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崩れた場所

 それから、なんだかふわふわと……幸せ? そうこれは、ほのかな幸せを感じているのかもしれません。

 そんな日々が続きました。


 これまでは、常連さんのおかげでなんとか持ち堪えていたうちの店。

 後日、とうとう宣伝の成果が出て、完全に初見のお客さんが増えました。

 そうなればもちろん、あの崖っぷちに立ち続けているような不安は消え去ります。

 もちろん、そこまで売上が上がったわけではありません。

 それでもほんの一本、二本……月の売上が上がるだけで、うちにとっては充分なんです。

 明日の不安が小さくなるだけで、こんなにも心に余裕ができるなんて。これも久しく忘れていました。


 今も、お兄さんは村の入り口で宣伝をしている最中です。

 きっと今日も、無邪気な笑顔で声をかけて回っているんでしょうね。


 私はお兄さんの笑顔を思い出し、つられるように少し笑ってしまいます。


 お兄さんのやったことは、ほんの小さなことではあります。

 他でもない、お兄さん自身がそう言っていました。

 それでも、その小さなことを、やってみせたというのが大きいんです。

 私だけなら、絶対にできはしませんでした。

 どんなに小さなことであっても、ここで何かするのには覚悟が要ります。

 何かでがんじがらめにされているような、変化のないこの場所では。

 それこそお兄さんみたいに、確かな知識と経験によって、確信を持っているくらいでもない限り。

 だって失敗すれば、職を失い、そのまま死ぬかもしれないんですからね。


 色々と、違う気苦労は増えた気がしますが……。

 それを上回るだけのことを、お兄さんはしてくれました。


 でも、ちょっと最近目立ちすぎですかね。

 危機は脱しつつありますし、そろそろ――



 身体が震え、竦み上がり、全ての熱が引いた気がしました。

 脳裏に蘇ってきたのは、十年前の記憶。

 一瞬のうちに、目の前が恐怖で埋まったあの時の事。

 心臓が狂ったように暴れているのに、思考はどんどん冷たくなっていきます。

 そして、理解しました。



 ――……ああ、私はなんて馬鹿だったんでしょう。

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