変えていく日常2
一時はどうなることかと思いましたが、無事日常に戻ることができました。
もっとも、お兄さんがこれでもかと、村のみんなにアプローチを繰り返してるので、これまで通りの日常というわけではありませんが。
お兄さんを信じている人なんて、まだほとんど居はしません。
この寂れた村の市場を再興するなんて、私たちだけでどうにかなるはずがないんだと。
それでも、話半分にでも聞いてくれる人が多いのは……これがお兄さんの言う、笑顔の力というやつだったりするんでしょうか。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
そんな村での日常の他に、私は家でもお兄さんと、一緒に居るわけですが……。
「……なあ、マリー」
「なんですかー?」
食事も終えて、後は寝るのみといった時分。
妙に畏まった様子のお兄さんから名前を呼ばれます。
いったい何を言われるのでしょう。
内心緊張しながらも、なんとなく気にしてないふうを装いながら返事をしました。
緊張する理由もわからず、ドキドキしながら待った結果……。
「俺、今日からその……外かどこか、他の場所で寝ようかと思うんだけど……」
「……はいー!?」
まさかの台詞に、私の緊張は吹き飛びました。
代わりにすぐさま、お兄さんを睨みつけます。
「お兄さん、まだどこかへ行こうだとか、ウジウジ考えてるんですか? 男らしくないですよ!」
「いや、そうじゃないよ。ただ寝る時に、どこか外で寝ようかなって」
「寝る時だけでも、言ってることがおかしいのに変わりありませんよ。何ですいきなり?」
「うーん……いやね」
「もう、早くはっきりしてください」
はあ……。
お兄さんは、やっぱりどこか掴みきれません。
気恥ずかしくも本当に近い……正面切った話をしたのが、まだ昨日の話です。
あんなふうに、泣いたり叫んだりしてしまって。
でもその分、お互いの距離は縮まって、通じ合ったと思っていました。
だというのにいったい何を――
「マリーと俺が一緒の部屋で寝るのって、良くないんじゃないかって思ってね。意味はほら……ね? わかるでしょう?」
「は……い……?」
私の意識は、しばらくどこかへ飛びました。
……。
…………。
「ひょっ――!?」
そして爆発したみたいに、口からは変な声が漏れ、頭は沸騰し始めます。
なんなんですか、なんですか、なんなんですか!
ままままままさかお兄さんのくせに男女の話をしてますか!?
これまでは何も言わなかったのにどうして――
「……う゛ん゛?」
そして、私の思考は、唐突に瞬間冷却されました。
我ながらかわいげのない声も、口から出ていた気がします。
でもそんなことはどうでもいいです。
問題なのは、今気づいたとある事実のことなんです。
「お兄さん?」
「はい!」
おかしいですね。
どうしてお兄さんは、どこか怯えたふうなのでしょうか。
私はこんなにも、やさーしく話しているというのに。
「一つ聞きたいのですが、そう聞くということは私を……まあそう見たということでしょう。それはいいんです。……なぜ今更? もう、こうして暮らし始めてそれなりに経ってますよね? 今まで私のことを、なんだと思っていたんです?」
「いやあ、うん。ごめん。正直に言うと、今まではただの子どもだと思ってた。でもまあ、今回の件で、マリーも一人前だって、認識を改めてね。それでまあ、気になったんだよ」
「こ、子ども……?」
確かに知識や経験においては、お兄さんから子ども扱いされても仕方がないと思います。
でも男女のことであれば、それはつまり普段の行動の話です。
雷の力がどうのとか、散々私に見られていた身で……そりゃあ実際の年齢は、私の方が下ですけど。
「まあいいです。何にせよ、外で寝るとか、おバカですか。今まで通り、ここで寝て下さい。……といっても、今まで全部わきまえた上で、何も言わずに一緒に寝てると思ってたのに、まさか今初めて意識したなんて、私は警戒しないとダメかもしれませんね!」
「いや、それは違う!」
なぜだか途中からイライラしてきて、だんだん早口になった台詞に、お兄さんが待ったをかけました。
「……はい?」
もう今は、警戒していますからね。
何を言われても、跳ね返してあげますから。
「確かに子どもと同じには見なくなったけど、それとこれとは話が違う。マリーに対して、配慮が足りなかったと思ったから提案しただけで、マリーに警戒されるようなことは絶対にしない。だから安心してほしい」
「……」
「……?」
無性に、腹が、立ちますね……。
私なんて、女としての対象に入らないということですか。
私の方こそ、そういう候補から外しておいてなんですが、それは棚に上げておきまして。
また少しだけ、罰を与えておきたいですね。
「そうですね。よく考えたら、お父さんだって居ますし、そんな真似できるはずないですよね。ね? お父さん?」
「え!?」
お兄さんが、素早く後ろを振り返ります。
私の方からは見えていました。そこには、ちょうど工房から出てきたお父さんが立っています。
がたいがいいので、迫力も満点です。
「……」
「あ、あのストスさん。安心してください。俺は大人として、間違いなんて犯しません。それと、あのっその……!」
こういう時は、無口なお父さんでよかったと思います。
そのおかげで、どうも変に怖がっているみたいですからね。
でも……もう少しだけ。
「……何かあったら、お兄さんなんてハンマーでぺしゃんこです」
「ひっ!?」
ふふ、いい気味です。
私だって、経験はほとんどなくたって、一人の女性なんですからね。
失礼なことをするからそうなるんですよ。
「マリー、ごめん。さっきのはそういう意味じゃない。言い方が悪かったな」
「今度はなんです?」
お父さんは、いつも通り無言で工房へ戻っていって……。
お兄さんは、仕切り直すように再び話し始めます。
ええ、ええ。
この時私は、溜飲を下げて油断をしていましたとも。
「何もしないっていうのは、べつにマリーに何の魅力も無いっていう意味じゃない。マリーはかわいいし、魅力的だと思うよ」
――は……。
「~~~~~!? 本当に何言ってるんですか! さっきと言ってることがまるで違います! 何言ってるんですか! もう、いいから何も言わずに寝てください! ほら、ほら!」
「うおっ」
わかりません。
お兄さんという人のことも。
ここ最近、急激に揺れ動くことが増えた自分の感情のあれこれも。
とても不安で……でも、どこか楽しい気もします。
そう……これはきっと新鮮で、だから楽しいと感じているんですよね。
私は、自分が押しやった部屋の中のいつもの場所で、横になったお兄さんを最後に見て……。
なんとなく反対を向いてから、この日の眠りに着いたのでした。




