変えたい自分2
わたしは仕方なく、そのまま翔さんの話を聞いた。
知りたくもない戦いの話。どうせだったら、このぬいぐるみを作った時みたいに、もっとやさしい話がよかった。
どうしよう、どうしよう。
もしこのまま話が進んで、翔さんが“ああいうこと”を言ったら……。
わたし、翔さんのことも怖くなっちゃうかもしれない。
それなら、話を切り上げればいいのに。
わたしには、とっさにそうする度胸もなくて、けっきょく話を合わせちゃう。
「武術、ですか?」
「うん、そう」
翔さんがやっていたのは、武術という戦いの訓練なんだって。
「種類は色々あるけど……例えば、素手で武器と渡り合うための技って言われてたりするかな。他には、小さい人が大きい人を倒すため、とか」
「そう、ですか。翔さん、不思議なこと、たくさん、知ってますね」
でも、なんだかおかしい。
話を聞いていると、わたしの知ってる戦いとは、全然違うことのように聞こえてくる。
「確かに不思議かもしれないけど、覚えておくと、ためになるかもしれないよ? もっとも、コツを掴むのが大変だけど……」
「あ、えと、役に立たない、とか、思ってるんじゃ、ない、です。ちょっと、考え方が、おもしろいなって……」
「そう、なんだ?」
翔さんの説明からは、止めの「と」の字も出てこない。
それに例えに出てきたのは、こっちが不利な状況ばかり。有利な状況を作って、相手に何もさせずに……やっつける。そんな、鉄則だって聞いてた前提と全然違う。
「じゃあ、試しに一つ教えるから、やってみない?」
「あ、じゃあ、少しだけ……」
あれ、わたし何言ってるんだろう。
「うん、それじゃあっと」
わたしのイメージに合わなかったのか、翔さんも少し戸惑ってるみたい。
でも仕方ないと思う。だって自分でもびっくりしてる。
なんだかよくわからない余所の国のものだとしても、これが戦いの訓練なのは変わらないのに。
「これは、相手の上からの力を、そのまま想定している先まで加速させる技で、いかに一番力が入ってる時に、こちらの力を上乗せできるかがポイント……らしい」
「……はい」
翔さんと、少し離れて向き合うように立つ。
思ったより怖くない。昔の事を思い出して、もっと苦しいと思ったのに。
時間が経って、大きくなって、少しは強くなれたのかな。
「ええと、そうだな……。本当は、相手が上段から殴りかかってきてたり、切りかかってきてる想定で、タイミングよく技を掛けるんだけど……危ないから、腕同士が触れている状態から形だけやろうか」
「わかり、ました。……どうぞ」
「あれ、う、うん」
言われた通りに腕を構える。
深く考えることなく、自然な流れでそうしてた。
記憶は無いのに、身体が覚えているみたい。
この感じは……いやだな。
「どうぞー」
「……」
翔さんは、そっと腕を合わせてくれる。
戦いの訓練のはずなのに。それはあまりにやさしすぎて、逆にちょっと緊張しちゃう。
「……?」
だからいつまでもこのままは……。
そう思うのに、翔さんは力を入れてこない。
さっき、敵の力を加速するって言ってたよね?
「翔、さん」
「ん、何?」
「力の、入った、ところに……力を、乗せるんです、よね? もっと、翔さんが、力を……その……」
「あ……そ、そう」
今度は、触れたままなのが耐えられなくて。
わたしはまた逃げるみたいに、続きを催促してみた。
でも翔さんは、やっぱり戸惑ってるみたい。
なんでだろう。
わたしそんなにおかしいのかな……。
「それじゃあ……行くよ!」
――っ!!
いけない。訓練の途中で、しかも相手を急かしたところだったのに。
えっと、とにかくこの力に、そのままわたしの力を乗せてっ――
「――ふっ!」
「――――」
命のやり取りをするのが戦い。
その訓練中なのに、わたしは気が緩みすぎてた。
わたしが潰されそうなんじゃない。
むしろそれなら、べつにいい。
攻撃を弾くのと、似たようなものだと思ってた。
こういうことから離れすぎてて、加減が全くわからなかった。
思いの外、速度の乗った翔さんの身体は、容赦なく頭から地面に落ちようとしていて――
「っだめ!」
「うぐ!?」
無我夢中で、翔さんの身体を巻き込んだ。
下へ向かっていたのを、無理やり横向きに変える。
こんなの、まるきりなってない。
それでもなんとか、翔さんを背中から落とすことに成功する。
でも気の抜けたわたしの身体が、そんな無茶な動きに応えてくれることはなくて……。
「ひゃ……」
「え……」
翔さんに重なるような形で、一緒に倒れこんでしまった。
なんとか手を着いたけど、顔が本当に本当に近い。
「ね、翔、さん」
「お、おうアンシア!」
「だい、じょぶ?」
「うん、大丈夫ー大丈夫ー」
「そ、そう、ですか」
とっさのことで呆然としながら、ひとまず安否を確認した。
だって、目の前にあったから。よくわからないままそうしただけ。
……たぶん、翔さんも一緒だよね。
翔さんは、なぜかわたしの頭を撫でてる。
普段、市場のみんなに、すごい勢いでアプローチしてる翔さんだけど、わたしには控えめにしてくれてる。
だからこんなに近づいたのは初めてだし、撫でてもらうのも、もちろん初めて。
むねの中がドキドキしてる……。
これはたぶん、さっき怖かったからだと思う。
そう、こんなふうに撫でてもらう資格なんて、本当はない。
わたしは危うく、下手すれば翔さんを……。
その事実が、いつもみたいに胸を恐怖でいっぱいにして……るんだと思うんだけど。
なんか、いつもの怖いドキドキと……違う?
最初は間違いなく、自分が犯してしまいかけたことに対する怖さだった。
でも、だんだん違うのが混ざってきて。
今はいつもの感じと、もう全然違う気がする。
そんな不思議なドキドキは、翔さんと離れたら、しばらくして納まった。
あれはなんだったんだろう。
そう考えながら、自分の店に戻ったところで……気づいた。
あ……あの体勢……。
翔さんに、顔……見られた。
覆いかぶさって、あんなふうに下を向いてたら、この長い前髪も、何の意味も成してくれない。
あ……ああ……。
あぅ……恥ずかし、い。
あのドキドキは、恥ずかしかったからなんだ。
わたしはこの日、これより後……いつもよりもっと小さくなって、自分の店に引きこもった。
そうしてしばらく頭を冷やして、また時間差で、あることに気づく。
あれ、わたし……。
直接顔を見られたのに、怖いじゃなくて恥ずかしいって……なんでだろ。
最後に気づいたこの事実には……。
いくら考えても、ついに答えは出なかった。
それからそれから、もう一つ。
翔さんは、武術を守る為のものだって言ってた。
だから止めは刺さないし、相手を傷つけたりもしないんだって。
そんな戦い方もあるんだって……わたしは少し、心が軽くなった気がした。




