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崩れた場所2

 そういえば、大きな音がしていました。

 ほんの数秒前のことのはずなのに、それがどうにも曖昧で。

 こうしてその瞬間ではなく、後になって、それを自覚しています。

 目の前には、黒。

 いいえ、これは影になっているだけです。

 これは岩……ではなく、地面そのものでしょうか。

 土魔術です。

 私の居る場所の眼前に、下から突き上げる形で土塊が飛び出してきています。

 こんなことは、魔術でなければ成し得ません。

 幸い、私に直撃はしませんでした。

 でも当然ながら、広げていた店はめちゃくちゃです。

 商品……お父さんから預かっている作品も、全部無事といくかどうか。


 あれ?

 私は何を考えているんでしょう。


 本当はわかっています。

 呆然としている私と、氷のように頭が冷え、はっきりしていく私が居ます。

 まだ混乱しているのかもしれません。

 でも、この異常な出来事に……私はどこか納得していました。


「マリー! マリー無事!?」


 そんな私の元に、珍しく笑顔を崩したお兄さんが駆け寄ってきました。

 その顔を見て、改めて今の状況が、普通ではないのだと自覚していきます。


「お兄さん……」

「マリー!?」


 そんなに叫ばなくてもいいのに。

 そこまで、ひどいことになってるでしょうか。


「どこも怪我してないよね? 何があったの!?」

「いやあ……どうもこうも無いといいますか……。いきなり目の前にズドンですよ。あははー」

「あははーって……」


 なんだか、自分じゃない自分が居るみたいです。

 よくわからないままに、お兄さんと会話をしています。


「まあ、こういう日もありますよ」

「ちょ、ちょっとマリー、さすがにこれは、こういう日もあるで済む問題じゃないでしょ!」


 冷静に、です。

 やれることをやらなければなりません。


「お兄さん、とりあえず片付けましょう。たぶん剣とかは無事だと思いますけど、いくつかはダメになっている物もあるかもしれないですねー」


 そうです。まずは片付けをしなければなりません。


「あ、あの! すみません皆さん! 怪しい人影とか、見ませんでしたか! マリーの店を、こんなふうにした奴を!」


 それなのに……。

 まったく、お兄さんは何をしているんでしょうか。

 本当に困った人なんですから。


「お兄さーん? そんなのはいいから片付けを手伝ってくださいよ。とりあえず無事な商品を取り分けましょう」

「マリー……」


 やめてくださいよ。

 いつも通りやることをやるだけです。

 笑っててくださいよ。

 そうしたら、その顔を見て私もきっと落ち着きます。

 だから、笑って――


「あなた、なぜ笑うんです!」


 ――笑って、ほしかった。

 それを見たら、一緒に笑えると思っていました。

 それなのに、お兄さんの表情は、見たことのないものになっていて。


「酷いじゃないですか! マリーの店がこんなふうになってるのに……笑うなんて!」


 お兄さんは、強い感情を表に出して、市場の中の一人に詰め寄っていきます。

 お兄さんの笑顔を真似して、自分も笑おう。

 そう思っていたところで、その姿を見たからでしょう。気づくと私は、見てしまったその強い感情に、引っ張られてしまっていました。


「お兄さん、何やってるんですか!」


 ああ、こんな怒鳴り声を上げるなんて。

 これも、記憶にある限りでは初めてですかね。


「マリー、今この人が」

「いいから、戻りますよ! 片付けを手伝ってって、私言いましたよね!」


 でも、止まりません。


「マリーこそ、いいから聞いて! 今、この人がこっちを見て笑っていたんだ! 何か知ってるかもしれない。いや、むしろこの人が犯――」

「お兄さん!!」


 どうして自分のことなのに、上手く止められないのでしょう。


「戻りますよ……」

「マリー、なんで? ……いや、ごめん。確かに何の証拠もないのに、同じ市場の人を疑ったのは悪かった。軽率だったよ。でもそれにしたって、こんな目にあったマリーを笑うなんて、ひど……い……」


 なぜでしょうか。

 本当に、自分がよくわからなくなっています。


「ごめん、マリー。俺がわかってなかったよ。言う通りにする。まずは片付けだね」

「……そう、その通りですよ。しっかり手伝ってください」


 ポトリと、一滴の水が地に落ちます。

 一振りの剣を拾うため、手を伸ばして気づきました。

 私はいつから、涙なんて流していたんでしょうか。

 

 ……いいえ、まだ泣いてません。

 ちゃんとここで涙を止めれば、きっとごまかせるはずです。


「犯人はまた、追々捜してみるよ。悪いやつは許せないよね!」


 ――あ。


 そんな私に、お兄さんのこの台詞が突き刺さりました。


 悪いやつ。

 悪いやつは、許せない。

 静かだったこの場所で、誰かがこんなことをした。

 その原因を作ったのは……。


「悪い人は私た……っ!」


 私は、自分に愕然としました。


 悪い人は、私“たち”。


 今、そう口にしかけた自分が、本当に信じられませんでした。


「お兄さん……」

「うん、なに?」


 お兄さんの優しい気遣いの声に、今度こそ涙を堪えられなくなって……。


「悪い人は……私です」

「……え?」


 気づくと私は、店をほったらかしにしたまま、そこから走って逃げ出していました。

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