンシアさんと張り合うみたいな……。


 ついに自分の感情どころか、思考すらわからなくなった私は……。


「お兄さん!」

「はい!」

「とりあえず、色々良しとします」


 一度、全てを放棄しました。

 いいんです。そもそも、こんなにイライラする理由は無いはずなんですから。

 ……たぶん。


「は、はい」

「良しとしますので、シュシュの作り方は、今度お兄さんが教えてください」

「え、でも」

「わかりましたね!」

「はい!」

「もう、とりあえずそれでいいです。気にしても仕方がないという結論に至りました」

「そうなんだ。じゃあ、それで……」


 どうして、こうもしまらないのでしょう。

 お兄さんとの会話は、楽しいけど、やっぱりわからないことは多いです。


 早めに慣れないと、そのうち頭が沸騰して……あ、そういえば、このシュシュとかいうのはどうしましょうか。


 さっきはなぜか、もやもやするものがありました。

 しかしちゃんと冷静になれば、お兄さんから初めて貰った物に違いはありません。しかも、私には縁遠いと思っていた装飾品です。材料はボロ布みたいですけど。


 ……まあ、一応は大事にしておきましょう。

 ひとまずは腕に着けて……気が向いたら、髪でも伸ばしてみましょうか……?


 とにかく、全てはこれからの話です。

 ちゃんとこの市場を良くして、みんなが、今より生活を楽にできるようになって。

 そんな未来のためにも……私もできる限り早く、お兄さんの知識を覚えていきたいですね。

 夜の勉強会は……絶対時間を延ばしませんけど。

 だってお兄さん、そのうちずるずると延ばし続けて、また徹夜になりそうですからね……ふふ。

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