表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/69

変えたい自分2

 わたしは仕方なく、そのまま翔さんの話を聞いた。

 知りたくもない戦いの話。どうせだったら、このぬいぐるみを作った時みたいに、もっとやさしい話がよかった。


 どうしよう、どうしよう。

 もしこのまま話が進んで、翔さんが“ああいうこと”を言ったら……。

 わたし、翔さんのことも怖くなっちゃうかもしれない。


 それなら、話を切り上げればいいのに。

 わたしには、とっさにそうする度胸もなくて、けっきょく話を合わせちゃう。


「武術、ですか?」

「うん、そう」


 翔さんがやっていたのは、武術という戦いの訓練なんだって。


「種類は色々あるけど……例えば、素手で武器と渡り合うための技って言われてたりするかな。他には、小さい人が大きい人を倒すため、とか」

「そう、ですか。翔さん、不思議なこと、たくさん、知ってますね」


 でも、なんだかおかしい。

 話を聞いていると、わたしの知ってる戦いとは、全然違うことのように聞こえてくる。


「確かに不思議かもしれないけど、覚えておくと、ためになるかもしれないよ? もっとも、コツを掴むのが大変だけど……」

「あ、えと、役に立たない、とか、思ってるんじゃ、ない、です。ちょっと、考え方が、おもしろいなって……」

「そう、なんだ?」


 翔さんの説明からは、止めの「と」の字も出てこない。

 それに例えに出てきたのは、こっちが不利な状況ばかり。有利な状況を作って、相手に何もさせずに……やっつける。そんな、鉄則だって聞いてた前提と全然違う。


「じゃあ、試しに一つ教えるから、やってみない?」

「あ、じゃあ、少しだけ……」


 あれ、わたし何言ってるんだろう。


「うん、それじゃあっと」


 わたしのイメージに合わなかったのか、翔さんも少し戸惑ってるみたい。

 でも仕方ないと思う。だって自分でもびっくりしてる。

 なんだかよくわからない余所の国のものだとしても、これが戦いの訓練なのは変わらないのに。


「これは、相手の上からの力を、そのまま想定している先まで加速させる技で、いかに一番力が入ってる時に、こちらの力を上乗せできるかがポイント……らしい」

「……はい」


 翔さんと、少し離れて向き合うように立つ。


 思ったより怖くない。昔の事を思い出して、もっと苦しいと思ったのに。

 時間が経って、大きくなって、少しは強くなれたのかな。


「ええと、そうだな……。本当は、相手が上段から殴りかかってきてたり、切りかかってきてる想定で、タイミングよく技を掛けるんだけど……危ないから、腕同士が触れている状態から形だけやろうか」

「わかり、ました。……どうぞ」

「あれ、う、うん」


 言われた通りに腕を構える。

 深く考えることなく、自然な流れでそうしてた。


 記憶は無いのに、身体が覚えているみたい。

 この感じは……いやだな。


「どうぞー」

「……」


 翔さんは、そっと腕を合わせてくれる。

 戦いの訓練のはずなのに。それはあまりにやさしすぎて、逆にちょっと緊張しちゃう。


「……?」


 だからいつまでもこのままは……。

 そう思うのに、翔さんは力を入れてこない。

 さっき、敵の力を加速するって言ってたよね?


「翔、さん」

「ん、何?」

「力の、入った、ところに……力を、乗せるんです、よね? もっと、翔さんが、力を……その……」

「あ……そ、そう」


 今度は、触れたままなのが耐えられなくて。

 わたしはまた逃げるみたいに、続きを催促してみた。

 でも翔さんは、やっぱり戸惑ってるみたい。


 なんでだろう。

 わたしそんなにおかしいのかな……。


「それじゃあ……行くよ!」


 ――っ!!


 いけない。訓練の途中で、しかも相手を急かしたところだったのに。


 えっと、とにかくこの力に、そのままわたしの力を乗せてっ――


「――ふっ!」

「――――」


 命のやり取りをするのが戦い。

 その訓練中なのに、わたしは気が緩みすぎてた。


 わたしが潰されそうなんじゃない。

 むしろそれなら、べつにいい。


 攻撃を弾くのと、似たようなものだと思ってた。

 こういうことから離れすぎてて、加減が全くわからなかった。


 思いの外、速度の乗った翔さんの身体は、容赦なく頭から地面に落ちようとしていて――


「っだめ!」

「うぐ!?」


 無我夢中で、翔さんの身体を巻き込んだ。

 下へ向かっていたのを、無理やり横向きに変える。


 こんなの、まるきりなってない。

 それでもなんとか、翔さんを背中から落とすことに成功する。

 でも気の抜けたわたしの身体が、そんな無茶な動きに応えてくれることはなくて……。


「ひゃ……」

「え……」


 翔さんに重なるような形で、一緒に倒れこんでしまった。

 なんとか手を着いたけど、顔が本当に本当に近い。


「ね、翔、さん」

「お、おうアンシア!」

「だい、じょぶ?」

「うん、大丈夫ー大丈夫ー」

「そ、そう、ですか」


 とっさのことで呆然としながら、ひとまず安否を確認した。

 だって、目の前にあったから。よくわからないままそうしただけ。


 ……たぶん、翔さんも一緒だよね。


 翔さんは、なぜかわたしの頭を撫でてる。


 普段、市場のみんなに、すごい勢いでアプローチしてる翔さんだけど、わたしには控えめにしてくれてる。

 だからこんなに近づいたのは初めてだし、撫でてもらうのも、もちろん初めて。

 

 むねの中がドキドキしてる……。


 これはたぶん、さっき怖かったからだと思う。

 そう、こんなふうに撫でてもらう資格なんて、本当はない。

 わたしは危うく、下手すれば翔さんを……。

 その事実が、いつもみたいに胸を恐怖でいっぱいにして……るんだと思うんだけど。


 なんか、いつもの怖いドキドキと……違う?


 最初は間違いなく、自分が犯してしまいかけたことに対する怖さだった。

 でも、だんだん違うのが混ざってきて。

 今はいつもの感じと、もう全然違う気がする。



 そんな不思議なドキドキは、翔さんと離れたら、しばらくして納まった。

 あれはなんだったんだろう。

 そう考えながら、自分の店に戻ったところで……気づいた。


 あ……あの体勢……。

 翔さんに、顔……見られた。


 覆いかぶさって、あんなふうに下を向いてたら、この長い前髪も、何の意味も成してくれない。


 あ……ああ……。

 あぅ……恥ずかし、い。

 あのドキドキは、恥ずかしかったからなんだ。


 わたしはこの日、これより後……いつもよりもっと小さくなって、自分の店に引きこもった。

 そうしてしばらく頭を冷やして、また時間差で、あることに気づく。


 あれ、わたし……。

 直接顔を見られたのに、怖いじゃなくて恥ずかしいって……なんでだろ。


 最後に気づいたこの事実には……。

 いくら考えても、ついに答えは出なかった。


 それからそれから、もう一つ。

 翔さんは、武術を守る為のものだって言ってた。

 だから止めは刺さないし、相手を傷つけたりもしないんだって。

 そんな戦い方もあるんだって……わたしは少し、心が軽くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ