変えていく日常
私たちは、これからどうしていくべきなのか。
私は、自粛する方向で考えていました。
しばらくは目立たず、またこの村での居場所を得ようと……。
でも、それは今になって思えば馬鹿な考えでした。長年、何も変えずに生きてきた影響なんでしょうね。
『うちだけが売上を伸ばすんじゃなく、みんなが伸びれば問題ないよね?』
お兄さんにそう言われた時、賛成も反対もできませんでした。
言っていることは間違っていないと思いましたが、つまるところこれまで以上……比べ物にならないほどに、目立つという意味でもあったからです。
それでも、静かな夜に、二人きりで話し続けて……。
私は結局、お兄さんに言いくるめられてしまいました。
もう状況は変わってしまった。
元の鞘に納まるのは難しい。
それなら、意図して変えていくほうがいい……。
私たちは、もう戻れはしないんですよね。
「おはようございます! 理由あってマリーのところでお世話になっています。今日はこの市場を、立て直すお手伝いをさせてもらうために来ました! この辺りのことにはまだまだ疎いので、ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします!」
そして今日、お兄さんは市場の中心で演説をしています。
まるで、今日から関係が始まるかのような挨拶。
この小さな市場の出来事です。当然ですが、昨日のうちの店の件は、ここの全員が知っています。
その上で、私たちが今後どう在ろうとしているのか……。
これは、その宣言ということになります。
……でも、反応は芳しくありません。
先の宣言から、もう数十秒経ちます。
ですが、みんなからの反応はありません。
当然だと思います。突然こんなことを言われて、信じられるはずがないんです。
私ですら、すぐには信用できなかったんですからね。
どこから来たのかもわからない人に、市場を建て直すと言われても……。
やっぱりお兄さんではなく、私が話すべきだったでしょうか。
それでも結局、同じような空気になった気がします。
重い、空気……。
それでもお兄さんは、自分で話すと言ったんです。
こうなるとわかっていても、ここを変えようとしているのは自分だからって。
だからどうか、否定だけはされないでください。目を閉じて、そう願った時でした。
横から小さく控えめな、拍手の音が鳴りました。
「アンシア……」
それは、お兄さんが名前を呼んだ人物から発されていました。
しかもそれをきっかけに、場の空気が軽くなったのを感じます。
歓迎とはとても呼べませんが、様子を見てやる……そんな雰囲気です。
また……アンシアさんに助けられてしまいました。
いつも通り、長い前髪で表情はよく見えませんが、勇気を振り絞ってくれたに違いありません。
感謝しないといけませんねお兄さん。
今度はそんなことを考えながら、視線を移してみると……。
なんですかその妙に優しさに満ちた顔は。
アンシアさん専用の笑顔ですか。むぅ……。
「よーし!」
っ!
お兄さんの気合を入れるような声で、ハッと我に返りました。
私は、何をむくれているんでしょう。そんな場合ではないというのに。
「改めてお願いします! さっそく話をさせて頂きたいんです」
「え、ええ……」
「ご承知の通り、このままではこの市場全体の危機だと思うんです。それを回避するためにですね――」
ああもう。
お兄さんは市場の中の一人に詰め寄り、案の定全力疾走しています。
「お兄さーん、ほどほどにしないと、今度こそ取り返しがつかなくー……聞いてませんね」
「でも、わたし、翔さんのああいうところ、いいな、って、思います」
「アンシアさん……」
向こうから話しかけてくれるなんて……ちょっと驚きです。
これも、お兄さんの影響ということでしょうか。
「あの無駄に熱くなっちゃうところですか?」
「ふふ……。はい」
「お調子者なだけで、悪いところだと思いますけどねー」
「そう、ですか?」
「ええ、まるで子どもです。子ども」
「あ、それは少し、わかる、かもです」
「まあ、悪気が無いのは、みんなもきっとわかってくれますよね」
「……はい。きっと、皆も、翔さん、好きになります」
「そうですかねー……ん?」
今何か、聞き捨てならない台詞を聞いたような気がします。
「ア、アンシアさん? それってどういう……?」
「……? 翔さん、いい人だと、思い、ますし、きっと、みんな好きになりますよ」
「な、なるほど! それはそうですね! いやでもお兄さんはやりすぎるところがありますから、アンシアはそれを知りませんからね。そうです。やっぱりちょっと止めてきます。それではアンシアさん、また後で!」
「あ、はい……?」
ああもうっ。
私はどうして、こんなに慌てているんでしょうか。
取られてしまう気がしたから?
これじゃあ私の方が、子どもみたいじゃないですか。
べつにお兄さんは、私の物じゃないんですから、慌てる理由はないはずなのに。
不思議です。謎の感情です。
よくわからないことばかり。
そんな日々は、まだまだ続くということですかね。
私はそう結論づけて……今はとにかく、お兄さんの手綱を取ることにしたのでした。




