崩れた場所8
自分がどうして泣いているのか、やっぱりよくわかりません。
でも悲しかったんです。
私の言葉はあれだけ言っても、お兄さんにとって、『でも』で済まされることだった。
それはつまり、対等に見られてないということです。
私は、精一杯やっているつもりだったのに。
守るべき対象としてであっても、とにかく下に見られていたということです。
それがなんだか悔しくて。
自分が未熟なせいで、声すら届いてないんだと思うと……。
「マリー、ごめん」
何がごめんなんですか。
「ん、今度こそ、ちゃんと私の言ったこと、わかったんでしょうね?」
まるで駄々をこねるみたいに、こんなことを聞いてしまいましたが……わかっているはずがありません。
ここで察するくらいなら、もっと前からわかっているはずです。
だって、私は不満をぶつけるくらいしかしてないんですから。
こんなことで、私のことを対等に見てほしいなんて。それはさすがに無理というものです。伝わるはずがありません。
そう私は思っていました。
「うん、ちゃんとわかった。これからは、必要な分はマリーに頼るし、俺にできる限り、それ以上にマリーを守るよ。勝手にどこかへ行って、消えたりもしない」
しかしお兄さんの返事は、驚くことに、私の求めるものでした。
え?
な、なぜでしょう。
今の私に、見直してもらえる要素なんて、全くなかったはずなのに。
急に察しがよくなって、まるで人が変わったみたいです。驚きで涙も引っ込みました。
それに、なんだか……。
「まあ、とりあえずある程度はわかったみたいですし、よしとしてあげます!」
「はは、ありがとうマリー」
ああもう、なんなんでしょうかこの気持ちは!
うれ……しい……?
まさか喜んでますか私!?
何があったかといえば、お兄さんから、ちゃんと頼ると言われただけ。
認められた気がしたというだけです。
それからなにか、私を守るだとかなんとか、恥ずかしいことを言われてしまったような気がするだけです。
今の私は、本当に心が不安定で、どうしても確信が持てません。
気持ちを隠したいからなのか、無意識のうちに、歩調も早くなっている気がします。
今、改めて自覚しました。
私はいつの間にか、これほどまでに、お兄さんを頼っていたんです。依存と言ってもいいかもしれません。
ずっと、ずっと……長い間変わることなく、何かを手に入れることなく生きてきたから。
お兄さんという存在を、本当に貴重な自分の味方……物のように、感じてしまったのかもしれません。
だからこんなに、感情が強く動いてしまうんです。
これはべつに、話に聞く恋だとか、そういう感情ではないと思います。
それでも私に、十年分をくれたから。
お母さんが死んでから、もうずっと忘れていた……十年分を埋めるくらいの笑顔を。
お兄さんはもう、私にとってとても大きな存在に、なっていたということですね。
……って、なんだかどんどん、恥ずかしいことを考えている気がします。
それもこれも、お兄さんが悪いんですよ。
さっきだって…………。
「ん?」
ここで私は、一つあることに気がつきました。
歩く足も、ピタリと止まるほどのことです。
これはかなり重要なことで、この浮ついた心も、返答によっては一気に冷めることでしょう。
「お兄さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何、マリー?」
「驚いて思わず聞き流すところでしたけど……勝手に消えたりしないってどういうことです?」
「え、いやーそれはー」
怪しさが。
怪しさが増していきます。
「お兄さん、まさか勝手に責任感じて、どこかへ行ってしまおうとか思っていたんじゃありませんよね?」
そして私は、核心部分に触れました。
その返答は……。
「いやーまあ……。でもほら、ちゃんと思い直したから、ね?」
案の定! 絶対許せないことでした!
「ね? じゃありませんよ! 私が何も言わなかったら、本当に居なくなってたんですか? もう信っじられません!」
「そ、そうだよね! どれだけの間、寝泊まりさせてもらって、ご飯食べさせてもらったかって話だよね! 無責任すぎだよね! ごめんなさい!」
こんなふうに、頭を深々と下げられても、私の不満は納まりません。
「そういう問題じゃ、ありませんっ……!」
本当に本当にわかっていません。
さっきの、人が変わったような察しのよさはどこへやら。
そんな無責任だとか、恩だとか、そういうことではないんです。
「ご、ごめん。本当、居なくなったりはしないから! どういう問題だったの?」
そんなの、単純に居なくなるの自体が嫌……とは、なんだか言いたくありませんね。
では……。
「……今日のお兄さんのご飯は、いつもの半分だという問題ですね」
「え!?」
これでいいです。
お兄さんには罰を受けてもらいましょう。
「待って、マリーそれはできれば勘弁を……。ほら、他に何か、マリーの言うこと聞くからさ?」
ああ、これです。こういう返しが欲しかったんです。
さっきこうしてくれていれば、意地悪されずに済んだんですよ。
「何でもですか?」
「何でも! そりゃあもう!」
「でも、だめです」
「そこを何とか!」
「だーめですっ」
今回のことは、大きな大きな失敗でした。
それでもこうして笑えているのは、お兄さんのおかげです。
事が起きてしまったのも、お兄さんが原因ではあります。でもその責任は、今回私にありました。
だから、私さえしっかりしていけば、大丈夫だと思うんです。
まだ、この村でやっていけるはずです。
アンシアさんの勇気のおかげで、そのチャンスが残りました。
お兄さんは、確かな知識を持っています。
それに甘えて、今回のような失敗を招くか。
それを頼って、良い形に変わっていけるか。
たぶんそれは……私次第です。
明日からどうしていくのかも、しっかり話し合おうと思います。
この普段は子どもみたいで、でも何かを持ったこの人となら……きっと、やっていけるはずですから。




